嘘と告白
夜の平原。そこで私はセカイと2人きりで、セカイを腕に抱き締めている。
セカイが囚われていた場所からそう離れてはいない。外に出て、改めてセカイが無事に私の下に帰ってきてくれたことが嬉しくて、抱き締めずにはいられなかった。
本当に、無事で良かった。この子が今私の腕の中にいてくれる事が、本当に嬉しい。
「……ハル。ワシは無事じゃ」
「うん。分かってる」
でも怪我はしている。アケガタ君に、とても酷い事をされた後だ。その傷跡は彼女の全身にしっかりと残っており、心が痛む。
「ワシは人とは違う。この程度の傷はどうとでもなるし、痛みに悲鳴をあげることもない。あ奴は悔しがっておったぞ。何をしても、ワシは眉一つ動かさなかったからな。奴の望む反応をくれてやらなかったのじゃ」
「それは……凄いとは思うけど、大丈夫なの?」
「問題ない。ワシを殺すつもりもなかったようじゃし、痛みに耐えれば良いだけじゃった。それより、よくワシの場所が分かったな」
「幽霊さんが、案内してくれたんだ」
「幽霊?」
「うん。金色の、キレイな幽霊さん。あと、麦のいい香りがした」
「……」
幽霊の話を聞き、セカイが黙り込んでしまった。
抱き締めているセカイを引き離し、セカイの顔を見てみるとセカイは目を丸くして驚いた表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「その幽霊、他に何か言っておったか?」
「ううん。すぐに消えちゃったから、何も」
「そうか。もしや……いや、ありえん」
セカイは首を振り、自分の考えを否定するような素振りを見せる。
もしかして幽霊の正体に心当たりでもあるのだろうか。幽霊の知り合いとか、凄いけど少し怖い。
「それじゃあ、行こっか。カゲヨ達が心配してるだろうから、早く無事を知らせてあげないと。特にケイジが心配してたよ。セカイを助けてくれーって、私に土下座して頼んで来たんだ」
「ケイジがか?」
「うん。セカイに助けられた事を、本気で感謝してた」
「……感謝される事などワシはしておらん。そもそもワシは、ハルやケイジ達のセカイを終わらせた悪魔じゃ。そろそろ奴らにも、しかりと事実を伝えねばならんじゃろうな。そうすればワシに感謝する気などおきんじゃろう」
「伝えたって、たぶんもう何も変わらないよ」
「変わるじゃろう。事実を知れば、ワシは奴らに嫌われるはずじゃ」
「嫌われないよ」
「嫌うじゃろう」
この子はどうにも卑屈だ。人の事をよく知っていて、物事にも詳しく達観した見方が出来る。なのにどうして、そんな結論に至るのだろう。
私から言わせてもらうと、今更そんな事実を伝えたところでカゲヨ達のセカイに対する評価は変わらない。勿論コレは私の意見ではあるけど、確信してそう言える。
「どうしてセカイは、そんなに嫌われたがるの?」
「嫌われたい訳ではない。ただ、そうあるべきなのじゃ。ワシはそれだけの罪を犯した。お主も、いつでもワシを殺しても良いのじゃぞ」
「殺さない。嫌わない。むしろ……私セカイの事が大好き」
「なっ──」
私の告白を聞き、セカイの表情が怒りとか、嬉しさとか、哀しさとか、色々な感情を籠めた複雑な表情に変わる。そして言葉が詰まった。
詰まったのは一瞬で、震える唇がすぐに動き出し、私に掴みかかるのと同時に言葉が続いた。
「何を言っておる!ワシはお主の世界を破壊し、お主をこのような世界に連れて来た調本人じゃぞ!全てを知っているお主がワシを好きになる理由がどこにある!?」
「いっぱいあるよ。セカイは私を助けてくれた。一緒に笑ってくれた」
「前提が間違っておる!ワシはお主の敵じゃ!」
「敵じゃない。私はセカイと会えて、良かった。一緒にいるとすごく楽しい。セカイと一緒なら、どこへでも行ける気がする」
「ばっ、バカな事を言うでない!お主はワシではなく、クラスメイトの宮内 芽衣子を愛していたはずじゃ!」
「私とメイの事、知ってるの?」
「知っている!お主は奴が好きなはずじゃ!今でもその気持ちは変わっておらんじゃろう!?」
「うん。メイの事は、今でも好き。でも同じくらい、セカイの事も好き。だからセカイ。私とちゅーしよう!」
「何故そうなる!?ワシはせんぞ!絶対にせんからな!」
唇を尖らせてセカイに迫ると、意外にもセカイは私を拒否した。
おかしいな。ちょっと前に、ワシの事はお主の好きにすればいいとか言われた気がするんだけど。その時は良心の呵責で手を出しはしなかったけど、今は本気だ。本気になると、拒否するの?ちょっと意地悪だよ、セカイさん。
でも、顔を赤くして拒否するセカイが可愛いからよしとしよう。
「セカイ」
「……なんじゃ」
「大好き」
「……」
もう一度告白すると、セカイは顔を赤くしたままそっぽ向いてしまった。
いつものクールで冷静なセカイの姿はそこにはない。告白されて照れている可愛い少女がいるだけだ。
返事は、聞くまでもない。だって、嫌だったらセカイはキッパリと拒否するはずだ。なのに自分の意思は示さず、照れて顔を背けるだけ。
自意識過剰かもしれないけど、この子も私の事が大好きである。間違いないね。
相思相愛なら、もう何をしてもいいはずである。あんな事したり、こんな事したりして……ぐへへ。これからのセカイとの暮らしが楽しみになってきた。
「──何故、ここにシキシマがいる」
これからの生活を想像して楽しくなった所だけど、それは聞きたくもない声によってかき消される事になった。
そこにいたのは、美しい白銀の鎧姿のタチバナ君だ。私とセカイを睨みつけ、呆然とその場に立ち尽くしている。
「何故って、分かるでしょう?タチバナ君の計画は、全部崩れて全く上手くいってないよ」
「すー……計画?一体何の事だ。それよりもオレ達は、ケイジとセカイさんに襲われたんだ。シバが酷い怪我を負い、今生死の狭間を彷徨っている。そうしたのは他でもない、ケイジとそこにいるセカイさんだぞ」
タチバナ君は息を吸い、少しだけ考える時間を稼いでからそう言い放った。
お城の方での出来事は知らない事にして、自分たちの身に起きた事だけを知っている体で言ってくるのは、あまりにも白々しい。
「ここに来る途中でケイジと会ったんだけど、ケイジはタチバナ君がケイジに化けてやったって言ってたよ」
「それはケイジの嘘だ。アイツはオレを嫌っていたからな。オレをはめるために、それくらいの事はやってのけるような男だ」
「ケイジはそんな卑怯な真似をしない。もうやめようよ、タチバナ君。何で私達にこんな事をするの。ケイジやカゲヨは、本気で王国と帝国の間の架け橋になろうとしていたんだよ」
「落ち着け、シキシマ。お前はケイジに騙されているんだ。かわいそうに……オレの下にくれば、しっかりと事実をだけを教えてやれる。今は武器を置き、おとなしくするんだ。いいな」
「クラスメイト達を騙している事はどうなの?クラスメイトの家族がこの世界にいるだなんて、嘘だよね?全部タチバナ君が作り出した幻影なんでしょう?どうしてそんな事をしているの?クラスメイト達を、意のままに操るため?」
「……分からないな。オレにはさっぱり、何の事だか」
「皆、タチバナ君にやるように言われたって言ってたよ。自分たちの姿を変えたのもタチバナ君だって。本物の王様もタチバナ君にやられたって言ってた。皆が同じ嘘をついているって言うの?」
「そうだな。皆嘘つきだ。オレが、真実を言っている」
逆に、そう言い切れるタチバナ君が凄いと思う。ここまで自信たっぷりに言われたら、普通は信じてみたくもなってしまうだろう。でもとてもじゃないけど、もう信じる気にはなれない。残念だけど、否定すれば否定する程彼の事が醜く見えてしまうよ。
私は黙って、タチバナ君に杖の先端を向けた。それで貴方の事は信用できないと言う意思を示す。
と、タチバナ君の口の端が上がった。その表情はとても冷たく、笑っているけど笑っていない。とても不気味な笑顔だった。