救出
その姿を見て、私は頭が沸騰するのを感じた。あまりの怒りで、目の前のこの男を殺したくなってしまう。
「ふ、ははははは!そう、そういう顔が見たかったんだよ!ハルカちゃんのその顔、さいっこー!んで、出来れば次はハルカちゃんを拷問させてくれない?オレっち、実は女の子をいたぶるのが大好きな変態なんだよねー。この子もオレがやったんだぜ?他にも、この世界の女の子をいたぶっては殺して来た。この世界はいいよね。何をしても、赦される。何をしても、誰も気づかない。咎められない。力さえあれば、何でもできる……。さいっこーだ!」
高笑いをするアケガタ君の声が聞こえてくる。それはどこか遠くから聞こえて来るかのように、私の耳には届かない。
いや、本当に。本気で人を殺したいと思ったのは初めてだ。セカイにこんな事をしたこの男を、私は赦す事が出来ない。
「──おっと、ハルカちゃん。その場で動かないでね。動いたら、この注射をこの子にしちゃうよー」
セカイに近づこうと歩み出した私を、アケガタくんが止めた。
彼はセカイの首に注射器の針を刺してピストンに指をかけた状態で、私にそう脅しをかけて来る。
「でさ、自分で自分にこの注射をしてよ」
続いてアケガタ君が注射器を地面に置き、それを蹴り飛ばして私の方によこしてきた。
注射器に入っている液体は、緑色の明らかにヤバそうな液体だ。セカイの方は赤色で、種類が違う事は分かるけどどちらにしてもヤバそうだと言う事に違いはない。
「……」
「そうそう。この子が大切なら、言う事を聞かないといけないからね。さ、それを自分の首に刺して、ピストンを押すんだ」
注射器を拾い上げた私に、アケガタ君がそう指示をしてくる。
アケガタ君も、この世界には勇者として召喚されたはず。でもここまでの動きでは彼の実力が分からない。もしかしたら私よりも速く動ける人とか、そういう可能性を探るために私は次の自分の行動を頭の中でシミュレーションしてみた。
「……あのさ、アケガタ君」
「ん?」
「悪いけど私、セカイの事を大切に想ってるんだ。そんなセカイを傷つけられて、実は凄く怒ってる。手加減できないと思う。だからさ。ちょっと死を覚悟しといてくれる?」
「は、はは!どうした、ハルカちゃん。気でも触れちゃった?気が触れるのは、まだコレからにしてよー。オレがたーっぷり可愛がってあげるからさ、それから思う存分イカれちゃってよ」
笑顔でそう言ったアケガタ君の顔に深く私の杖が減り込んだ後、壁に向かって吹き飛んで行った。吹き飛んだ角度的に、セカイの首に刺された針も折れる事無くキレイに抜け去ったので安心してほしい。吹き飛んだ後は、頭から壁に突っ込んで壁を破壊し、崩れた壁の下敷きとなって反応がなくなった。
未来視で見たアケガタ君は、全く私の動きについてこれていなかった。見た通りの未来となり、それから私はすぐにセカイに駆け寄る。
「セカイ!」
「……」
セカイの目隠しを取り去ると、セカイは眩しそうに目を細めた。ここは地下で光量は僅かなランタンの光だけだけど、ずっと目を隠されていたせいで光に耐性がないようだ。
続いて口の中に詰められた布を取り去ると、唾液が一緒に垂れて手にかかったけど気にしない。むしろセカイの唾液だったら私は飲もうと思えば飲める事を告白しておく。
「──ここにハルが来たと言う事は、そちらは無事に済んだようじゃな。カゲヨも無事で、本物の国王と帝国の兵士たちも無事。違いないな?」
「え、あ、うん……」
こんなひどい事をされていたと言うのに、セカイはハキハキと喋って私にそう尋ねて来た。
私は呆気にとられつつも、セカイを拘束する物を外していきセカイを解放する。セカイの手に刺さっている大きな針も引き抜いたんだけど、セカイはノーリアクション。それでも私の服を破って作った即席の包帯を作り、それを針の刺さっていた場所に巻いて血止めとしてあげた。
「ところで、カゲヨはどうした?」
「ここに来る途中で、怪我をしているケイジと会ってケイジと一緒にいるよ」
「ほう。ケイジを見つけたのじゃな。と言う事は、奴も無事か。上手く逃がしてやれるか分からなかったが、どうやらまだ全てが上手くいっているようじゃ」
「上手くいってなんかないよ!」
「な、なんじゃ、急に怒鳴って……?」
私はいてもたってもいられなくなり、セカイを抱き締めた。
セカイがこんな怪我をして、こんなひどい事をされて、何も上手く行ってなんかいない。これが上手く行っただなんて、私は認めないからね。
「私、セカイが死んじゃったんじゃないかって……凄く心配したんだよっ。無事で生きていてくれていたのはいいけど、でもこんな怪我をして全然無事じゃない。痛かったよね?苦しかったよね?遅れて、本当にごめんね」
セカイが受けた痛みを想い、涙が溢れ出て来てしまった。
夢のように私の腕の中で消える事はなさそうだけど、彼女の受けた痛みを想うととても辛い。
「……泣いておるのか、ハル?泣くでない。ワシは無事じゃ。それに何度も言っておるが、お主はワシの身を案ずる必要はない。お主はワシを恨み、嫌え。ワシはそれでもお主の傍にい続ける事を約束するから、好きにすれば良い」
「もうそれは無理だよ。絶対に」
私はもう、どうしようもなくセカイの事が大好きになっている。恨む?嫌う?無理だよ。私のセカイへのこの想いを覆すのは、天地がひっくり返っても無理。それくらいのレベルに達している。
勿論、メイの事も好きだ。メイへの想いも心の中に残っている。この世界にいるなら探し出し、再会して好きだと伝えたい。ああでも、セカイはどうしよう。セカイが好きで、メイも好きで2人と付き合うとそれは浮気になってしまう。
いや、それはそれでいいな。右手にセカイ。左手にメイに囲まれて生きるのは、さぞかし楽しいだろう。
じゃなくて、今はセカイの怪我の事だ。
「セカイ、手痛くない!?この傷はどうしたの?他に何か酷い事はされてない!?」
「……案ずるなと言うたじゃろう。それより、泣くな。ハルが泣いていると、ワシも悲しくなってしまう」
セカイが悲しくなる?それじゃあ泣き止まなければいけない。私は袖で涙を拭き取ると、泣いていないと言うアピールをセカイに対してする。
「うむ。それでよい」
そして褒められた。嬉しい。
だけどセカイが酷い事をされた事に変わりはない。セカイが無事だと分かったら、次は怒りがこみあげて来る。
「怪我は見えているだけじゃ。他には何もされておらん。あの男は、生粋のサディストでな。女を見るとこうして痛めつける事によって己の欲望を解消する、変態じゃ。ハルはここではない未来で奴にワシが受けた拷問を受けた事もある。奴を受け入れた未来はなかったがな」
セカイはそう言って笑うけど、私はまだ笑う気にはなれない。セカイの全身の怪我が、心配で仕方がないから。
「と、とりえあえず、こんな所さっさと出よう!」
私はセカイを抱き上げると立ち上がり、この陰気な地下室を後にするために歩き出す。
「自分で歩けるぞ?」
「いいの!」
セカイはいたっていつも通りだ。まるで痛みなど感じていないかのように元気で、あんな恐ろしい事をされた後の少女には見えない。元気なのは良いんだけど、思ったのとなんかちょっと違う。いいんだけどね、本当に。
「──ちょっと待てや、ブタどもぉ」
立ち去ろうとした私とセカイだけど、声が聞こえて振り返る。
そこには顔面が潰れておかしな形になっているアケガタ君が、崩れた壁を押しのけて立ち上がっていた。目が充血し、怒りの表情を見せる彼だけどあまり迫力がない。だって、どう見たって満身創痍だし。
でもまぁ、生きてくれていてよかったよ。さすが勇者と呼ばれる存在なだけあって、少しは頑丈なのかもしれない。
彼には色々と、してもらいたい事があるんだよね。