歪んだ告白
この世界に来てから、完全に一人で行動するのは遺跡を彷徨った時以来だ。いつもセカイが傍にいて、セカイがいなくても誰かが傍にいてくれた。そして私を導いてくれた。
でもここからは私一人で頑張らなければいけない。
「どうしよう……」
急がなければいけないのに、それなのに……早速道に迷った。
でもおかしい。道はただの一本道だったはずなのに、いつの間にか道を逸れていたのだ。
セカイが心配過ぎて、盲目的になっていたから?しっかりしろ、私。自分の頬を叩き、目を覚まさせる。よく考えれば、いつもは今頃寝ている時間だ。でも今この時ばかりは寝てなんかいられない。
迷ってなんていられない。私はまたセカイと会って、セカイの笑顔を見るんだ。
「……?」
セカイの事を想っていたら、麦の香りが鼻を通り抜けた。その香りのしてくる方向を見る。するとその先に、どこかで見た事がある人影を見つけた。
まるで幽霊のようにぼんやりと姿を現し、手招きをして私を誘う金髪の女性。それは、深い霧の中で私を手招きし、遺跡へといざなったあの人と同じだった。
「い、今は寄り道してる暇がないの!」
私は彼女にそう訴えかけ、その場を去ろうとした。でも、声が聞こえて来て足を止める。
「──こっちに、貴女が助けるべき人がいる」
金髪の女性の口は、動いていない。でも間違いなく彼女の声だ。彼女は、私をセカイの下へ案内しようとしてくれている?
ちょっとだけ迷ったけど、私は彼女に導かれるがままに馬を走らせた。
そして気づけば目の前にポツンと小屋が建っているではないか。ここまでの道順は不明。どこをどう走って来たのかも分からない。気づけば金髪の女性の姿も、匂いも消えていた。
「……セカイ!?」
セカイの声が聞こえた気がする。
まるで、ケイジの声が聞こえたと言うカゲヨのような現象が、私にも降りかかった。
声はあの小屋の方からする。私を呼ぶセカイの声に導かれるがままに、私は小屋に向かって走り出す。そして私は立ち止まることなくその扉を打ち破って中へと入った。
「何だ!?」
突然の来訪者に慌てだす、数人の男が小屋の中にいた。彼らが身に纏っているのは、白を基調とした王国の鎧。つまり、敵だ。
「セカイは、どこ」
「なんだ、コイツ。誰か娼婦でも呼んだのかぁ?」
「いくらなんでも誰もこんな場所に娼婦なんて呼ばねぇよ」
「じゃあ、コイツは──」
私の質問に答えてくれないので、私は一人を杖で殴り飛ばした。顔面に杖がヒットした男の人は、くるくると空中を回って浮遊してから床に叩きつけられる。
「て、敵だ!殺せ!」
慌てて剣を抜く彼らが、剣をちゃんと構える頃には全てが終わっていた。私は一人を残して杖で叩きつけて気絶させ、その場を制圧。一瞬どたばたとうるさい音が響いたものの、本当に一瞬だけ。今はもう静まり返っている。
「セカイは、どこ」
「ひ、ひぃ……!」
残った一人に杖を突きつけて尋ねると、彼は腰を抜かして床に座り込んでしまった。そして震える手で棚の方を指さす。そこには何もないように見えるんだけど……私は杖を振りぬいて棚を吹き飛ばすと、そこに地下へと続く通路が現れた。どうやら地下室があるようだ。
通路を眺めていると、場所を示した男の人が慌てて小屋を出て行ってしまった。まぁ道を教えてくれたし、ここは見逃してあげよう。
なによりも今は、セカイだ。この先に、きっとセカイがいる。そう確信している私は、地下への道を踏み出す。
階段を下り切ると、通路が現れた。道は、前に迷い込んだ遺跡よりも人の臭いがする。じめじめとしていてボロいけど、こちらの方が全然新しい分現代的だ。そしてその道のを駆け抜けると、扉が出現した。
そこから人の気配がする。セカイの匂いもする気がする。私は小屋に入った時と同じように、勢いよく扉を開いて中へと突入。すると、扉の横で待ち構えていた人が斧を振り下ろして襲い掛かって来た。
未来視でその未来を見ていた私は、斧をなんなく回避。その上で蹴りを繰り出してその人は私の足と石の壁とで胸が挟まれる形となり、嫌な音が響いて足をどけると床に倒れ込んだ。
「──ハルカちゃん!?」
改めてセカイを探して視線を巡らせると、男の人が目の前に立っていた。前の世界で髪を染め上げていた彼の髪は、金色から黒色になって彼の大きな特徴を一つ取り上げている。それでもすぐに彼だと言う事が私には分かった。一応これでも、それなりに付き合いはあったほうだからね。
「アケガタ君……」
「うっひょー、マジでハルカちゃんだ!生きててくれたんだな、マジで嬉しいよ!」
私が彼の名を呼ぶと、彼は飛び跳ねて喜んだ。それから私に駆け寄って来て、両手を広げて抱きしめようとしてくる。
その前に私は彼に向かって杖を突き出し、その行動を制した。
「ハルカちゃん?」
ちょっと悲しそうに、いつものハイテンションをおとして名を呼んでくる彼に、私は流されないし騙されるつもりもない。
アケガタ君は、魔族に攻められて大変な目に合っているはずだ。それが何故、こんな辺境の小屋の地下にいるの。
タチバナ君が私達を分断させるのに使った理由が、嘘だと証明している。
「セカイはどこ」
「せっかくの再会だってのに、どうしちゃったん?オレっち、ハルカちゃんに何かしちゃったかな?だとしたら謝るからさ、杖を一旦置こうよ。な?」
私は未来視で、常に未来を見て警戒している。私がもしここで杖を突き出さずに彼の抱擁を受け入れたら、彼は私に何かを注射するつもりだったのだ。彼が私から見えないようにしている左手には、注射器が握られている。それが何の注射かは分からないけど、どう考えても危ない物だろう。
「……無駄な事は止めてくれるかな?私はもう、貴方達に騙されるつもりはないの。むしろ異世界に来てまで私達にこんな事をして……許せないっていう気持ちの方が大きくなってる。それに付け加えて言っておくけど、私前の世界でアケガタ君の事ちょっと苦手だったんだよね」
「へー……。オレはこんなにハルカちゃんの事を愛してるのにな?」
「……」
「ハルカちゃんと付き合って、色んな事をしたかった。ハルカちゃんのキレイなその顔を、歪めたい。泣かせたかった。命乞いさせたかった。ハルカちゃんを苦しませて、苦しませて苦しませて、生きているのも嫌っていう目に合わせてから、時間をかけてじーっくりと命を奪う……。それがオレの夢だったんだ」
アケガタ君の私への愛の告白は、歪んでいた。
それは果たして愛していると言えるのだろうか。少なくとも私の感覚から言わせてもらうと、全く言えない。
そんな狂気じみた愛情を私に対して抱いていただなんて、気持ち悪いにも程がある。それが同級生のクラスメイトで、仲が良いと思っていた男子なんだから尚更気持ちが悪い。
「もう一度聞くよ。セカイは、どこ」
私はそんな気持ちの悪い告白を聞きに来た訳ではない。セカイを探しに来たのだ。
「だから、落ち着いてよ。ちゃんと、ここにいるから大丈夫。でも、もうちょっと時間をくれたら良かったのに。そしたらこの子の叫び声をちゃんと聞けたと思うんだ。あ、でも塞いでるから無理か」
アケガタ君が退いて、視界が開けた。
すると部屋の真ん中に、イスが置かれているのが分かる。そしてイスに少女が座らされている。服はボロボロで、破けた所に鞭で打たれたような酷い傷跡を見る事ができる。
いや、それ以上に酷い事がおきていた。少女は目隠しをされた上で口には布切れを詰められて喋れないようにされた上で、両手両足をイスに拘束されている。そしてその左手には何本もの大きな釘が突き刺さっていた。
あまりにも酷い拷問現場。そしてその拷問を受けていたのは、紛れもなくセカイだった。