心の拠り所
おじいさんについて歩く事数十分が経過した。この暗く狭い通路、お城の中に張り巡らされているみたいで斜めに上ったり下ったりの連続で、凄く不便。しかも何かを迂回しているみたいでその動きはとても不規則で、方向感覚は一瞬にして失われた。その上で分かれ道が大量にあるから、まさに迷路である。
「ついたぞ。ここが、勇者の家族と呼ばれる者のいる部屋だ」
ようやく、おじいさんが止まった。
一見何もないただの岩の壁を彼は指さし、笑っている。
「……どうやら、部屋にいるようだな。お主らの姿が地下から消えた事は、奴らも気づいているはずじゃ。接触するなら騒ぎにならんよう、一瞬にして制圧する必要がある」
壁に顔をくっつけ、覗き穴から外の様子を覗いたおじいさんがそう助言してきた。それを聞いてカゲヨが神妙に頷く。
「分かっています。皆さん、お願いします」
カゲヨが頼んだのは、帝国の兵隊さん達だ。ゾロゾロと私達についてきた彼らは、そういうのになれていると思う。
出入口的にちょっと窮屈そうだけど、プロの彼らにかかればきっと上手くやってくれるだろう。
ちなみにさすがに全員で移動する訳にはいかなくて、大半の兵隊さんはこの後お城を脱出するための出口で待機しているらしい。私とカゲヨを助けに来てくれて、ここまでついてきた兵隊さんは十人程。この人数で騒ぎにならないように制圧する必要がある。
「お任せください、コミネ様。相手は、二人だな」
「武装はしていない」
「オレは男の方を行く」
「暴れられたら厄介だ。三人で男を取り押さえよう。女の方は驚かせたら叫ぶ可能性がある。すぐに口を塞いで短剣をちらつかせて声を出せないようにしろ」
兵隊さん達の目つきが変わった。いつものほんわかとした空気はなくなり、鋭くなっている。
カゲヨとケイジに忠実で基本優しい彼らだけど、仕事となると別だ。カゲヨの望みを叶えるためなら、ちょっと乱暴な事をするのも厭わない。
まぁちょっと物騒だとは思うけど、仕方ない事もある。
という訳でおじいさんが合図して扉を開き、兵隊さん達が一斉に部屋の中へと突入した。
「きっ──」
一瞬女性の叫び声のような物があがろうとしたけど、その声は本当に一瞬だけだった。それと、少しだけ大きな音がたったけどその音も一瞬だけだ。日常生活で出ても不思議ではないくらいの音で全てが終わり、部屋の中は静まり返る。
それから、私とカゲヨも部屋に入った。
そこでは女性が兵隊さんに口を塞がれ、その上で両手両足を押さえつけられていた。その女性の身なりはこの世界の人間の物だけど、容姿は違う。私やカゲヨと同じ世界、同じ国の女性だと、一目見て分かる。
床に組み敷かれ、押さえつけられている男性も同じく、私達と同じ世界の人間である。
2人とも、年は40歳ちょいくらいかな。私のお父さんとお母さんと同じくらいの年齢の、大人だ。
「手荒な事をして申し訳ありません。少し確認したい事があるんですけど、貴方達は勇者の誰かのご両親という事でよろしいでしょうか」
「くっ……貴様、地下から逃げたと言う、国王様殺しの異世界人だな?こんな事をして、一体どうするつもりだ!」
「静かにしろ」
「ぐっ……!」
声量が大きくなったおじさんを、兵隊さんが強く圧迫して黙らせた。その苦し気な表情に、ちょっと心が痛くなる。
どかしてあげたいけど、騒がれたら私達の身が危ない。ここは静かにしてもらうしかない。
「貴方達に質問する権限はありません。私の質問に、答えてください」
カゲヨはあくまで、自分の質問に答えさせようとしている。でも男性の方は興奮気味なので、視線を流して女性の方を見た。
すると兵隊さんが押さえていた女性の口から手を離し、その怯えた表情が露になる。
「わ、私達はリナの両親です」
リナは、ナルセさんの下の名前だ。この2人は、ナルセさんのお父さんとお母さんだと言う事が分かった。
「ナルセさんのご両親でしたか。失礼ですが、貴方達は本当にナルセさんのご両親ですか?」
「そ、そうよ。私はリナの母親で、ルナ。貴女は確か……コミネさん、だったわよね。リナから話はよく聞いているわ。こんな事はもうやめて、自首しましょう?今ならまだ、死罪を免れる事ができるかもしれないわ」
「おかしいですね。実は私、ナルセさんとはお友達で家には何度もお邪魔した事があるんです。勿論おばさんとは面識があり、下の名前でカゲヨちゃんと呼んでいただいていました。それなのに何故、コミネさんと他人行儀で呼んだんですか?」
「え」
カゲヨはクラスで孤立していたので、それは絶対にない。嘘である。そう言い切れる。
「そ、そうよね。カゲヨちゃんだったわね。少し風貌が変わったから最初分からなくて、戸惑っていただけなの。貴女の事は勿論ちゃんと覚えているわ。娘と仲良くしてくれて、家に遊びに来てくれた事もね」
「おじさんの方はどうですか?」
「も、勿論覚えてる……。娘からよく、君の事は聞かされているからね。さっきは取り乱してしまったが、君の事はちゃんと知っているよ」
「嘘ですよ。私は前の世界で、ナルセさんと友達でもなんでもありませんでした。家に遊びに行ったこともありませんし、勿論貴方達と面識もありません。そもそも、貴方達の顔を見て私が誰の両親ですかと聞いている時点でおかしいとは思いませんでしたか?」
「そ、それは突然の事で混乱しているだけだ。突然こんな事をされて、まともでいられる人間の方が少ない」
「では、内閣総理大臣の名前を答えてください。私達が住んでいた国の名前は?県の名前は?町の名前は?スマホとは何の略ですか?」
「っ……!」
カゲヨの怒涛の質問に、自称ナルセさんの両親は黙り込んでしまった。
元の世界に住んでいた人なら、誰もが答えられる簡単な質問。そんな物にも答えられないナルセさんの両親に、違和感を覚えずにはいられない。
「どういう事、カゲヨ?」
「国王様と一緒です。この人たちは、ナルセさんの両親なんかじゃありません。タチバナさんに姿を変えられているだけの、偽物なんですよ」
「に、偽物?でもナルセさんは信じてるみたいだったけど……」
「そうですね。こんなボロだらけの偽物に、普通は騙されたりしません。では何故騙されたのかというと、彼女もまた精神的に追い詰められているからでしょう。両親という絶対的な安心感をくれる存在を、彼女は握りしめて精神の拠り所にしているんです。それが偽物だとしても、受け入れられてしまう精神の不安定さをつけ入れられたんですよ」
一見気丈で元気そうに見えたナルセさんも、実はヤギ君のように追い詰められていたと言う事だろうか。
……確かに、私達にヤギ君をけしかけて来た時の彼女は少しおかしかった。目の前の事しか見えていないと言うか、目的のために妄信的になっているというか……そんなのはナルセさんらしくない。
「……なんで、分かったの?」
「ナルセさんが私達に、両親が私達を殺せと言ったと言っていましたよね。前の平和ボケした世界で、普通に働いたり主婦をしていたような大人がそんな命令を実の子供に下すでしょうか。一部の家族しか存在しないのもおかしいです。ハルカさんがいない時、タチバナさんにご家族とも交えて一度今後の事をお話ししたいとお願いしたら、適当にはぐらかされたのにも引っ掛かっていたんです。それが国王様がタチバナさんの勇者の力によって姿を変えられていると聞いて、もしかしたらと思ったんです」
「……あー、そうだよ。勇者に勇者の力によって姿を変えられて、良い父親を演じていただけだ。タチバナさんに命じられるがままにあのガキを唆し、それだけで大金が手に入っていい仕事だったよ!オマケに親子のスキンシップとやらで身体を触り放題だ!バカなガキだったが、身体つきだけはよかった!」
ついに、ナルセさんのお父さんが認めた。裏にいたのはやはりタチバナ君で、コレも自由にクラスメイトを操るための彼の計画の一環だったのかもしれない。
タチバナ君に対する私達の嫌悪感は、最早天井を突き抜けて大気圏を突破するレベルである。