思惑通り
私とカゲヨにつけられた拘束は、帝国の兵隊さんの手によって外された。私は面倒だから途中から自分で外したけどね。そしたら驚かれてしまった。
檻の中に突如として出現した道は、隠し通路だった。道はどこまでも続いていて、暗くじめじめとしていて汚く狭いけど、道としては充分すぎるくらいの役目を果たしてくれる。
「一旦は見捨てるような事になってしまい、申し訳ありませんでした!」
私とカゲヨの拘束を解くと、帝国の兵隊さんが皆で頭を下げて私とカゲヨに謝罪して来る事態となった。
私は別に怒っていない。カゲヨも別に怒ってはいないので、謝られても困るだけだ。
「そんな事より、皆さんどうして事件を察知して先に逃げ出す事ができたんですか?」
「そ、そんな事……?」
「はい」
カゲヨは兵隊さんの謝罪を一蹴すると、自分の知りたい事を尋ねた。
謝罪をそんな事扱いされた帝国の兵隊さんは、ちょっと寂しそう。
でも安心してほしい。カゲヨは間違いなく、皆と再会できて……皆に助けられて、喜んでいる。だってカゲヨの顔見てよ。ちょっと笑ってる。
「……セカイさんとケイジ様が、城を出る前にオレ達にこう言ったんです。今日この日の明朝、王国が何かを仕掛けてくる、と。そして死にたくなければ逃げるようにと言われましたが、オレ達は満場一致でコミネ様を見捨てずに城に残る事を選択。その提案は断りました」
「どうして皆さんは、そこまで私によくしてくださるんですか……?思えば、最初からですよね。私もケイジさんも、皆さんと比べればまだまだ子供です。そんなのが上司になってしまい、よく思わない方もいると思います」
「オレ達は皆、コミネ様とケイジ様が救ってくださった村の出身の者です。貴方達のおかげで命を救われた者や、大切な人を救われた者がいます。救われた恩を返すため、自ら皇帝陛下にお二人の部下にしてもらえるよう志願したんですよ。そして共に行動するようになり、更に優しいお二人の部下で良かったと思うようになりました。オレ達は皆、もう貴方達に命を捧げているんです」
「そうだったんですね……。ありがとうございます。皆さん、本当に」
帝国の兵隊さんにここまで言わせるのは、ケイジとカゲヨがそれだけ優しくいい上司だったからだと思う。救われた恩義と言うのもあるんだろうけど、それだけじゃこの人たちの心はここまで動かせない。2人の人柄が、彼らを惹き付けたのだ。
「時間がない。さっさと本題に入ろう」
そう切り出したのは、掃除のおじいさんだ。相変わらずその容姿は醜いけど、見た目の割にスタスタと歩いてこの薄暗い道を進んで来た。
「貴方は確か、お掃除の……?」
「そうじゃ。ワシは城の薄汚い掃除人。その肩書を勇者と呼ばれるタチバナ シュースケに与えられた」
「こ、コミネ様。信じられないかもしれませんが、このご老人はアレッサンドロ・ヴェリシス・ウル・リエフ・アースIII世様。この国の国王です」
「は、え?国王様は、私の目の前でブスケスさんが……」
「アレは偽物じゃ。お主が国王と思っていた物は、勇者が作り出したまやかしである。奴の本来の姿はこの国の大臣でな。勇者の甘言に乗ってワシの代わりに国王の座につくと、女を好き放題に抱いてやりたい放題じゃった。策略のために捨て駒にされたが……小物には相応しい最期じゃろう」
「……タチバナさんが、国を乗っ取っていた、と?」
「つまりはそう言う事になる。奴は危険じゃよ。とんでもない人間を勇者として召喚してしまった。リエフ・アースたるこのワシ生来一の恥となる」
おじいさんは、眉間にシワをよせて本当に悔しそうに地面を見た。その表情にはただならぬ迫力を感じさせられる。ちょっと信じられないけど、本当にこの人はただのおじいさんではないんだと思う。
「……タチバナさんは一体どこまで行こうとしているんでしょうか。あの方は、本当に危険です。あんな人と手を取り合うなんて、出来る訳ないじゃないですか」
「アレを人間と思うな。アレはいつでも、高みを狙っている。障害となる物は力づくで排除し、障害とならぬ物は道として利用する。それが奴という人間じゃ」
おじいさんの言う事は、正しいと思う。タチバナ君に嵌められ、近くで彼の行動を見ていた彼だからこそタチバナ君の事がよく分かるのだ。
それを聞いて、改めてタチバナ君という人間がどんな人なのか考えさせられる。平気でクラスメイトを貶め、私やコミネさんを嵌め、ほくそ笑む。何が彼をそこまで駆り立てるのだろう。
「そ、そうだ。国王様が皆さんを助けてくださったんですね。ありがとうございます」
「うむ。あの美しい銀髪の小娘に、救われたければ協力しろと言われてな」
「セカイの事?」
「その通りじゃ。奴は協力すれば元の王に戻れると言っていた。そう言われて協力せんわけにはいかんだろう。奴に言われた通り襲撃の日に合わせて帝国の兵士どもを裏道に回収し、現国王が死んで犯人に仕立て上げられたお主らがこの監獄に収容されるのを待ち、お主らも回収したと言う訳じゃ」
「ちょっと待ってください。セカイさんがそう言っていたんですか?セカイさんは、国王様が殺されて私がその犯人にされる事を知っていたんですか?」
「そのようじゃったな」
セカイは、全てを見通していた。タチバナ君を誰よりも疑い、タチバナ君を敵とみなして備えていたからこそ、先の事がここまで分かっていた。
全てを分かった上で分断され、セカイはタチバナ君についていったのだ。なんていうか、もうさすがすぎる。
私は思わず口の端があがり、ニヤけてしまう。
セカイ。全部セカイの思惑通りに進んでるから、こっちは大丈夫だからね。だからそっちも無事でいてね。
「ちなみにこの通路が見つかってしまう恐れは?」
「ないとは言い切れんが、この通路は迷宮じゃ。仮に通路を見つけたとしても、下手に足を踏み入れれば出口に辿り着く事もできず死ぬだけとなる。その証拠に、時々屍が転がっておるわい。お主らも、死にたくなければワシから離れるな」
そう聞かされると、希望の光にも見えていたこの薄暗い通路が、急に不気味に見えて来た。
思えばこの通路、未来視の魔眼を手に入れた薄暗い遺跡の中にちょっと似ている。また骸骨の化け物とか出てきたりしないよね。
「この通路はどこまで続いているんですか?」
「城中どこでもいけるぞ。なんならブスケスに夜襲でもしかけて殺すか?」
「いえ。確かにあの方にはむかついていますが、それよりも勇者の家族なる人に会ってみたいです」
「そんなものに会ってどうするつもりじゃ?」
「確かめたい事があるんです。私の勘が正しければ、もしかしたら勇者の家族という存在は、この世界に存在しないのかもしれません」
ナルセさんは、自分の両親が私とカゲヨを殺せと言ったと言っていた。シバ君やカワイさんの家族も賛同していると、そう言ってヤギ君をけしかけてきた。
それが彼女の妄想とは思えない。たぶん、彼女達の家族はいる。この世界に来てしまったクラスメイトの家族も、この世界にいる。それはタチバナ君も言っていた事だし、いても不思議ではない。
では何故カゲヨはその存在を否定するのだろうか。分からないけど、自信ありげなカゲヨを見ておじいさんが笑ってから案内を開始する。
この迷路で迷わないため、私達もその後に続いた。