牢獄
薄暗い、地下の牢獄。物語で見るような鋼鉄の格子の中は硬い石で床も壁も天井も囲まれていて、外から光は一切入ってこない。頼りになる光は檻の外にある松明の光だけだけど、それも遠くて光源としては頼りない。
しかも、酷い臭いである。この臭いの正体は、たぶん知らない方がいいと思う。私の本能がそう言っている。
「うっ……」
カゲヨがうめき声をあげた。彼女の手には、かなり重そうな枷がつけられている。足にも同じように鉄球付きの枷がはめられていて、厳重だ。
そんな状態で硬い石の上に座らされているから、どこか悪くなってしまうのも時間の問題である。
一方で私の方は、彼女よりも凄い事になっている。腕は後ろ手にまとめ上げられたうえで鋼鉄の枷をいくつもはめられている。そんな状態で足に付けられている枷とも繋がっており、歩く事もままならないような状態だ。少しバランスを崩したら最後。起き上がる事も難しいような厳重な拘束である。まぁもう既に床に寝転がっているんだけど。
私はナルセさんの脅しに、確かに屈しはした。でもカゲヨに手を出そうとした兵隊さんは殴り飛ばし、私の身体の変な所を触ろうとする兵隊さんは蹴り飛ばした。
そうする内に私とカゲヨに変な事をしようとする兵隊さんはいなくなり、代わりに拘束が厳重になってしまったと言う訳だ。
「ごめんなさい、ハルカさん。私を庇うためにそんな厳重な拘束になってしまって……」
「私は大丈夫だよ。それより、カゲヨは平気?痛くない?」
「はい。これくらい平気です」
健気にそう答えるカゲヨだけど、絶対に痛いよ。じゃなきゃ呻いたりはしない。
私はこれくらいの拘束なら、簡単に解く事ができそうだ。でもしないのは、拘束をといているのを兵隊さんに見つかったらまた面倒な事になってしまうからである。せめてカゲヨの拘束はもうちょっと楽な物にしてあげたいんだけど、私の願いは誰も受け入れてくれない。
「どうやらこの拘束、魔法封じの力が宿っているみたいです。これでは魔法も使う事ができません」
「そうなんだ……」
「……私、ハルカさんが見た夢のように、死刑になってしまうんでしょうか」
「……」
カゲヨがそう呟くと、嫌な沈黙が流れた。私はそうさせたくなくてカゲヨと一緒に逃げようとしたんだけど、セカイを人質にとられて動けなくなってしまった。今だって、カゲヨを連れて逃げようと思えば逃げれる。だけどそうすれば、セカイを見捨てる事になる。
もどかしい。今すぐカゲヨを解放してあげたい。でもできない。
「い、一体何があったの?」
私は暗くなった空気を紛らわすために、カゲヨに尋ねた。
「……早朝、私達の部屋にブスケスさんが訪れたんです。国王様が急ぎの用で私を呼んでいると、そう言っていたんです。ハルカさんや帝国の兵士の方に伝言を残す事も考えましたが、緊急だというので……結局私は誰にも言わず、急いで彼に連れられて謁見の間に訪れました。国王様は、最初私の方が用があると思っていたようです。私が何の用かと尋ねると、不思議な顔をされました。どういう事かとブスケスさんに尋ねると、周囲にいたメイドさんが突然国王様を取り押さえてしまったんです。その上で、ブスケスさんが国王様を剣で斬り殺しました。呆然とする私の傍にブスケスさんが国王様を殺した剣をおき、メイドさん達が叫び声をあげて助けを求め、騒ぎとなったんです……。私は思考が停止していましたが、駆け付けた兵士に軽く暴力を振られて拘束され、ようやく気付きました。嵌められたのだと」
そうだとは分かっていたけど、カゲヨはハッキリと自分の口から嵌められたと言った。
そう。私達は嵌められたんだ。ナルセさんがタチバナ君からの伝言でセカイを引き合いに出したと言う事は、タチバナ君もこの件に絡んでいるとみて間違いない。彼は私がヤギ君に勝つ事を想定して、その言葉を準備していたのだ。
「全部、タチバナさんの作戦だったんです。私達を分断して自由に動けないようにし、私達を処分すると言う作戦です。何故こんな事をするんですかっ。私は本気で、帝国と王国が……元の世界でクラスメイトだった私達が、仲良くなれる事を望んでいたのに、どうしてこんな事をするんですか!」
カゲヨは心からの叫びを牢獄であげた。その叫びは、私に向けられているけど私に向けた物ではない。
「……カゲヨ。タチバナ君と分かり合うのは、無理だと思う。今回の件で私はそう思った。彼が何を目的としてこんな事をしているのかは分からないけど、頭を切り替えよう」
「はい。私もこんな目に合わされた以上、もう彼の事は信用できません。でももう、全てが遅すぎます。恐らくはケイジさんとセカイさんも、今頃ただでは済んでいないでしょうし……」
カゲヨの言う通りだ。2人も、私達を人質にとって拘束されている可能性がある。あるいは、もう既に……考えたくないけど、あり得ない話ではない。
なんにしろ、あちらの2人の状況が分からない限り私達も動く事ができないのだ。後手に回ったせいで動きを封じられてしまった状況にある。
「でも、どうして帝国の兵士の皆さんは私達を置いて逃げたんでしょうか……。いえ、彼らが逃げる事ができたのなら、それはそれで良いんですよ?でも気配もなく消えてしまったのは、ちょっと不思議です」
「……そうだ。それはたぶん、セカイが皆に伝えていたからだよ」
「皆さんに、セカイさんが?」
「うん。セカイはカゲヨ以外の人に、タチバナ君が何かを企んでいるって伝えていたんだ。何かが起きようとしているって。つまりセカイは、タチバナ君が私達を嵌めようとしている事を知っていたんだ」
「だから、帝国兵の皆さんは難を逃れる事ができた……」
「その通り!」
「でもどうやって?忽然とこのお城から姿を消すなんて、さすがに容易にできる事ではありませんよ」
その方法については、私も分からない。
でもとにかく、私達はただタチバナ君に嵌められただけじゃない気がしてきた。それは私達に希望の光を灯し、悪くなった空気を少し良くしてくれた。
そしてカゲヨの問いに答えるかのように、いきなり壁に穴が開いた。人の顔程の大きさの穴から顔をのぞかせたのは、掃除のおじいさんだ。
「……」
彼は私達に騒がないようにと人差し指をたてると、ただの重厚な石の壁だった箇所が扉のように回転。檻の奥に通路が出現した。
「コミネ様。シキシマさん。遅れて申し訳ありません。今はとりあえず、このまま失礼します」
更にその通路から、逃げたはずの帝国の兵隊さんが出現。急いで拘束されている私とカゲヨを担ぐと、通路の中へと連れ去った。
あっという間の出来事に、私もカゲヨもされるがままだったよ。