布の下
眩しい。
私は思わず目を閉じた上で腕で顔を隠し、そしてゆっくりと再び目を開く。
太陽の光が、直接私に注いでいる。という事は、ここは屋外という事になる。本当にそのようで、私に注いでいる太陽の光は、空高くにある枝と葉の間にぽっかりと開いた穴から注いでいる。
「……」
段々と目がなれてきた上で、寝ぼけていたのも解消されてくる。
そして気づいたんだけど、太陽の光を通している穴がめちゃくちゃ高い位置にある。そりゃあ、木は高い物だよ。私の背を遥かに超える高さだ。でもさ、いくらなんでもコレは高すぎる。100メートルとかっていう話じゃない。200……300メートルくらい?上空に、その穴があるんだよ。
そしてその穴の周囲は木の枝と葉が覆い隠していて、天から注ぐ光を遮ってしまっている。それが私の視界一杯に広がっていて、どこまで続いているのかは分からない。
目が覚めて、まずはそんな光景を前にして呆然とした。
「目が覚めたようじゃな。ハル」
頭の上から、そんな声が聞こえてきた。少し上の方を見ると、誰かが私の顔を覗き込んでいる。太陽の光で逆光になっていて、その顔がよく見えない。
「……メイ?」
そう名を呼んだけど、よく考えたらメイの声ではない。喋り方も違う。呼び方も違う。
私の掛け声に対し、そこにいた子が前かがみになり、太陽の光を遮って私の顔を覗き込んだ。
同時に銀色の髪が私の顔に降り注ぎ、くすぐったい。でもおかげで、その子の顔をハッキリと見る事ができた。
ニヤリと悪戯っぽく笑う、銀髪の少女。作り物のように美しく、整った顔。触れたら柔らかそうな、頬。
メイではない。でも私は彼女を知っている。
「貴女は、あの時の子だね」
メイとの楽しい通学途中。その異様な姿に気になって声を掛けたら、一方的に私に質問して答えさせておいて、忽然と姿を消してしまった少女だ。
彼女のせいでメイに怒られてしまったのだから、忘れるはずがない。というか、この容姿の子を忘れようがない。目の前で改めて見ると、本当にキレイ。思わず人形と間違えて、抱き締めてしまいそうになってしまう。
というか、もしかしたら幻なんじゃないか。あの時は本当に一瞬で消えてしまったし、あり得る。
「……なにをふる」
私は彼女に向かって伸ばした手で、その頬を摘まんだ。
想像通り……いや、想像以上に柔らかな頬だ。ぷにぷにの柔らかな頬は、国宝的な触り心地の良さである。
私が何故そんな行動に出たかと言うと、幻かどうかを確かめるためだ。触れられるから、幻ではないみたい。じゃあ何であの時消えたのさ。
一旦少女の頬から手を離し、今度は片手で頬に手を当てて撫でてみる。本当に、いい感触。ずっと触っていたい。
「やわらかぁ……」
「寝ぼけておるのか?ほれ、そろそろ起きねばいかんぞ」
別にもう、寝ぼけてはいない。私は起きている。
だけど、銀髪の少女が私の頭の上に手を乗せて、なでなでをして来たのだ。幼女のなでなで、いただきました。手には柔らかな頬の感触で、頭はなでなで。寝ぼけている事にせずにはいられない。だって、この天国を手放したくはないから。
「……貴女、名前は?」
しばしその幸せを堪能した後に、私はそう切り出した。
「名は、ない」
「……」
返って来た答えに対し、私は顔をしかめざるを得ない。
この子の置かれている環境が、あまりにも酷すぎる。もしかしたら、私の想像を絶する目に合っているのかも。だとしたら、助けてあげたい。なんとかしてあげたい。
その想いを心に、起き上がる。
そして気づいたけど、私この子に膝枕をされていた。今目の前で地面に女の子座りをしている幼女の膝の上に、私は頭を乗せていたのだ。頭なでなでと、ほっぺたぷにぷにに加え、膝枕までついてくるとか、サービスよすぎませんかね。
「えぇっと……それじゃあ、ちょっと前にも聞いた質問。その服の下には、何か着てるの?」
銀髪の少女は、あの時と同じ白い衣を羽織っただけの状態だ。足は相変わらず裸足で、靴どころか靴下も履いていない。その割に足に傷や汚れはないみたいだけど、そういう問題ではない。
「何も着ておらん」
当たり前のように答える幼女に、私は愕然とした。
私の国で、しかも近所にこんな目に合っている女の子がいるなんて、思いもしなかった。
「ホレ」
「ぶっ」
この国の現状。将来を憂いていたら、銀髪の少女が立ち上がり、突然身に纏った衣をめくってその中身を私に見せつけて来た。
中には本当に何も着ておらず、白い肌が露になるだけだった。その全てが丸見えで、つるつるで、キレイな曲線美が私の目に襲い掛かる。
あまりに不意すぎて、鼻血が出る所だったよ。
出なかったけど、幼女の素っ裸を見て鼻血を出す女子高生かぁ。完璧な変態じゃん。通報されるわ。危うくそうなる所だったよ。あぶないあぶない。
「な、何で、そんな格好してるの?ちゃんとした服は?それに、靴は?」
「ない」
「……じゃあ、お父さんは?お母さんは?お家はどこ?」
「家族はおらん。家もない。強いて言うならば世界中が家だったが、それはもう滅びた」
相変わらず、電波な事を言う。でも家族はいないときっぱり言い切った上で、家も滅びたとか言い出すあたり、やっぱりこの子の置かれている環境がおかしいんだと思う。
こういう子を見つけた時って、どうすればいいんだろう。やっぱり、しかるべき所に訴えるべきなんだろうか。でもそのしかるべき所って、どこ?警察……は、なんか違う気がするな。
「ハルよ。ワシの事は良い」
あれ?そう言えば、なんでこの子は私の名前を知ってるの?私が目覚めた時も、今も私の名前を呼ぶ銀髪の少女に、私は違和感を持った。
「今置かれた状況を見よ」
「状況?」
少女に言われ、私は辺りを見渡す。そしてすぐに、その異様な光景に気づいた。
まず、私が銀髪の少女に膝枕をされて眠っていたのは、木の幹のすぐ傍だ。その木の幹は、驚くくらい太い。古い神社によくあるご神木だとか、そういうレベルではない。もはやコレは、壁だ。野球場くらい太いんじゃないかな。それほどまでに巨大な幹がそこにはあり、上を見るとその太い幹が空に向かって伸びている。上の方は枝や葉で覆われているので、その全貌は分からない。空を覆っているのは、この木の枝だったのだ。最初目が覚めた時にも思った事だけど、どこまで覆っているの、コレ?周囲は森だから正確には分からないけど、どこまでも薄暗く、この巨大な木の枝に覆われてしまっている。
「お主がいた世界は、終焉を迎えた。この世界は、異世界じゃ」
──異世界。
確かに、コレは異世界としか言いようがない。