落下
私は深呼吸をしてから、手に力をいれた。するといとも簡単に鉄製の手枷が壊れて外れた。
「は?」
そんなシーンを目の当たりにした兵隊さんが、声をあげて驚いている。
続いて私はカゲヨを腕に抱いたまま立ち上がると、広間の出口方向に向かって歩き出した。でも当然、兵隊さんが身体を突き出して道を塞いでくる。
「オレに相手してほしいのか?」
目の前にいる兵隊さんが、私に向かって手を伸ばして来た。私はその手を掴み取ると、ちょっと力をいれて引っ張ってから彼の身体を一回転させるようにして振り回し、それから床に叩きつけた。
その際に、ボキボキと嫌な音がしたのは彼の腕の骨が折れたからだと思う。自分の体重と遠心力に耐えられなかったのだ。
「ぎ……ぎゃあああぁぁぁぁ!」
私が床に叩きつけた兵隊さんが、遅れて大きな叫び声をあげた。その腕はやはり変な方向に曲がっていて、折れている。
私は暴れる彼の胸を足で踏みつぶすと、彼の腰についていた剣を引き抜いた。
「この……!」
武装した私を前にして、兵隊さん達の警戒度が一気にあがる。先ほどの浮ついた雰囲気はなくなり、彼らも剣を抜いて真剣に警戒。その中の一人の兵隊さんが私に斬りかかって来た。
彼の剣に向かい、私は手に入れた剣を振りぬく。すると私の斬撃に強さに耐え切れず、彼は剣を放してしまった。剣はくるくると回りながら宙を舞い、そして天井に突き刺さった。
剣を失い呆然とする兵隊さんに向かい、私は剣のお腹の部分で頭を叩きつけると、かなり鈍い音がして彼は気絶。たぶん生きているけど、かなり痛そうだと殴ってから思った。
でも同情はしないよ。女の子の顔を平気で殴る上に、女の子を大勢で囲んで変な事をしようとするような連中にはこれくらいの目に合ってもらわないと。
「は、ハルカさん……!」
「大丈夫だよ、カゲヨ。カゲヨは絶対に、私が守る。あんな未来になんてさせない!」
「や、やれ!抵抗したんだから仕方がない!」
兵隊さんの中の一人が叫び、それを皮切りに周囲の兵隊さんが一斉に私達に向かって襲い掛かって来た。
私はその動きに呼応して正面の兵隊さんのスキだらけのお腹に向かい、蹴りを放った。私の蹴りによって兵隊さんの鎧がへこみ、彼は後方に吹き飛んで行った。その後ろにいった兵隊さんも巻き込んだ事により、道が出来上がる。
カゲヨを片腕に抱いたまま、私は出来たてのその道を駆け抜けた。
「おらぁ!」
でもすぐに道が塞がれて、剣が四方から襲い掛かって来る。
でも私はそれらの剣を、手に入れた剣で全て弾き飛ばしてから、武器を失った彼らに向かって蹴りを繰り出す事によって更なる道が出来上がった。
「な、なんだこの女!?勇者でもなんでもないって話だったよな!?」
「いいから止めろ!手を抜くんじゃねぇ!」
「──雷よ。我の命に従い、我に仇なす者にその威力を示せ。ライトニングバース!」
周囲に激しい光が放たれた。その光は青白く輝き、轟音とともに一瞬にして地を這って駆け巡り、兵隊さん達を飲み込んだ。
私達に襲い掛かろうとしていた兵隊さん達が、その場に倒れこむ。鎧にはビリビリと電気が走り、髪の毛は逆立って焦げた臭いが漂う。
「ナイス、カゲヨ!」
その現象をおこしたのは、私が腕に抱いているカゲヨだ。何かブツブツと呟いていると思ったら、魔法を使う準備をしていたらしい。
セカイは何も言わずにパッと魔法を発動させていたけど、カゲヨは段階を踏まないと魔法を使えないようだ。でもセカイ以外が魔法を使っているのを初めて見たけど、やっぱりカッコイイ。
「気を付けろ!二人とも魔術師だ!」
「だったら前衛で囲んで仕掛ければ簡単に制圧できるはずだろ!」
「落ち着け!大きい方は魔術師だが前衛だ!とにかく囲んで逃げられないようにしろ!それとこっちも魔術師を呼んで来い!」
大勢の兵隊さんが倒れた事により、彼らは半ばパニックに陥っている。だけど私達を逃がしてくれるつもりはない。しっかりと囲んで、距離は詰めて来なくなったけど自由にはさせてくれない。
むこうも魔術師を呼び、到着するまで時間稼ぎをするつもりのようだ。今カゲヨが放ったみたいな魔法を放たれたら、ちょっと怖いな。この場で待つ理由はない。さっさと逃げるべきだろう。
「逃げるよ、カゲヨ!」
「ですが、囲まれています。魔法は連発できる物ではありませんし、このままでは……」
「大丈夫。窓がある。私にしっかりつかまってて」
「はい?」
首をかしげるカゲヨだけど、私は構わず行動に移した。
まず、カゲヨをしっかり抱く。カゲヨも私に抱き着いて来る。ちょっと嬉しい。そして窓に向かって駆けだす。勿論兵隊さん達が剣を私に向けて邪魔して来るけど、奪った剣を一人の兵隊さんの剣に向かって力強く放り投げて吹き飛ばし、手ぶらになった兵隊さんに向かってジャンプ。兵隊さんの肩に片足をつくと、強く踏ん張って更にジャンプ。兵隊さんの肩が外れたような音が聞こえて空を飛び、兵隊さん達の頭上を越えて窓に向かって一直線。体当たりで窓を突き破ると、そのまま外に脱出する事に成功した。
「ハルカさん、ここ二階です!落ちてますよ!?」
「分かってるってー」
カゲヨが必死に私にしがみついて訴えてきている通り、私は地面に向かって落下中である。普通ならただではすまない高さだけど、今の私なら大丈夫。そんな自信がある。
「ひっ」
カゲヨにはそんな私の自信は伝わらず、目を閉じた。
でも私は普通に落ちて、普通に地面に両足をついて着地。勢いを流すために数歩駆け抜け、何事もなかったかのように地面に降り立った。
正直に言えば、賭けだった。これくらいの高さなら、普通にダメージもなく着地できる自信はなんとなくあったんだけど、試した事はないからね。
でも私はこの世界に来てから、絶対におかしい。こんなに強い人間がいる訳ない。でもここにいる。自分の身に何がおきているかは分からないけど、とりあえずはこの力のおかげで色々と助かっているから、不気味だけどいいことにしておこう。
「……え?」
目を開いたカゲヨは、何事もなく地面に着地している私を見て呆然としている。
「行くよ、カゲヨ。逃げなきゃ」
呆然とするカゲヨも可愛いけど、いつまでも呆然としてもらっていては困ってしまう。
私が飛び降りた窓から、兵隊さん達が驚いた顔をしてこちらを覗き見ているからね。さすがに窓から降りて追いかけて来る人はいないけど、別の道で追いかけて来るはずだ。逃げないと。
「で、ですが、帝国の兵士が……!」
「彼らは大丈夫。先に上手く逃げてくれたみたいだから、心配ないよ」
「逃げたって、どうやってですか!?」
「知らない!とにかく、行くよ!」
本当に知らないので、そこには素直に答えるしかない。答えてカゲヨを抱いたまま駆けだそうとしたけど、私の足はすぐに止まる事になる。
私の進行方向の地面に光の矢がつきささると、地面が抉れて爆発したのだ。止まらず進んでいたら、私とカゲヨに刺さって死んでたよ。未来視でその未来が見えていたので、助かった。
「王様を殺して、どこにいくつもりだぁ?シキシマ、コミネ」
手に弓を持ち、私達の行く手を阻んだのはヤギ君だ。隣にはナルセさんの姿もある。
二人とも、勿論私達が逃走するのを手助けしに来てくれた訳ではない。私達を止めに来たのだ。或いは……殺そうとしている。