とりあえずの目的
結局、クルミが何故私達の部屋に潜んでいたのか、その理由はよく分からなかった。
でもクルミが去って行ったあと、ケイジの表情が一層険しくなった気がする。それに釣られるように、カゲヨの緊張度も増して顔色が悪くなっている。
早くも先行きが心配になって来た。まだ何も始まってないのにね。
でも時間は待ってはくれない。クルミが去って行って間もなく、王国の兵隊さんが私達の部屋を訪れ、代表者だけで来るように言われた。
いく事になったのは、カゲヨだ。彼女は緊張した様子だったけど、最後に笑顔を見せてから私達の下を去って行った。
残された私達に出来る事は、ただ待つ事だけ。
「──……遅すぎる!」
もう何度目か分からない、ケイジの怒声が部屋に響いた。
カゲヨが部屋を去っていき、どれくらいの時間が経過しただろう。外はすっかり暗くなっており、かなりの時間が経っている事が分かる。
「お、落ち着いてください、ケイジさん。国同士の要人の会議なんて、こんなものです」
その度に帝国の兵隊さんがケイジをなだめ、その怒りを沈めている光景はちょっと面白い。
「だがこの間にカゲヨの身に何かあったらどうする!お前は知らねぇだろうけどなぁ、この国の国王はこの世界に召喚されたばかりのオレらに親切なふりをして化け物の前に引きずり出して戦わさせるような、頭のイカれたじじいなんだよ!」
余程カゲヨの事が心配なのか、それとも余程この国の王様の事が信用できないのか、今回ケイジは我慢できず、なだめにかかった兵隊さんに掴みかかった。
「心配なら一緒に行けば良かったではないか」
「オレが一緒に行った所で、カゲヨの足を引っ張るだけだろうが!」
「じゃったらぐだぐだ言っておらんで、おとなしく待っておれ」
「っ……!」
セカイにそう言われ、ケイジは掴みかかった兵隊さんを解放。ソファにドカリと座り、落ち着かない様子で貧乏ゆすりをしながら額に血管を浮かび上がらせ、おとなしくなった。
静かになったのはいいけど、今度はどれくらいもつだろうか。
「遅くなってすみません。皆さん、お待たせしました」
そんな事を考えていたら、カゲヨが戻って来た。
「カゲヨ!大丈夫だったか!?何かされなかったか!?」
「な、何かって何ですか。私はただ、国王様に挨拶に行っていただけですよ」
「そりゃそうかもしれないが……随分長かったじゃねぇか」
「国の情勢について意見交換していたんです。やはり帝国のようにこの国も魔獣の活動が活発になっており、住める土地が減っているようです。それでもタチバナさん達勇者の活躍で取り返す事に成功した土地はあるようですが、間に合っていないようです。よって──今ザギエフ王国はレッドランド帝国を含んだ周辺国との争いは望まない。互いに情報交換をし、人族の危機に対応していく。という確約をいただきました」
「そりゃあつまり……とりあえずの目的は達成したって事か?」
「はい」
カゲヨは大きく息をつき、笑顔で答えた。
カゲヨのその返事に、周囲の帝国の兵隊さんからも安どのため息が漏れる。
「凄いね、カゲヨ!コレで二つの国が仲良くなれたって事だよね?」
「そう言う事になるのう。しかし人同士の約束など破られるもの。油断はできん」
「確かに、まだ口約束に過ぎません。ですが国王様はちゃんとした文書として形にし、正式な返事とする事を約束してくれました。帝国との関係は、これでかなり改善されると思います」
「……」
「どうした、ケイジ。お主は喜ばんのか?」
喜ぶカゲヨとは違い、ケイジは顔を伏せて険しい顔をしていた。
いや、彼は元からそんな顔だけどね。でも目的が一つ達成出来たというのにこの反応は、さすがにおかしい。
それに気づいたセカイがカゲヨ達にも聞こえるように言い、皆の注目がケイジに集まる事になる。
「……カゲヨ。お前は本当に、国王に会ったのか?」
「は、はい。そうだと思います」
「この国の国王ってのは、白いひげ面の男だ。眉毛も長い。初老のよぼよぼの爺さんだが、背中は真っすぐで背がクソたけぇ」
「そうでした」
「……」
カゲヨの返答を聞き、ケイジは再び黙り込んでしまう。
「納得がいかんのか?」
「……ああ、納得がいかねぇな。どうもうまく行き過ぎだ。あのクソ国王がこんなにあっさりと帝国と仲良くしようだなんて、言う訳がねぇ」
「でも実際、そう言ってくれました」
「カゲヨを疑ってる訳じゃねぇ。だがおかしい気がする」
「どうおかしいのさ」
「……分かんねぇ」
ケイジは私の問いに、項垂れながら力なく答えた。
おかしい気はする。でも何がおかしいのかは分からない。まるでなぞなぞの違和感探しのようだね。私もそれにはイライラするタイプだから、ちょっと気持ちは分かるよケイジ。
「とりあえず、皆さん今日はもうお休みをいただきましょう。このお城の一角を、皆さんで使えるように手配していただいています。明日は勇者の方々と会う予定もありますし、それに今日話し合った内容を文書にまとめなければいけませんから今日以上に忙しくなりますよ」
「あ。皆とは会えなかったんだ?」
「はい。明日のお楽しみ、ですね」
「そうだね。それじゃあカゲヨの言う通り、今日はもう休もう。でもその前にご飯食べたい」
「その心配もありません。ご飯も王国の方で準備していただいているみたいで、すぐに食べれますよ」
「ホント!?やったね、セカイ!」
「良かったのう」
「うん!」
「だから、王国が用意した物は不用意に口にするんじゃねぇって言ってるだろ……」
「ケイジ、心配しすぎだよ。お茶にも何も入ってなかったし、大丈夫だってー」
「ハルカさんの言う通りですよ、ケイジさん。少しだけでいいので、肩の力を抜きましょう」
カゲヨに言われると、ケイジは弱い。渋々と頷いて、私達はその場を後にした。
部屋の外には王国のメイドさんが待ち受けており、彼女達について私達は別の場所へとやってきた。階段を上り、2階へとやってきて更に歩いた先だ。広い廊下と、左右に立ち並ぶ数々の扉。扉の中は勿論人が寝泊まりできるようにベッドが置かれており、快適に寝泊まりできるようになっている。帝国の兵隊さん達も、充分に泊まれるだけの部屋の数だ。
廊下の階段側には調理室と、ご飯を食べられる食堂スペースがあり、お腹が空いたらいつでもやってきてご飯を食べられると、私達を引き連れて来たメイドさんが言っていた。
「お腹いっぱいー。お布団ふかふかー」
早速ご飯を食べさせてもらい、部屋にやって来た私はお布団にダイブした。久々のちゃんとしたベッドだ。その寝心地はシキ程ではないけど、とても良い。
「どうやら、飯に毒は入っていなかったようじゃな。中々に美味かった」
当然、セカイと私は一緒の部屋である。セカイは私が寝ころんだベッドとは別のベッドに腰かけ、ご飯の感想を述べた。
「確かに、美味しかったです。さすがは王国のお城。使っている食材と、料理人の腕も一味違います」
そして今日は、カゲヨも同室だ。彼女は備え付けの机の上に書類を並べ、それに目を通している所である。ここまでの旅で消費した物資や、帝国に帰るための物資の確認をしているらしい。大変だ。
そんな彼女の格好は上着を脱ぎ捨て下のシャツ姿になり、ややだらしくなっている。この空間には女の子しかいないため、絶賛油断中である。でもその格好が私には刺激的で、嬉しい。
「でへへー」
ベッドに横たわりながらそんな光景を眺められるとか、ホント役得。女の子に生まれて良かったよ。
「あ、そうだ。浴場も自由に使って良いと言われているので、お風呂も入れるみたいですよ。寝る前に汗を流してはどうでしょう」
「お風呂!」
私はカゲヨの提案を聞いてベッドから飛び起き、セカイの方を見た。
「……分かった。一緒に行くとしよう。カゲヨも一緒にな」
この時のセカイは、口の端を吊り上げて悪い顔をしていた。まさかそんな事を言われるとは思っていなかったのか、カゲヨは驚いている。そして書類がどうのこうの言い出したけど、セカイに言いくるめられて一緒にお風呂に行く事になった。
ナイスである。ナイスすぎる。