警告
小さな身体に、人懐っこい笑顔。あの時のままのクルミが天井に張り付くようにしてそこにいて、私と目が合うと天井から手を放して床に着地した。
着地した時の音は、とても静かだ。普通人が天井から飛び降りて着地したら、大きな音が響くと思う。でもクルミの着地はそんな事はなくて、まるで猫とかの小動物が棚から飛び降りて着地したかのような音程度だった。
「クルミ!」
「わっ」
私は着地したクルミに駆けつけて、腕に抱きしめた。
驚いたようだけど、クルミも自分から私に抱き着き返してくれる。
でも気づけば私の周囲は帝国の兵隊さんが突然姿を見せたクルミを警戒し、剣に手をかける人もいた。ケイジが侵入者に気を付けろと言っていたので、警戒していた最中に部外者の登場だ。彼らが驚いて攻撃できる体勢をとるのは無理もない。
「よせ」
ケイジが声をかけ、兵隊さん達は警戒を解いた。
「しかし気配を消して天井に張り付いてるとは悪趣味だな。気づかれなきゃずっとそうしてオレ達を監視するつもりだったのか?」
「気付かれなければねー」
「ちっ」
クルミはなんの悪気も感じさせない、屈託のない笑顔でケイジに答えて見せた。
それに対してケイジは舌打ちをして頭をかく。
「お久しぶりですね、トウドウさん」
続いてカゲヨがイスから立ち上がり、クルミに話しかけた。
その表情は強張っていて、少し緊張しているようだ。
「貴女はコミネ カゲヨさんだね。タチバナ君から話は聞いてるよー。ハルっちの事も聞いてたから、来るのは知ってたんだ」
「そうだったんだ。でも本当に無事で良かった。色々と大変だったよね……」
「うん。結構大変だった。でもタチバナ君が皆をまとめてくれたおかげで、なんとか生き延びて来れたよ。くらちんもね。ただ、メーちゃんは……」
「まだ見つかってないんだよね」
「うん。探してはいるんだけど……」
それまで屈託のない笑顔だったクルミが、メイの事を言う時はその表情に曇りがさした。クルミも本気でメイの事を心配しているのだ。
その表情こそ笑顔で元気そうだけど、この世界に来てから彼女も辛い光景を見てきたはずだ。突然の異世界転移。クラスメイトの死……。ショックな出来事はたくさんあったはず。
私は改めて、その小さな身体を抱き締めた。
「ハルっち、苦しいよー。あと、皆が見てる前で恥ずかしい」
「ご、ごめん」
苦情が来た所で私はその身体を解放する。クルミは苦情を口にしていた割に笑顔が戻っていて、それに嬉しそうだった。
「それにしても……」
クルミの服装の露出が凄い。小さな胸を覆い隠すさらしのような布と、上に羽織った丈が短めのフード付きのジャケット。お腹は大胆に露出していて、その肌を露にしている。ショートパンツの裾から伸びた足は、厚手の皮で覆われていて防御力が高そう。上半身は手薄なのに、何故か下半身だけそんな感じ。腰には鞘に納められた二対の短剣がぶら下がっており、武装している。
無駄に露出が高く、動きやすそうな格好。これはもう、ゲームの中の盗賊の格好そのものだ。そしてそれがクルミによく似合う。特に露出したクルミのお腹がキレイで嘗め回したくなってしまう。
「カッコイイでしょ!」
ニコっと笑い、その場でクルミが一回転。短剣に手をかけ、腰を低くして構えてポーズをとったりもしてくれる。
正直言って、かなり様になっている。その動きに乱れはなく、構えも一瞬ゾクリとさせられて、次の瞬間にはそのナイフで殺されるのかと思ってしまった。
「カッコイイけど、露出が多すぎない?」
「これくらい、この世界では普通だって。それに動きやすくて、良い服だよ。ハルっちもどう?」
「私、が……?」
クルミの体形ならまだしも、私の体形でそれを着たらもう露出魔だよ。怖い事を言わないで欲しい。
「それは良いのう。是非とも着てもらいたいものじゃ」
しかしクルミの提案に、セカイは乗り気だ。
そのセカイが何故か髪や顔からぽたぽたとお茶を垂らしている。
見て思い出したけど、その原因を作ったのは私だった。先ほど天井に引っ付いているクルミに驚き、口に含んだお茶を噴き出してしまったのだった。
「ご、ごめんね、セカイ!」
私は慌ててセカイの下に駆け寄ると、かかったお茶を自分の服で拭きにかかった。
「で、てめぇは何故オレ達を天井から見張ってた?」
セカイを拭く私をよそに、ケイジがクルミに本題となる話題を振りかけた。
その問いをキッカケに、再会を喜ぶ雰囲気ががらりと変わって代わりに緊張感が漂い始める。
「さぁー?どうしてだと思う?」
「真面目に答えろ。場合によっちゃあ、オレ達は敵対的な歓迎を受けたと判断する」
「敵対的ねー……。それじゃあ聞くけど、森の中でいきなり襲われたのは敵対的な行動じゃないと思うの?」
「シュースケから聞いたんだな」
「うん。君たちとタチバナ君が剣を交えたのは、知ってる。加えて王国を裏切って帝国に行った君を信じて、客人として歓迎してただ受け入れるだけなんて、そんな甘い事をこの国が許すはずないとは思わない?」
「そりゃごもっとも。だがオレ達は皇帝から命を受け、本気でこの国と帝国の間を取り持ちたいと考えてやってきた」
「それなのにタチバナ君に襲い掛かったの?」
「それとは別だ。オレはオレ個人として奴に襲い掛かっただけで、国と国の争いじゃない。オレはただ……シュースケが気に入らない。ただそれだけだからなぁ」
ケイジが眉間にシワをよせ、怒りの籠もった表情を浮かべた。
この人タチバナ君の事となると、ホント人相が悪くなる。性格も攻撃的になり、ただの狂人にしか見えない。
普段は別に悪い人じゃなさそうなのに……その辺が、ケイジの損してる所だと思うよ。
「本気で友好を望むなら、ケイちゃんを送ったりしないと思うんだけどねぇ……」
「こっちにはこっちの考えがあるんだ」
ちょっと待った。ケイちゃん?
私は、クルミがケイジの事をあだ名で呼んでいる事に違和感を覚えた。
確かにクルミは、人によくあだ名をつける。私はハルっち。メイはメーちゃんというようにだ。でもクルミは誰彼構わずにあだ名をつける訳ではない。基準はよく分からないけど、気に入った相手にしかそういったあだ名はつけないと思っていた。
ケイジをあだ名で呼んだと言う事は、クルミはケイジを気に入ってる?それとも私の勘違いだったのかな。元々曖昧な物で、明確な基準がある訳ではないからあり得る。私の気にしすぎなのかもしれない。
「それより、質問に答えろ。てめぇ、何が目的でオレ達を見張ってた」
「大した目的なんてないよ。あたしはただハルっちと早く会いたかったのと、ケイちゃんが元気にしてるかどうか気になってただけ。別に誰かに見張るように命令されたとか、そんな事はないから安心してよ」
「ああ、そうかよ。それじゃあもう行け。お前の警告は確かに受け取った」
「うん、行くよー。こんな所にいるのがタチバナ君に知られたら、怒られちゃうから。それじゃあね、ハルっち」
「あ、うん……わっ」
クルミは私に挨拶をすると、唐突にその姿を消した。その光景を目の当たりにした私や周囲の兵隊さん達から、どよめきの声があがる。
勿論実際消えたのではない。何か魔法的な力で、姿を隠しただけだ。その気配はごくわずかにだけど感じる事ができるけど、部屋の扉が開かれてその時一瞬姿を見せたクルミが最後に私に向かって手を振って去っていき、感じなくなった。
「奴が手に入れた勇者の力は、隠密。能力は今見ての通り、気配を消し去って相手の懐に入り込むことが出来る」
と、ケイジが解説してくれた。
クルミも、勇者として力を得ているんだ。姿を消せるなんて、ホント凄いよ。
確かケイジは硬化で、タチバナ君は幻影だっけ。勇者の力って、ホントに特殊能力って感じでカッコイイ。