王国の首都
門を超えたその先の世界は、外とは別世界だった。石畳で舗装された大きな通りに、道を挟んで左右に並ぶレンガの家。大勢の人が行き交い、賑やかで華やかで、外にこの町に入る事が許されない人達がいるなんて信じられないくらい豊かだ。
「わー……!」
そんな光景を前に、カゲヨが目を輝かせている。彼女は確か、ファンタジー世界に憧れていたとか言ってたからね。確かにこの光景は、ゲームとか映画でしか見る事の出来ない、美しい光景だ。私も目を奪われて、カゲヨと同じように感嘆の声を漏らしてしまう。
「帝国も似たようなもんだったろ。いちいち感動してんじゃねぇよ」
「この町はこの町で、凄いですよ。なんていうか……ゲームで言うところの、物語の中盤で大きな町に辿り着き、そこで様々な武具を買えるようになった感じです」
「ゲームで例えられても分かんねぇって」
「その感覚、私もよく分かる」
「分かりますか。さすがハルカさんですっ」
私とカゲヨはこの光景を前に、同じ事を感じているようだ。もしかしたら彼女と私は、感覚が近いのかもしれない。
ケイジはゲームとかはしないみたいで、話についていけないくてちょっと寂しそう。
「お城まで案内しますので、どうぞこちらへ。それと、道中はあまり立ち止まらないようにお願いします」
最初に私達を迎え入れた兵隊さんが、ケイジに向かってそんな事を言って来た。
この光景を前に立ち止まるなとか、それはちょっと酷だよ。立ち止まって、周囲のお店でどんな物が売っているのか覗きたい。あと色んな風景をゆっくりと見てみたい。
「……そうですね。そうします」
でもカゲヨが残念そうに呟いて、兵隊さんに同意した。
カゲヨも私と同じように色々と見て回りたいと思っているはずなのに、何で。その理由は、周囲を見れば分かる。
「おい、見ろ。帝国の兵士だ」
「アレってもしかして……勇者様!?帝国の鎧を着てる」
「ああ、王国を裏切ったって言う、例の……」
ケイジは、この国の人々にとっては裏切り者であり、その顔も割れているようだ。突然町に入って来た異質な存在の私達に対し、町の人々は戸惑いの声を口にする。
大半はどうして帝国の兵士がこんな所にいるのか……という感じだけど、中にはケイジに対してとても敵対的な声をあげる人もいる。
でも、ケイジは無反応だった。堂々と顔をあげたまま、前を向いて先頭を歩く王国の兵隊さんについて進んで行く。
その姿を見て、私は前の世界での彼を思い出した。タチバナ君につっかかって負ける彼を、周囲の人間はバカだと蔑んだ。中には酷い事を言う人もいた。でもケイジは決して、彼らに怒りはしなかった。堂々とただ前を向き、へこたれずにまたタチバナ君に挑むのだ。
「……」
そんなケイジの隣に、カゲヨが寄り添うように並んで進む。彼女もまた堂々としていて、ケイジに浴びせられる酷い言葉を一緒に受け止めているかのようだ。
「勝手に呼び出しておいて、自分の国を去ったら裏切り者扱いとは……人間とは誠に醜いのう」
セカイが呟いた通りで、ケイジを蔑む人たちは私の目にも醜く見える。かつての世界で、私もそんな風に見えていたのだろうか。
でもそんな視線に臆することなく進んで行くケイジは、カッコイイと思う。彼に寄り添うカゲヨも、カッコイイ。
そんな2人を真似て、私もなるべく堂々としてみる。私だって、今はこの一団の仲間なんだから。その言葉を受け止めて、その上で前に進む必要がある。
そしてこの先で待つタチバナ君ともう一度会い、タチバナ君の本性を確かめるのだ。
しばらく道を進んで行くと、今度はお城を囲う壁にぶち当たった。この町全体を囲っている壁程大きくはないけれど、それでも道を遮断する役割を充分に備えている。その壁にも門があるんだけど、その門の警備は外の壁よりも厳重だ。大勢の兵隊さんが門の内外に備えており、侵入を絶対に許さないと言う気概を感じさせる。
その門をくぐり抜け、更にこれまでと比べて細めの路地を進んだ私達の前に、ついにお城が現れた。
外からは見ていたし、ここに至るまでもその姿は常に目に入っていたけど、すぐ目の前まで来て改めて大きいと思う。四角い形をしたお城からいくつかの塔が天に向かって突き出て、その高さはまるで世界樹と呼ばれる木のよう。いや、実際そこまでは高くないんだけどね。でも勢い的にはそんな感じ。お城の壁全体には何か魔法的な力が宿っているのか、薄く白い光を放っている。元々のお城の色もキレイなんだけど、その光によって更に神秘さを増しており、その美しさを際立たせている。
そんなお城につくと、更に大勢の兵隊さんに出迎えられた。その中には兵隊とは違い、キレイな礼服を身にまとった人もいる。
そこでようやく馬から降りて彼らについてお城の中へと通されると、広い廊下に赤い絨毯の上をしばらく歩かされ、その先で大きめの部屋を与えられた。私達と帝国の兵隊さんがゆうに収容できるくらいの大きさの部屋で、そこで一息つく事を許された。
「念のため、部屋の前はしっかり見張ってろよ。窓の外も常に監視しとけ。いざとなったらカゲヨを最優先で守って逃げ出す。いいな」
でも、ケイジは一息つく間もなく兵隊さんにそう指示を出した。
まるで敵の中にいるかのような緊張感を持ち、動く。彼らにとっては、実際そうなのだろう。
「さすがに、正式に会談を受け入れた相手を襲ったりはしてきませんよ。そんな事をしたら王国の名誉が地に落ちてしまいます」
「念のためだ。何もなければそれでいい」
ケイジはそう言って立ったままで、部屋に用意されていたソファには座ろうとしない。あの気持ち悪い笑顔も忘れ去り、険しい目つきで警戒している。
「もう。大丈夫ですよ。心配性なんですから」
カゲヨは呆れ目で、既にソファに腰かけているセカイの隣に座った。私もそれに倣い、2人の正面に置かれているソファに座り込む。
ソファは、この世界に来てから座った物の中で、一番ふかふかで座り心地が良い。思わず2、3回弾ませ、その柔らかさを堪能してしまう程に。
「ふ。ケイジはお主の事が余程心配なのじゃろう。その気持ちを察してやれ」
「ち、ちげぇよ!オレはただ、この中で一番偉いのがカゲヨだから、それで優先してるだけだ!」
ケイジは顔を赤くしてセカイの言葉を否定した。もうそれで図星だという事が分かってしまう。
「そ、そうですよ。私は今、帝国の代表ですから。この中で一番偉いんです!」
「分かった、分かった。二人してそう慌てるでない」
慌てる2人をよそに、セカイは机の上に置かれたお茶を口に運んで優雅に過ごす。そのお茶は、先ほどこのお城のメイドさんが運んできてくれた物だ。
その際に使われたポット等はそのまま置かれているので、私達も飲もうと思えば飲める。でもケイジが毒を警戒し、口を着けるなと言っていた。それをセカイはケイジの目の前で、堂々と口に運んでいるのだ。
私も喉が渇いてるので自分で用意し、カップを口にする。美味しい。
「──ん?」
お茶を飲みながら、異変に気が付いた。
極わずかにだけど、人の気配がする。その気配は上から漂ってくる。
「ぶっ!」
気になって見上げて、私はお茶を噴き出した。噴き出したお茶は目の前に座っていたセカイに降りかかる事になり、ちょっとした惨事だ。
だけどその惨事に目を向ける事もなく、私は天井に張り付いているその人物に向かって叫ぶ。
「クルミ!」
「なはは。見つかっちった」
天井にいたのは、藤堂 胡桃。かつての私のクラスメイトで、親友だ。