見張り
そこからの道中は、カゲヨとお喋りで盛り上がってとても楽しい物となった。カゲヨは私に、この世界に来てからの面白い話をたくさんしてくれた。また、カゲヨは私の話も聞きたがったので、私がこの世界に来てからの出来事も話して盛り上がり、その話題は尽きる事がない。
セカイも私の話を補足してくれて、一緒に盛り上がる。セカイは上機嫌なまま楽しそうなので、私も嬉しい。
そうして道を進んでいると、あっという間に夜が更けてしまった。村を出てから、2回目の夜である。
「えー!」
「えー、じゃねぇよ!てめぇらは客人でもなんでもねぇ。オレ達の飯もわけてやってんだから、その分くらいは働いてもらわなきゃ困る」
「えー!」
ご飯を食べ終わってから、私とセカイに突っかかって来たのはオオイソ君である。今日はこのちょっとした森の中でキャンプをする事になり、連なってテントが張られている。
所々にある焚火の傍で、セカイと今後について話していた所にやって来たんだよ。信じられない。空気読んで欲しい。
「良いのか?」
「あ?何がだ」
「ワシらはか弱き女子じゃ。見張りという重大な役を任せられても、役に立つかどうか分からんぞ」
「何がか弱き女子だ。シュースケの剣を、コイツは防いだのをオレは目の前で見てる。戦力になる奴は使わせてもらう。そして与えられた物に対しては対価を支払ってもらう。当たり前だ」
ちっ。
いつも理不尽に合理性もなくタチバナ君に絡んでいた割に、けっこうまともな事を言う。一歩間違えればケチと同じだけど、この場合そう言い切れもしないので彼は正しい。
彼が私達に突っかかってきた理由は、聞いての通り私達に見張りをしろという事だ。勿論一晩中ではない。交代制で、用意された砂時計の砂が落ちるまでの間だけだ。でも夜の見張りなんてやりたがる人、あんまいないでしょ。ましてや私に見張りを頼むとか、どうかしてると思う。
彼は知らないだけなんだろうけどね。私が夜に、極端に弱い事を。だからそんな事を言って来れるんだ。
「しかしお主、ハルに命を助けられているじゃろう。その恩をなんとも思っておらんのか?それともお主の命は飯より安いのか?」
「それとこれとは別だ!その恩は別の形でぜってぇに返す!」
「もういいよ、セカイ。見張りでもなんでもするけど、でも最初にやらせて」
「そんな我儘は通じねぇ。お前らにはもっと後でやってもらう」
「はは。無理だよ」
「無理じゃねぇ!やるんだよ!」
「無理だよ。だって私、起きれないもん。私、一回寝ると中々起きれないんだ。この世界に来てからもそう。この世界で私に剣の修行を着けてくれた人が、夜中に突然私を叩き起こそうとしても私が起きないから、強制的に引っ張られて連れられたけど寝たままだったからね。睡眠学習ってやつだよ」
「いや、それは意味がちげぇよ」
ツッコミをいれながら、オオイソ君はセカイに目を向けた。
「今ハルが言った事は本当じゃ。ハルは本当に起きない。そしてハルがいなければ、ワシもやらん」
「……ちっ。分かった、最初にやってもらう。それでいいな」
「おっけー、任せて」
という訳で、その日の夜の番は私とセカイから始める事となった。帝国の兵隊さん達は先に眠りにつき、静かになった森の中での見張り番。退屈だ。眠くなってくる。
でも眠る訳にはいかない。だって私の目の前には、怖い顔をした私の見張り番がいるから。
「……」
「……」
焚火を挟んで座っている、オオイソ君。彼も私と一緒の見張り番で、こうして夜の安全を守っている……んだけど、彼は私しか見ていない。もっと周りを見ようよ。じゃないと見張りの意味がない。
「カゲヨから話は聞いたな?」
「え?ああ……うん。色々聞いたよ」
「聞いた上でオレ達と一緒にいるって事は、やっぱりお前は変わったんだな」
「……うん。カゲヨとかオオイソ君にに言われて気づいたけど、やっぱり私は変わったと思う。カゲヨの話を聞いて、タチバナ君に対する疑念が沸き上がって来たからね。前はそんな事、絶対になかったと思う」
「そうか……」
ふと、オオイソ君の表情が和らいだ気がする。いつも眉間にしわのよった怖い顔をしていたからね、この人。そのおかげでちょっと力が抜けるだけで、優しく見えてしまう。
「お前とここで会えたのは、運が良い。カゲヨは今回の外交の件で、悩んで追い詰めてたみたいだったからな。悪いが、支えてやってくれ」
「それは、勿論。……だけど」
オオイソ君が、カゲヨを心配している。その心配の原因は彼が作っていると言っても過言ではないんだけど、でもカゲヨを心配してあげるオオイソ君が可愛く見えてしまう。
もしかして、案外優しい人なのかもしれない。ちょっと不器用で周りに勘違いされやすいだけで、ちゃんと周囲に気を配っているその姿は新鮮だ。
「なんだよ」
「……なんでもない。勿論、カゲヨは支えるよ。私とカゲヨは、もう友達だし!」
「カゲヨ、ね。お前のおかげだろうな。アイツ、今日は少しだけ楽しそうだった」
「そうなの?」
「ああ」
オオイソ君は、そう言って笑った。
カゲヨの事になると、こんな表情も作るんだと思った。普段とのギャップが激しい。でも、悪くはないと思う。
「オレの事は、ケイジでいい。オレもお前をハルカと呼ばせてもらう」
「ああ、うん。別にいいよ、ケイジ」
「あっさりだな。まぁ、よろしく頼む。ハルカ」
前の世界でなら、男女が下の名前で呼び合うって特別距離が近くなければあまりない事だった。でもこの世界に来てから、その抵抗は薄れている。そんな事を気にしている余裕がないからかな。
「ところでケイジは、メイと幼馴染だったの?」
私はカゲヨから聞かされ、その時から一番気になっていた事をケイジに尋ねた。
「ああ、そうだよ。メイコとはシュースケと混じって昔はよく遊んでた」
「……じゃあどうして、高校ではメイと話したりしてなかったの?」
「あいつは……一番変わっちまった。それだけだ」
「どういう事?」
「今のアイツは、本当のアイツじゃない。シュースケの理想とする女に成り下がってるだけの偽物だ。いいか、ハルカ。絶対に、シュースケより先にメイコを見つけろ。そしてもう二度と、シュースケに会わせるな」
「説明になってない。ちゃんと教えて」
「……話してたら長くなる。オレは眠くなってきたんでな。もう行くぜ。いいか、サボるんじゃねぇぞ!」
「あ、ちょ……!」
ケイジは強制的に話を切り上げると、頭をかきながらあくびをして、歩いて行ってしまった。
今のメイが、偽物?全くもって、訳が分からない。そしてそこまで言うなら、ちゃんと説明していってよ。もやもやするばかりで眠気が飛んでしまい、ちゃんと見張りができそうになってしまったじゃない。
というか、コレってサボりじゃない?一緒に見張りをするんだったよね。なのに私達に見張りを任せ、自分は眠いから寝るとか勝手すぎる。
「ねぇ、セカイ。どう思う、今のケイジ。あと、サボりだよ。カゲヨに言いつけよう」
「まぁそう言うな。奴は奴なりに大変なのじゃろう。それよりも奴の警告を忘れぬよう、しっかりと胸の内にしまっておけ」
「……メイを、タチバナ君より先に見つけろってやつ?」
「そうじゃ」
意味は分からないけど、ケイジとカゲヨからもたらされたタチバナ君に関しての話を聞く限り、そうすべきなのだろうというのはよく分かる。
メイは、絶対に私が先に見つける。そしてタチバナ君には渡さない。