無理難題
そっかぁ。コミネさん、オオイソ君が好きなんだぁ。
命を救われたから、かな?確かにドキッとするよね、そういうシチュエーション。
「それで?助けられた時にケイジに惚れて、その後お主たちはどうしたのじゃ?」
「はうっ」
コミネさんが再びセカイに言われ、今度は顔を両手で覆って耳まで真っ赤にする。
初々しい反応に、私は苦笑した。でもその反応が可愛くて、応援したくなってしまう。それになんとなくだけど、2人は相性がいいと思う。2人の会話をさっき少し聞いて、そう思った。
「そ、その後はケイジさんと共に無事に帰還し、ケイジさんから話を聞いて勇者という存在を知る事になりました。私以外のクラスメイトや、その家族までもこの世界にいて、死んでしまった方もいる……。そう聞いた時はさすがにショックでしたし、同時に家族の事が心配になりました」
「そうだよね……」
私も、タチバナ君からその話を聞かされてショックだった。同時に、まだ見つかっていないメイや家族の事が心配でたまらない。
「はい。でも心配になった所で、私に出来る事は限られます。だから、まずは帝国で自分の地盤を固める事にしました」
「それが正しい。この世界で特定の人間を探すのは、困難を極める」
「その際に、ケイジさんの事も利用しました。ケイジさんが勇者という存在だと、皇帝陛下に伝えたんです。そして強大な力を持つケイジさんを、私の推薦で陛下の配下に召し抱えられた事により、私の地位は上昇。ケイジさんも、魔獣退治などで活躍する事で認められて行きました」
「外交を任されるほどじゃからな。お主、この世界が性にあっているのではないか?」
「そうかもしれませんね。殺伐とし、元の世界と比べるとまだまだ無秩序で、暴力の絶えない世界ですが……私は自由なこの世界を、気に入っています。元の世界は、少しルールに縛られすぎですね」
それについて、私は賛成できなかった。私は元の世界で楽しく暮らしていたし、あの世界での平穏な生活を望む。でもタチバナ君について聞かされた今となっては、その平穏も平穏とは思えない。
なんにしても現状この世界で生きていくしかなさそうだから、せめてセカイを心の支えにして行こう。
「しかしどうして外交にお主らが起用されたのじゃ?ワシなら、あの男のいる王国にケイジを派遣などさせん。実際先ほどは、一歩間違えれば王国と帝国とやらの戦争に発展してもおかしくない場面が繰り広げられた」
「先程の件については私も予想外でしたよ。ケイジさんが突然、奴の気配がするとか言って興奮した様子で私達の下を去り、追いかけて来てみればタチバナさんとケイジさんが剣を交えていたじゃないですか。本当に、冷や汗ものでした。終わったと思いました。あの状況を丸く収める事が出来た私、偉いです」
あの時は堂々としていて凄いと思ったコミネさんも、実は緊張していたようだ。
そりゃそうか。私達はつい先日まで、普通の高校生だったんだから。あの時よりは成長して大人っぽく見えても、中身はまだまだ子供である。
「どうしてあんな所にタチバナさんがいたんですか。運が悪すぎでしょう。王都についたらまずはケイジさんが暴走しないように監視しつつ、クラスメイトの皆さんと再会の喜びを分かち合ってそのテンションで外交の雰囲気をよくする算段をたてていた私の計画が、全てパーです」
「じゃがお主、クラスでは孤立していたではないか。しかもケイジまで付いて来て、そんなお主らが現れた所で、喜びを分かち合うような状況にはならんと思うぞ」
「そう思いますか!?」
「じゃろう?ハル」
「……うん。正直言えば、コミネさんの事よく知らないし……いつも一人でいたコミネさんが、突然知らない国の代表としてオオイソ君と一緒に姿を現したとしても、驚くだけでそんなに上手くはいかないかなぁ。……むしろ、敵と思うかも」
私はあくまで、コミネさんやセカイが言う所の、変わる前の自分として意見を述べた。タチバナ君を疑っていなかった頃の私だね。
その頃の私なら、警戒度マックスで迎え入れると思う。だって、クラスで孤立していた2人が対立している国の代表としてやってきたんだよ。しかも1人は、タチバナ君と対立して王国を去った人間だ。雰囲気がよくなる要素が全くない。
「……やっぱり、そうですよね」
「せめて、お主一人ならな。じゃがあえてあの男と共に来たと言う事は、何か理由があるのじゃろう?」
「……はい。今回のこの外交は、本当に大切なんですよ。近頃帝国では魔獣の活動が活発化していて、各地で被害が出ています。このままでは人口を賄うだけの食料を調達する事ができなくなりそうなんです。加えて魔族の動きも怪しいです。元々人族を脅かす存在の彼らは、いつ人の領地に攻めて来てもおかしくありません。というか既に、人の領地が魔族に襲われる事件が多発しています」
「人族同士が衝突している場合ではない。協力し合い、対応する必要がある。という訳じゃな」
「陛下の意向としては、そうです。ですから、敵対している王国に外交団を送り出したんですよ。そしてその重役を、異世界からやってきた私に任せました」
「ワシからしてみれば、捨て駒として利用されたのではないかと勘ぐってしまうがのう」
「陛下は本気です。ケイジさんの力を認めてくださっていますし、捨て駒として扱う理由はありません。しかし人族全体が危機に晒されているというのに、勇者召喚の技術を用いて自国だけ強力な力を手に入れた王国に対し、不信感も抱いています」
「不信感を抱きながら、友好を望むと?」
「それくらいの、ピンチなんです。陛下は今手を結ばなければ手遅れになると、先を見据えて判断しているんです。ですから、陛下は王国と友好を結ぶという目的に加え、私達にもこう付け加えました。……勇者の皆さんとの不仲を、解消するように、と」
「無理じゃな」
「無理だね」
私とセカイは、即答した。
コミネさんと皆が仲良くなることは、可能だろう。でもこちらにオオイソ君がいて、あちらにタチバナ君がいる限り、絶対に無理。絶対に、だ。
コミネさんの言う陛下って、もしかして頭が悪いんじゃないか。そんな事を想ってしまう。それくらいに無理難題である。
「そ、そんなにハッキリと言わないでください。私だって、そう思っているんですから。でも陛下がやれと言うんだから、仕方ないじゃないですか。私にどうしろっていうんですかぁ」
「まぁ落ち着かぬか。確かに難しい問題ではあるが、ハルがお主についた事によって潮目は変わった。まだどうなるか分からんぞ」
「……確かに、タチバナ派だったシキシマさんを取り入れた事は、大きいです」
「ハルカでいいよ」
シキシマさんという呼び方に距離感を感じた私は、コミネさんにそう申し出た。セカイと彼女は名前で呼び合っている訳だし、私だけ苗字呼びはなんだか居心地が悪い。
「そ、そうですか……。では、私の事はカゲヨとお呼びください」
「分かった。よろしくね、カゲヨ」
名前で呼び合う事により、コミネさん改めカゲヨとの距離が縮まった気がする。
それにしても、こんな面白可愛い子が近くにいたなんて気付かなかった。彼女とはもっともっと仲良くなれそうで、これからの関係が楽しみである。