恋する乙女
メイとタチバナ君が幼馴染だと言う事は、知っていた。だけどそこにオオイソ君がいた話なんて聞いた事もない。そもそもメイとオオイソ君が話しているのを、私は見た事がない。
メイが意図的にオオイソ君と話さないようにしていたのだろうか。オオイソ君も、同じ?コレに関しては、いくら考えても分かりそうにない。本人に直接聞いてみるのが早いだろう。
とりあえず、タチバナ君に関してだ。
タチバナ君に関してコミネさんから教えられた情報は、私の夢の内容と照らし合わせても正しいと思う。まだ半信半疑な所はあるけれど、事実ならタチバナ君との付き合い方は考え直さなければいけない気がする。
そしてもしタチバナ君が本当にクラスメイトの命を奪ったのだとしたら、それは赦されない事だ。きちんと罰せられるべきで、今現在タチバナ君と行動を共にしている人たちにも注意喚起をする必要がある。
「ところで、セカイさんも元は私達と同じ世界の方なんですよね?」
「そうだよ」
「タチバナさんの本性を知っていたと言う事は、私達と同じ学校の……生徒、には見えませんよね。私も中々言えませんけど」
確かにコミネさんは小柄である。中学生……下手をすれば小学生と間違われるほどの。
セカイはそんな彼女より幼く見える。だから、とてもではないけど私達と同学年には見えないと言うのは、彼女が正しい。
「ワシは確かに、お主らと同じ世界から来た。そして奴の本性を知っているから殺そうとしたが、失敗しただけじゃ」
「……味方は多い方が良いです。だから、今は触れないでおきます」
セカイはコミネさんの疑問を、はぐらかした。
コミネさんは納得がいっていないようだけど、今はという形で納得してくれた。
ここで深堀されて、実はセカイが私達の世界そのもので、セカイが元の世界を壊しちゃったから私達が今ここにいるなんて話したら、コミネさんはどう思うだろうか。やっぱり、セカイを恨むのかな。
「でも凄いですね。いきなり、王国の勇者であるタチバナさんに襲い掛かって殺そうとするなんて……そんな事する人、私は一人くらいしか思いつきません」
「ワシをあ奴と一緒にするな。ワシにはちゃんと考えがあってした事。奴のように猪突猛進で事を運ぼうとしている訳ではない」
「でも失敗して殺されかけてたじゃん……。私、ひやひやしたんだからね」
「それは……すまぬ。まさか返り討ちにあうとは思っていなかったのじゃ……」
落ち込んだように、しゅんとなるセカイが可愛い。だから私は、セカイの頭をなでなでしてあげた。
「お二人は仲が良いようですね」
「そりゃあ、もう。この世界に来てから、片時も離れてないからね。起きてる時も、寝る時も、お風呂も一緒だよ」
「な、なるほど。確かにそこまで一緒に過ごしていたら、凄く仲が良くなれそうです」
コミネさんは何を想像しているのか、真面目な顔をしながら僅かに頬を赤く染め、うんうん頷いて納得が行った様子だ。
「カゲヨは、この世界に来てどういう経緯であの男と知り合ったのじゃ?」
「ケイジさん、とですか?」
「うむ」
「えーっと……良い機会ですから、私がこの世界にやって来てからの事からお話ししましょうか」
「聞きたい!」
私は食いついた。
タチバナ君から聞いた勇者冒険譚は、死んでしまったクラスメイトの事を想えばこう言ってもいいか分からないけど、面白かった。私が経験してきた事も相当だとは思うけど、他の人のこの世界に来てからの過ごし方は、一味違っていてまた別の角度の面白さがある気がする。
「私は突然やってきてしまったこの世界で途方に暮れている所を、帝国の貴族の方に助けていただいたんです。その方は若くキレイなお方で……後に知ったんですけど、帝国の皇帝陛下の婚約者の女性でして。幸いにも、何故か言葉が通じたので事情の説明は簡単でした。私の事情を知った彼女は、私を保護してくれました。それからこの世界に魔法という物があるのを知ってテンション上がってしまい、私は魔法を習い始めたんです。面白くて、一日中勉強してましたね。それで呑み込みが早いと言われ、帝国の魔術研究者として働き始めたんです」
「す、凄い!コミネさん、魔法が使えるんだ!」
「はい。一応それなりの実力があるみたいです。実力に関しての実感はまだあまりありませんが」
「ワシだって、使える」
コミネさんが魔法を使える事に驚いて褒めたら、セカイが目を細めてそんな事を言い出した。
どうやら、嫉妬しているようだ。私は思わず笑いながら、再びセカイの頭を撫でてあげた。
「セカイも、ちゃんと凄いよ。私知ってる」
「……」
満更でもなさそうに勢いよく鼻息を出したセカイを見て、コミネさんも笑い、そして話を続ける。
「実は私、ファンタジー小説が好きで魔法に憧れていたんです。それが現実となって、神様に感謝しました。この世界に来た理由とか、家族や友人の事とか……色んな物を忘れてこの世界を楽しんでいたんです。薄情かもしれませんが、私は最初、この世界に来たのが自分だけだと思っていたんですよ。だからただ、この世界での生活を謳歌していました」
「私だってそうだよ。私も、皆がこの世界にいるなんて思いもしなかった」
セカイがそう言っていたからで、その通りだと思ってた。だから誰も探したりはせず、セカイと共にこの世界に慣れるのに必死だったんだ。
コミネさんの気持ちは、そんな私だから良く分かる。
「でも、いたんです。私がこの世界に来て初めて出会ったクラスメイトは、ケイジさんでした。私はその時、お仕事で辺境の村に訪れていて、そこで魔獣に襲われてしまったんです。初めて見る化け物に、私は最初心が踊りました。話には聞いていましたが、こんな化け物がこの世界には本当にいるのだと、喜んだんです。でもそれは本当に最初だけ。化け物に食い殺される村人を見て、すぐに目が覚め恐怖しました。目が覚めてからは化け物に対して魔法を放って戦いを挑みましたが、私の魔法は効きませんでした。そして魔法を放ったせいで化け物の目が私に向き、襲い掛かって来たんです。私は迫り来る牙を前にして、もうダメだと思いました。でもその時身を挺して私を庇ってくれたのが、ケイジさんです!」
オオイソ君登場の場面で、急にコミネさんのテンションが上がった。
「驚く事に、私に襲い掛かって来た魔獣をケイジさんはその身で受け止め、牙をへし折ると魔獣の巨体をいとも簡単に持ち上げて放り投げたんですよ!魔獣はされるがままです。ケイジさんによって何度も地面に叩きつけられ、やがて体力がなくなってその姿を魔石に変えました。カッコ良くないですか!?凄くないですか!?」
オオイソ君に助けられた時の事を、目を輝かせながら自慢げに話すコミネさん。その姿を見て、私は分かってしまった。というか誰でも分かると思う。
「なんじゃお主。あの男に惚れたのか?」
「はうっ!?」
私も思っていた事をセカイにストレートに尋ねられたコミネさんが、胸を押さえて顔を真っ赤にする。
その姿は、完全に恋する乙女だった。