夢と現実
ある時は、私が皆から責められていた。私がメイを傷つけた事になっており、二度とメイに近づくなと言われた。勿論、身に覚えのない事だ。事実を確認しようにも、メイとはそれ以来口をきいてもらえずに私は孤立した。
後に分かったのは、タチバナ君が私のメイに対する想いを、歪んだ形で周囲に流布したのが原因だった。
ある時は、私の下に知らない男の人が来た。その男は私が連絡して、夜遊ぶ約束をしたと迫ったけど私には見覚えがない。断ると彼は強引に私を連れ出し、そして乱暴してきた。その場はなんとか逃げ出す事が出来たけど、でも周囲には私が勝手にやった事だと広まり、私は男を誘って遊んでいる女だという噂が流れ、周囲から糾弾された。
後に分かったのは、誰かが私の名を借りて相手にメールを送っていたという事だった。
またある時は、私がある生徒に嫌がらせをしていて、その女子生徒の上履きに画びょうを仕込んだり、カバンの中身をぶちまけたという噂が流れた。その女子生徒とは面識がなかったけど、だけどその女子生徒は私を見て私がやったと言う。その子はタチバナ君と面識があるようで、タチバナ君は私を責めた。彼は私の言い分など一切聞かず、まるで最初から私を犯人に仕立て上げる予定だったのではないかと疑ってしまうような態度だった。
その後の私の行動がいけなくて、タチバナ君は彼女に騙されているだけだと思い、私は彼女を問い詰めた。それが自分の首を絞める形となり、私はいじめっ子として迫害され、学校にいられなくなったのだ。
ここまでとは少し違うけど、車にはねられて死んだりもした。私が歩道を歩いていたら、居眠り運転の車が突っ込んできたのだ。それは、メイと待ち合わせて遊びに出かける日の出来事だった。
他にも、足を滑らせて崖からおっこちた事もある。
あの世界にいた私に待つのは、そんな結末ばかり。どこにもハッピーエンドはなく、どの未来も私に待ち受けるのは、死だけだ。皆から迫害された後の私にも、失意のどん底のままに死が訪れる事になる。それは、殺されたり自死だったり、事故死だったりもする。
「──ハル!ハル!」
「──シキシマさん!」
「はっ……!あ……あれ?」
気づけば私は、馬の上にいた。
いや、元からそこにいたんだった。腕の中にはセカイがいて、隣では別の馬にのっているコミネさんがいる。
2人とも、私の顔を心配そうにのぞき込んでいた。特にセカイは私の腕を握りしめ、本当に心配そうにしている。その顔を見て、遺跡に迷い込んだ私を見つけてくれた時のセカイを思い出す。
「私、どうしてた?」
「いきなりボーっとしてしまい、まるで意識がなくなったようだったので心配しました」
「あ、あー……そうなんだ」
そうだ。話の途中で夢と現実の区別がつかなくなってしまい、色々と思い出していたんだった。
今まで夢で見て来た内容が、突然現実のようにフラッシュバックして脳裏をよぎった。それら全ては、間違いなく現実であり、でも間違いなく夢である。
訳がわからないけど、その事実に身体が震えだす。怖い。
「大丈夫じゃ。ハルは今、ここにいる。何も怖い事はおきていない。じゃから、安心するが良い」
「……うん」
セカイが強く手を握って、優しく言葉をかけてくれる。それで少しは安心して、身体の震えが収まって来た。
「シキシマさん。一体どうしたんですか?」
「……夢を、見たんだ。それは今まで、この世界に来る前からも見る夢で……でも、この世界で未来視の魔眼を手に入れてからハッキリと見えるようになって、まるで現実みたいで凄く怖いの。コミネさんの話を聞きながら、夢で起きた事を思い出してた」
「未来視……貴女は、勇者の力を手に入れたんですか?勇者として王国に召喚された訳ではないのに?」
「……分かんない」
「その目の力は、この世界に来てとある出来事によって手に入れたのじゃ。勇者がどうのこうのは関係ない。それよりも、今はハルが目にする夢についてじゃが……」
「セカイは何か知ってるの?」
「知っている。良いか、ハル。お主が見る夢は、実際にあり得たかもしれぬ未来の話じゃ」
「未来?」
「そうじゃ。全ては未来で、実際におきた出来事。お主はそれを夢として視ているのじゃ。そして夢の中で、お主が友と呼ぶタチバナはどんな人物だったか覚えているな?」
「……」
夢の中の、タチバナ君……。
思い出して、私は殺された時の彼を思い出した。冷徹に笑い、身勝手に人の命を奪う。まさに、コミネさんが大悪人だと言った人物そのものだ。
「うん。しっかり覚えてる」
「では、カゲヨが言った悪人という意味が分かるな?」
「……でも、本当にそうなの?あのタチバナ君が、私にあんな事を……それに、コミネさんが話してくれた事も、本当にそうなの?」
「私には、信じてくださいとしか言えません。しかしいつも皆から一歩引いて、遠巻きに見ていた私だからこそ言えるんです。あの人はおかしいです。決定的なのは、この世界に来てからです。ここからはケイジさんから聞いた話なんですが、この世界に来てからタチバナさんは少なくとも二人のクラスメイトの命を奪っています」
「なっ……」
コミネさんの言葉に、私は絶句した。
タチバナ君が、クラスメイトの命を奪った?ありえない。やるはずがない。出来るはずがない。そうでしょう、私?
自分に対しての問いかけに、記憶の中のタチバナ君が応えてくれた。私を殺した、あの時の彼。彼なら、平気でやる。
「勇者として召喚されて間もない頃、彼らは魔物との戦いを強制されました。その中で、タチバナさんは自らの身を守るためにクドウさんを盾にしたんです。どさくさ紛れだったので気づいていたのはケイジさんだけのようですが、それで一人を殺めました。別の戦いでは、タチバナさんの異常さに気づきつつあったタジマさんを、偶然死地へ送り込むような形で殺害しました。ケイジさんは、この世界に来ても変わらない、むしろタガが外れたように平気で人を殺すようになった彼に愛想をつかし、彼らの下を去ったんです。そんなケイジさんを皆が、異世界に来てまで協調性のないバカだと言って指さしました」
「……」
私には、もう何も言えなかった。以前なら、タチバナ君がそんな事をする訳がないと、そう言って食って掛かっている。
でも今は違う。夢で視た未来。アレが本当だとするなら、あり得る。あり得てしまう。
だけど、クラスメイトの死を嘆いていたタチバナ君が、本当に?メイが見つかっていない事を、本気で心配していた彼がクラスメイトを殺す?
あの姿が演技なのだとしたら、本当に恐ろしい。恐ろしいから、そうであって欲しくないと思う自分がいる。
「信じていた人がそんな人間だったなんて、心の整理が追いつかないですよね」
「うん、かなり混乱してる。でもセカイは、タチバナ君の事を知ってたの?だからタチバナ君に襲い掛かった……違う?」
「ワシは奴が、ワシにとって危険だと判断した。じゃから、殺そうとした。失敗したが、まぁつまりそういう事じゃ」
セカイはあっさりと認め、それでセカイがタチバナ君を殺そうとした理由が分かった。
「オオイソ君は?」
「ケイジさんは、タチバナさんに勝ってタチバナさんの暴走を止めようとしているんです。昔から、ケイジさんは面倒見の良いお兄さんという感じだったんでしょう。暴走するタチバナさんを放っておけず、高校までついてきて不器用に突っかかるようになりました」
「昔から?」
「ああ、はい。ケイジさんとタチバナさんは、旧知の仲ですからね。いわゆる幼馴染というやつです」
「そうなの!?」
「知らなかったんですか?ミヤウチさんとも、ケイジさんは幼馴染ですよ」
それには更に驚いた。コミネさんからもたらされる情報には、驚かされる事ばかりである。