決め手
その子と私はクラスメイトで、だけどあまり話した事はなかった。彼女は周囲とあまり関わりを持とうとせず、いつも教室の隅っこで1人寂しく本を読んでいるタイプの女の子だったからだ。
しかしながらその存在は認識していた。だってクラスメイトだからね。極まれに話す事もあったし、ちゃんと名前も知っている。
──小峰 影夜さん。
それが彼女の名前であり、この現場に現れた子の正体である。
黒髪の前髪を切りそろえているその姿は、前の世界と同じだ。ただ両サイドの髪が伸びてカールがかり、前よりもお洒落になった印象を持たせる。前はもっと、幼い感じだった。
「……ちっ」
彼女の登場に、オオイソ君が舌打ちをした。
そして斧を背負い、なんだか居心地が悪そうにする。
「こ、コミネさん?よかった、無事だったんだな!しかし、その格好は……」
現れたコミネさんに、一瞬喜んだ表情を見せたタチバナ君。でも彼女の服装を見て、すぐに表情が曇った。
コミネさんの服装。それは、よく見ればオオイソ君が身にまとっている鎧と似ている。コミネさんは鎧ではなくて布のローブを羽織っているんだけど、デザイン的にそっくりなのだ。黒を基調としつつ、赤いラインが入ったそれは彼と彼女の繋がりを表している。
「お久しぶりですね、勇者タチバナ シュースケさん。お察しの通り、現在私はレッドランド帝国に身を置いています。オオイソ ケイジさんと同じく、帝国の一員として働いているのです」
「……なるほど。オレが勇者だと知っていると言う事は、オレ達が置かれている状況は理解できていると判断していいんだな?」
「はい」
コミネさんはあっさりとそう答えた。
つまり彼女は、帝国が王国の敵だと言う事を知っている。タチバナ君達が敵だと理解した上で、その身を置いているのだ。
そしてタチバナ君は、コミネさんとはこの世界に来てから会っていない。今初めて会う。2人の会話からそれが分かる。
「そうか。お前も敵か」
「違います」
「違わないだろう!シュースケと共謀してオレを殺しに来たのに、よく言える!」
「その件については、謝罪します。ですが私達は王国に、外交の使者として赴いただけなのです。貴方達と敵対する意思はありません」
「じゃあ何故ケイジはオレに攻撃を仕掛けて来た!」
「彼の暴走です。その件については、深く謝罪します。ですが、先ほども言った通り私達にタチバナさんや王国と敵対する意思はありません。その証拠に、周囲の帝国兵と貴方の部下との間で戦闘はおきていません。それは私達に、攻撃する意思がないからです。それに、王国と帝国の間にある世界樹の森をわざわざ超えてやってきて、この少人数で王国に喧嘩を売るなんてバカな真似はしません」
「……」
タチバナ君が周囲を見ると、確かに戦闘は起きていない。戦っていたのは、タチバナ君とオオイソ君だけだ。
「他に証拠は?」
「外交文書があります」
コミネさんはそう言って、懐からくるくる巻きにされた紙を取り出した。赤いひもで結ばれているその紙が、今言った外交書というやつなのだろう。私には意味がよく分からないけど、何か重要な物に違いない。
「……」
タチバナ君が手近にいた騎士に顎を使って確認しに行くように指示をすると、騎士がコミネさんの下に駆け寄ってその紙を受け取る。そして紐を解いて中身を軽く確認すると、元通りに戻してからコミネさんに丁寧に返した。
「間違いなく、本物の外交文書です。王国との魔族に対する対応に対する話し合いのため、この地を訪れたと……」
「……そんな話、聞いていないぞ。国王め、一体何を考えている。だが、分かった。しかしだ。王国の宝であるこのオレに対する暴挙を見逃す訳にはいかない。暴走したケイジには相応の罰が必要だと考えるが、その辺りはどう思う?」
「確かに、外交に訪れておきながら勇者である貴方の命を狙うと言う行為は、赦されるべきではありません。相応の罰が必要でしょう」
「ならば──」
「しかし罰の内容に関してはこちらに一任させていただきます」
「オレは被害者だぞ。罰に口を挟むなというのか?」
「はい。だって貴方の心は、黒く染まっていますから。そんな人の言う事を聞く訳にはいきませんし、それにケイジさんに対して数々の暴挙を行って来たのは、貴方の方では?命を狙われても、仕方がないと私は思いますけど」
「何を言っている。オレは……」
「……」
コミネさんが、タチバナ君を睨みつける。と言っても、ただ見つめているだけだ。その表情は、無。何の感情も持たず、タチバナ君を真っすぐに見据えている。
「いいだろう。今は見逃してやる。王国の客人であるお前たちを殺してしまうのは、さすがにマズイからな。命拾いしたな、ケイジ。コミネさんも」
すると、タチバナ君が折れた。
表面上は来賓を殺すのはマズイと言っているけど、今の2人の睨み合いの中で何かがあったのかなと私は感じた。それに先程コミネさんが言った、タチバナ君の心が黒く染まっていると言う意味も気になるし、オオイソ君に対しての暴挙という内容も気になる。
「あ?オレは続きをしても構わねぇぜ?むしろ、しないと気がすまねぇ!」
「ケイジさん?」
「っ……」
コミネさんは、続いてオオイソ君を睨みつけた。すると、戦いを続けようとしていたオオイソ君が途端におとなしくなる。まるでお母さんに睨みつけられた子供のようだ。
「全員帝国兵に手を出すな!彼らは外交特使だ!いいな!」
タチバナ君がそう指示を出し、とりあえずこの場で殺し合いが行われる事はなくなった。て、元々殺し合ってたのはタチバナ君とオオイソ君だけだけど。
そして遺恨も残る形となった。タチバナ君を殺そうとした、セカイとオオイソ君。2人の言い分はこの後しっかりと聞かなければいけない。
「全員テントをたため!出立の準備だ!」
「あら、もう出発するんですか?」
「ああ、本当はもっとゆっくりとしていたい所だが、お前らが現れたせいでゆっくりしていられなくなった」
「そうですか。でしたら、ご一緒に王国へ向かいますか?私達としても、勇者であるタチバナさんに案内していただければ心強いです」
「オレの命を狙うような奴と一緒に行動するだと?冗談は止せ。本当にそうしたいのなら、猛獣に首輪をつけて檻の中に閉じ込めた上でついてこい」
「では無理ですね。残念ですが、諦めます」
「ふんっ……行くぞ、シキシマ!」
「へ。ついていっていいの?」
「当然だろう……。色々言ってしまったが、オレ達は仲間だ。そうだな?」
それはそうなんだけど、さっき自分の命を狙うような奴と一緒に行動できないって言ってたよね。私が付いて行くと言う事は、もれなくセカイもついてくる。
セカイも首輪をつけて檻の中に閉じ込めなければいけないのだろうか。そんなシーンを想像してみたけど、ちょっと危ない光景ができあがった。
「──いや、ダメじゃ。ハルはワシと共に、帝国の者等と共に王都に向かうとする」
しかしそう言い放ったのはセカイだった。付いて来いと言うタチバナ君に、真っ向から対立する発言である。
「貴女は勝手にすればいい。しかしシキシマはオレと一緒に来る。そうすべきだ。そうだな、シキシマ」
「え、えっと……」
正直、悩む。タチバナ君は友達で、彼を裏切る訳にはいかない。色々あって剣を交えたけど、それでも私を仲間と言ってくれる優しい彼に、ついていくべきだ。
でもセカイがそうせずオオイソ君達と行くというなら、私もそうしたい。
「ハル。ワシを信じろ」
でも、セカイのその言葉が決め手となった。