二人の殺し合い
野次馬の騎士たちの間を素早くすり抜け、私はセカイとタチバナ君の下へと駆け付けた。
そこでは剣を振るってセカイの魔法を切り裂くタチバナ君と、タチバナ君に向かって彼を殺すような威力の魔法を放つセカイがいて、戦っている。
「セカイ!タチバナ君!何してるの!?」
「……」
2人とも、私の問いかけに答えてくれなかった。
セカイは一瞬私に目を向けたけど、再びタチバナ君に向かって手から炎の玉を繰り出し、タチバナ君に向かって攻撃を繰り出す。タチバナ君は難なくその炎を切り捨てると、炎の玉は一瞬にして消え去った。
キレイな太刀筋。素早く、力強い。彼はこの世界で成長し、強くなった事がそれだけで伺える。
「この少女が、いきなりオレに襲い掛かって来たんだ。いくら攻撃を止めるように促しても、止まらない。もしかしたら、魔族がオレに差し向けた暗殺者なのかもしれない。いや、或いは帝国か?どちらにしても、正当防衛だ」
次の瞬間、タチバナ君がセカイに向かって踏み込み、その距離を一気に縮めた。
タチバナ君の銀色の剣が、セカイに襲い掛かる。でもその剣は、セカイに触れる前に空中で見えない壁にぶちあたり、その壁とせめぎ合う事となる。
「無駄だ」
タチバナ君が少し力をいれると、セカイを守っていた見えない壁が打ち砕かれた。でもセカイが狙っていたのは、攻撃を防ぐことではない。時間を稼いだだけだ。その僅かな時間でセカイは飛び退き、タチバナ君の剣を回避。次は両手で炎の玉を作り出していて、先程よりも強力な魔法を繰り出そうとしていた。
「っ!」
予想外だったタチバナ君に、セカイのその魔法を避ける術はなかった。
放たれた炎の玉は、タチバナ君に直撃。大きな爆発が起こり、それを放ったセカイが爆風で後方に吹き飛んでいく。
「セカイ!タチバナ君!もうやめて!」
私には、2人が無事であることは分かっていた。ほんの数秒先の未来が私の目には映っているので、身を案じるよりもまず、戦いを止めさせるためにそう叫んだ。
だけど、私の叫びを彼らは全く受け付けてはくれない。未来は変わらなかった。
「──もう、後戻りはできないからな」
たちこめる煙の中から、そう声が聞こえて来た。
直後に、煙を切り裂いて一閃の筋が通る。それが巻き起こした風により、煙は一瞬にして霧散。その中にいたタチバナ君が、セカイに向かって猛然と駆け寄った。
セカイは、先ほどの爆風に飛ばされた事によってちょっと離れた位置で立ち上がっていたんだけど、その距離は一瞬にして縮まる事となる。
「元より引くつもりはない。死ね、勇者」
フラフラと立ち上がったセカイは、一見すると隙だらけだ。向かってくるタチバナ君に、何の抵抗もできそうもない。でもそれは罠だった。
セカイは風で後方に吹き飛びながら、地面に魔法をかけていた。その魔法が、タチバナ君がセカイに向かってくるのと同時に発動する。
地面から、岩が棘状になって突き出した。それは地上にいる者を串刺しにする魔法で、先ほどよりも更に無防備にその領域に踏み込んだタチバナ君が、避けられるはずがないかと思われる。
でも違うんだよセカイ。それはタチバナ君ではない。岩によって串刺しになったタチバナ君の姿に、誰もがタチバナ君の命が失われたと思っただろう。でも串刺しになったのではなく、ただ通り抜けただけだ。
串刺しになったタチバナ君の姿が、ぐにゃりと歪んで消え去る。タチバナ君は、生み出した分身を先鋒としてセカイに突撃させ、その手の内を窺っていたのだ。
気配がなく、質量を感じさせないタチバナ君に違和感を持っていたんだけど、未来を先回りして見ていた私にはその事が分かっていた。
「死ぬのは、そちらだったな」
そして、本体のタチバナ君が棘上の岩の上を駆け抜け、セカイに剣先を向けて突っ込んでくる。
それに対し、セカイは無防備だ。その剣は、セカイの胸を貫いてセカイを死に至らしめる。
「……ダメ」
未来を見ている私は、その未来を変えるために踏み出した。向かうのは、セカイの下だ。
タチバナ君は、完全にセカイをとらえたと思っている。セカイも、刺さると思っているのかその場から動こうとはしない。諦め、その剣を受け入れようとしている。
でも、その剣は止まった。私が駆けつけ、杖で受け止めたからだ。
杖と剣がぶつかる、僅かな衝撃。音。
「……シキシマ」
「……ハル」
一瞬静まり返った後に、タチバナ君とセカイが、それぞれ私の名を呼んだ。
「二人とも、何してるの!?」
「セカイさんが、突然オレに襲い掛かって来たんだ。オレはただ、自分の身を守るために戦っていただけだ」
「だからって……!最後の攻撃は、セカイを殺そうとしてた!なんでそこまでする必要があるの!?」
「オレを責めるのはお門違いだぞ、シキシマ。先にオレを殺そうとしたそいつが悪い」
「タチバナ君を殺そうとしたって……それ本当なの、セカイ……?」
「……」
セカイは、黙った。その沈黙は、肯定だ。
「分かったろ、シキシマ。セカイさんは、残念ながらオレを殺そうとした。オレはそれに対応していただけなんだよ。分かったら、その子を庇うのはよしてこちらによこせ。殺さずに済むのなら、その方が良い」
「う……うん。セカイ。もう、暴れたりしないでね?」
「……」
セカイは黙ったまま、頷いた。
その様子を見ていたタチバナ君がずかずかと歩み寄ってくると、私を退かせてセカイの前にたつ。そして乱暴にセカイの手を掴み取ると、彼女の小さな身体を宙に浮かせた。そして更に乱暴にセカイの髪の毛を掴み取り、俯いていたセカイの顔を無理矢理上げさせる。
「乱暴しないで!」
「……何言っているんだ、シキシマ。この子は、勇者であるオレを殺そうとしたんだぞ。王国の宝である、勇者をだ。例え未遂で終わったとしても、タダでは済まない。何故そんな行動に出たのか、理由の解明のためには拷問して全てを吐かせる必要がある。その後に、殺す」
「……え?」
今タチバナ君は、何と言った?拷問?そして、殺す?何故、そんな事をする必要がある。理解が追いつかない。
でも……そうだよね。セカイは、タチバナ君を殺そうとした。それは酷い事で、許されない事だ。タチバナ君が怒るのも無理がない事で、私がタチバナ君を止める必要なんてない。セカイが悪いんだから……私には関係ない事だし。
タチバナ君はいつも正しかったし、きっとコレも正しい事なんだろう。
「──なんのつもりだ?」
でも気づけば私は、杖をタチバナ君に突き付けていた。
頭の中でタチバナ君が正しいと言う結論に至っておきながら、私の身体と口は真逆の結論だった。セカイを傷つける事は、許せない。タチバナ君は何も正しくない。セカイを、守れ。そう命じている。
「セカイから、手を離して」
「……お前、この子を庇う気か?」
「セカイは理由もなく誰かを襲ったりなんかしない。確かに最初に手を出したのはセカイかもしれないけど……でも、絶対に何か理由があるはず。それを聞き出す前に拷問とか、殺すとか……例えタチバナ君だろうと、そんな事は私が許さないから」
「……ハル」
セカイが、私の名を呼んだ。そのセカイの表情は、驚きに満ちている物だった。
何をそんなに驚いているの?私がセカイを庇うのが、そんなに不思議?私、セカイの事けっこう好きなんだよ。当然だよね。この世界に来てから、セカイには助けてもらってばかりだから。だから、庇うのは当たり前の事だと思うんだけど。
「この子を庇うと言う事は、シキシマもなのか。残念だよ」
でも、タチバナ君はそんな私を許そうとはしなかった。その目には憎しみが宿り、今まで見た事もない目で私を見て来る。
いや……正確に言えば、見た事はあった。それは夢の中のタチバナ君で、私を殺した時の彼の目だ。