燃える身体
メイは、この世界のどこかにいる。でもどこにいるのか誰にも分からない。もしかしたら既に死んでしまっているかもしれないし、今ピンチに陥っているかもしれない。
タチバナ君と再会してから、彼はメイが一緒にいるなど一言も言っていなかった。私が勝手に彼と一緒にいると思っていて、タチバナ君についていけばメイと会えると思い込んでいただけだ。だからメイがまだ見つかっていないとタチバナ君から聞かされて、私はショックだった。でもそう語る彼も辛そうだった。心配しているんだ。
たぶん……私と同じでメイを愛しているから、尚更……。だからこそ、彼は今まで意図せずにメイの話題を避けてしまっていたのかもしれない。
更に、私の家族がこの世界にいるかもしれない可能性があるので、そちらも心配だ。死んでしまったクラスメイトの話も聞いた後で、心配になる事が増えて心が落ち着かない。
「──眠れぬのか、ハル?」
隣で横になっているセカイが、そう話しかけて来た。
私達は今、私達のために用意されたテントの中で、2人並んで横になっている所だ。簡易ベッドに並んで横になり、ボーっとテントの天井を眺めている私を、セカイが心配してくれたようだ。
「うん。メイとか、家族が心配で……。それに、死んじゃった友達の事を考えてた」
「悲しいか?」
「うん」
タチバナ君から聞いた死んでしまったクラスメイトとは、積極的に遊びにでかけたり、つるんだりはしていなかった。それでも毎日挨拶くらいはかわす仲であり、友達だったと思う。そんな人たちが死んでしまったと聞いて、本当にショックだった。
この世界に来さえしなければ、失われる事がなかった命が失われた。どうして、なんで彼らがこんな目に合わなければいけないの。そんな理不尽な死を、私はどう受け止めたら良いのだろうか。
タチバナ君も、きっと同じことを思っているはず。私とは違い、間近に死を見て来た彼の方がショックで、それがたぶん、彼を変えてしまったんだ。皆を守るため、冷酷になった彼を責める事をできはしない。
「全ては、ワシが始めた事じゃ。ワシがお主の世界を終わらせた事により、全てが始まった。ハルの友が死んだのは、ワシのせい。ワシを責めたければ、ワシを思う存分責めると良い」
「……セカイは、この世界に連れて来たのは私だけって言ってたよね」
「……」
「皆がこの世界にいるのは、おかしい。セカイはずっと、私の友達がこの世界にいるはずがないって言ってたよね。元の世界はなくなって、皆死んで、私だけがこの世界にやってきたって。でも皆がこの世界にいる。それはセカイにとって、予想外の事。違うかな?」
「確かに、その通りじゃ。ワシがしでかした事ではない、何かがおきている。しかし事の発端がワシである事に変わりはない。全てはワシが始めた事。ワシのせいでお主の友が死んだ。ハルはワシに対し、その悲しを怒りに変えて責める資格がある。なんだったら、あの男に全てはワシが始めた事だと告白すれば良い。あとはあの男が、ワシを適正に処罰するじゃろう」
「それは出来ない。セカイの事を話せば、今のタチバナ君は何をするか分からないから……。だからセカイも、その事は秘密にして。絶対に、誰にも話しちゃダメ」
「……分かっておる。ワシがその事を話せば、共に行動していたお主も疑われかねんからのう」
私は自分の身を案じて行ったわけではない。セカイの身を案じて言っているのだ。
それが彼女に伝わっているかどうかはさておき、言うつもりがないのなら別に良い。
しかしそれにしても、相変わらずセカイはよく分からない。自分を責めろと言って嫌われようとしながら、私の身を案じてくれている。本当に、よく分からない。でも一緒にいると、それだけで安心できる。
不思議な存在だ。
「眠いか?」
「……うん。少し、眠くなってきた」
「ならば、眠っておくがよい」
「……」
私は返事をする事無く、目を閉じた。ずっと眠れなかったのに、眠気は突然やってきて私を夢の世界に誘おうとしている。
「──ハルは、ワシが守る。じゃから、安心して眠れ」
その声が、現実の物なのか夢の中の物なのかは分からない。
そういえば、ちょっと前にセカイが言いかけて、途中で止めた事があったっけ。もしかしたらこの言葉は、その続きかもしれない。
でも私はそのまま眠りについてしまったので、その声が夢か現実か確かめる事はできなかった。
その日はまた、夢を見た。
今日の夢の中では、タチバナ君が私を殺そうとしていた。前の世界で、高校生の彼が私に殺意を剥き出しにし、そして殴られた。何度も、殴られた。助けを求めても、誰も来てはくれない。
何故、どうしてこんな事をするの?尋ねても、彼は答えてはくれない。
彼は代わりに、私が全部悪いと言っていた。私が邪魔だから。私がいるから悪いと。あまりにも理不尽すぎる理由。でも私に、抵抗する力はなかった。圧倒的な、男の力。それによってねじ伏せられ、何も出来ないままに殴られ、衰弱していく。
やがて私がボロボロになり、息も絶え絶えになってきた頃、彼はとどめとばかりに床に転がる私に液体をふりかけた。そしてライターの火を手にして、ニヤリと笑う。
私はその瞬間に、自分の死を悟った。
火が私に落とされ、私は燃える。熱い。苦しい。でも身体が動かない。何もできないままに、私は燃えるしかなかった。
この世界に来てから、どんどん夢がリアルに近づいている気がする。相手の顔がハッキリと分かり、誰が私に悪意を向けて襲い掛かっているのか、悪夢の正体がハッキリとしている。
夢は最早、現実と区別ができないレベルだった。それくらいに全てがリアリティを持っていて、内容が内容なだけに私に与える恐怖心は更に強い物へとなっている。
夢から覚めた私は、簡易ベッドの上で上体を起き上がらせる。息は荒くなって行って、心臓の音が高鳴っている。
今日の夢も、とびきりに怖い夢だった。その恐怖で全身から汗が出ていて気持ちが悪い。夢の中で燃える自分の身体は、恐ろしい程に現実に近くて起きた今も身体が燃えるように熱い。気のせいだと分かっているのに、その感覚が忘れられない。
前はセカイが隣にいて心配そうに見ていてくれたんだけど……今日は隣にいなかった。ベッドは空っぽで、テントの中を見渡してもセカイはいない。
「……セカイ?」
私は夢の恐怖と、起きたらセカイがいなかった恐怖から、思わずその名を呟いた。でもいないので、返事が返ってくる訳がない。
一刻も早くセカイに甘えたい私は、セカイを探すために立ち上がってセカイを探しに行こうとする。
直後に、大きな爆発音が響き渡った。その爆発は外から聞こえて来て、テントの外で何かが起こった事を物語っている。
私はセカイが心配になり、杖を手にするとテントを飛び出した。
外に飛び出すと、タチバナ君の仲間の騎士が、心配そうに爆発のあった方向を見ていた。まだ薄暗く、太陽が昇り切っていない空に煙上がり、また爆発音が聞こえてきている。
「何があったんですか!?」
空を見ていた騎士の鎧を手で掴んで食い気味に尋ねると、彼は戸惑いながら口を開く。
「あんたの仲間の女の子が、シュースケさんのテントに行くって言って……その後二人が急に戦闘を始めたんだよ。オレもよく分からない」
「セカイが、何で……!?」
「だ、だから!分かんねぇって!離してくれよ、鎧がっ……!」
気づけば私は、彼の鎧を強く握りしめていた。鎧は私の手に握りつぶされて形をかえ、騎士が離すように訴えかけている。
私は彼の訴え通り、鎧から手を離して爆発のあった方へと駆け出した。
セカイが何故タチバナ君と戦っているのか。その理由を確かめなければいけないのと、喧嘩を止める必要がある。