七人
道中は、割と快適だった。何もしなくてもタチバナ君の仲間の騎士たちが働いてご飯を用意してくれるし、毎日キャンプを設営してくれて私とセカイはその中で眠らせてもらえる。これまでと比べれば、快適も快適。何の不満もない旅となっている。
その旅の中で思ったんだけど、タチバナ君はやっぱり凄い。こんな大勢の大人を従えて、リーダーとしてしっかりと指示を飛ばしているんだから、本当に凄いよ。ただの高校生だった彼が、こうして皆の信望を得ているのは、やはり彼の気質のおかげだと思う。リーダー気質ってやつだね。元の世界でも思っていた事だけど、ここまで逞しい人だとは思ってもいなかった。
なんていうか……少し、見直した。彼になら、メイを任せてもちゃんとメイを幸せにしてくれそう。
「──という訳でオレは今、勇者として王国のために働いているんだ」
タチバナ君と私とセカイは、現在テントの中でお話し中である。
日は既に暮れていて、今日はこの場所で休む事となった。テントの中には簡易的な机とイスも設置されていて、奥にはのれんで部屋分けされたタチバナ君の寝室もある。
ちなみに私とセカイの寝床は、別のテントだ。
「そうだったんだ……。大変だったね」
「本当に、大変だったぞ。ただの高校生だったオレ達が、まさか化け物と戦ったり、時には人間を相手に剣をふるう事になるなど思いもしなかった」
「ホント、そうだよね……」
タチバナ君は、この世界に来てからのいきさつを、簡単に教えてくれた。
タチバナ君を始めとしてレイコやクルミなど、クラスメイト達は気付いたら王国の祭壇上にいたらしい。そこで勇者として働く事を強要され、早速武装して化け物の前に放りだれたのだとか。そこで力に覚醒した彼らは、見事に魔物の撃退に成功。その後もどんどん実力をつけていき、王国に迫る危機をやっつけてきた。そうしていくうちに功績が認められ、タチバナ君は騎士の称号を手に入れ、大勢の部下を従えるまでになったのだとか。
大出世だね。元の世界でも出世するタイプだったとは思うけど、異世界でまで出世だよ。
「その中で、脱落者は出たのか?また、お主は勇者として召喚されたのはクラスメイトの一部と言ったな。それ以外の者はワシとハルのように、別の場所にランダムで召喚された。全員見つかっておるのか?」
「……」
セカイがタチバナ君に向かい、そう質問を投げかけた。
するとタチバナ君は、机の上に手をついて言いにくそうに顔を伏せてしまう。
ちょっと待った。脱落者とは、つまり欠けた人間がいるかという事だ。それは……死んでしまった人はいるのか、という意味である。いなければ、いないと答えればいい。でも即答できないと言う事は、つまりいるという事だ。あと、全員見つかっているのかという質問に対しても即答できないと言う事は、まだ見つかっていない人もいるという事になるのではないか。
ただの早とちりかもしれない。でも私は、心臓の音が高鳴って心配になってきた。メイの顔が思い浮かぶ。彼女が死んでしまっていたら、どうしよう。彼女だけではない。友達が死んでしまっていたら、悲しすぎる。
「……まず全員見つかっているかという質問に対しては、ノーだ。勇者としての力を持った者達だけは王国にまとまって現れたが、それ以外の者は貴女の言う通り。この世界のどこかにバラバラになって現れた。オレ達はオレ達の名を世界に広める事により、向こうからこちらにやってきてくれる事を期待して活動している節もある。無論こちらからも探してはいるが……便利な連絡手段のないこの世界で、特定の人間を見つけ出すのには限界がある」
「み、見つかってないって……誰が見つかってないの……?」
「それが、中々難しいんだ。この世界にやって来ているのは、オレ達のクラスメイトたちで間違いない。しかしクラスメイトの一部の家族や友人も見つかっていて、その範囲がどこまでなのかが分からない。パターンから判断するに、クラスメイトは確実に全員いると思うんだが、所在が分かっているのは二十人ほどで、それに加えてクラスメイトの関係者が十人いる」
「ちょっと待った。それってつまり、私の家族もこの世界にいるかもしれないって事?」
「その通りだ」
タチバナ君は、そう言い切った。この世界に、アキがいる?お父さんと、お母さんも?それは嬉しくはあるんだけど、恐ろしくもある。だってこの世界では、元の世界の常識が通用しないから。
私は目の前で死んでいった人々や、この世界で私達に襲い掛かって来た魔獣や人間の事を思い出す。こんな世界に、アキとお父さんとお母さんがいる?冗談ではない。
「オレ達の置かれている状況は、あまり良くない。力ある者は王国にまとまって召喚されたが、力のない者はバラバラだ。……なすすべなく殺され、あるいは事故によって死んだ者が何名かいる。それだけではない。勇者として戦いの場に投入された者も、何名か死んでしまったっ……!」
タチバナ君は、悔しそうにそう言って机を叩いた。大きな音だったけど、私は驚きはしない。セカイもリアクションを見せなかった。
驚くよりもまず、聞くべき事がある。
「教えて。誰が死んでしまったの?」
「……勇者として戦いの中で死んだのが、工藤と田島だ」
その2人は、男子生徒だ。体育会系の男の子で、2人とも明るい元気な子だった。
「この国の辺境の村に現れた海道と太田は、出現した場所が悪かった。その村の連中の手により、近隣に出現する魔獣への生贄にされてしまったんだ。残された制服でその事が分かった。佐藤は森の中を彷徨っていた所を、盗賊に捕まって凌辱された上で殺された。その死体はオレが確認している。山崎は上手い事立ちまわって職を手に入れてなんとかやっていたようだが、雇い主が暗殺されてその時一緒に殺された。植松は水死体として海岸に流れ着いていた。どうやら陸から少し離れた無人島に現れたみたいでな。泳いで陸まで来ようとしたが、力尽きたらしい。オレが確認している死者は、これくらいだ」
「……七人」
この世界に来た7人が、既にこの世界にいない。その死に方は、聞くに堪えない。本来高校生として幸せな人生を歩むはずだった彼らが、異世界にやってきて死んでしまった。その事実に、私は涙を零すとともに吐き気をもよおした。
「……」
「うぅ……!」
セカイが、私の背中にそっと手をまわして慰めてくれる。そんなセカイに、私は抱き着いた。
「辛いな。オレも、辛い。オレがもっとしっかりしていれば、皆の命を守れたかもしれないっ。オレは、オレが弱い事が許せない」
「……タチバナ君のせいじゃない。それを言うなら、私なんて何もできなかった。ただこの世界をのうのうと旅してただけで、他の人を探そうともしなかったから」
「皆を探すのは、勇者としてやってきたオレ者達の使命だ。お前が気負う必要はない。シキシマが生きていてくれただけで、本当に良かった」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、それじゃあタチバナ君に全ての責任を押し付けているみたいになってしまうので、なんか嫌だ。
「……それと、オレ達と共にこの世界に来ておきながら、オレ達を裏切る形で去っていった者もいる」
「それってもしかして……オオイソ君?」
「そうだ。やはり、分かるか」
大磯君は、元々立花君と反りが合わなかった。いつも立花君につっかかり、喧嘩腰の彼が立花君と対立する姿は、容易に想像できてしまう。
こんな事態に陥っているのに、どうしていつも通りなのかなあの子は。こんな時だからこそ、協力し合って生きて行かなければいけないというのに……腹が立つ。ぶん殴ってやりたい。
「奴は王国の宿敵。帝国にその身を預けているらしい。それはつまり、オレ達の敵に回ったとみていいかもしれない。奴と会ったら、敵だと思え。奴はオレと同様、勇者の力を宿している。危険だ」
タチバナ君は、少しだけ悲しそうに言った。
タチバナ君は、きっとオオイソ君と仲良くしたいと思っているはず。伸ばした手を、オオイソ君が跳ね除けた。そして敵に回ったかもしれない。辛いよね……。
「……これからは、私も何か出来る事があれば手伝うから、出来る事があれば遠慮なく言って」
「その気持ちだけで充分だ。シキシマは勇者じゃないんだから、何もする必要はない。生きていてくれれば、それだけでいいんだ」
「でも私、こう見えてちょっと強くなったんだよ。この世界に来て、色々とあったから──」
「シキシマ。勇者じゃない者の強さなど、たかが知れている。お前はもう、何もしなくていいんだ」
「……」
タチバナ君に諭すように言われ、私は黙った。勇者じゃないから、何もしなくていい。ただ生きていればいい。それはとても甘い誘いで、凄く惹かれる言葉ではある。
でも、私は納得がいかなかった。勇者って、なんなのさ。そんなに強いの?私なんて、役に立たないくらいに?タチバナ君を見る限り、そんな感じはしない。絶対に役に立つ自信があるのに、それが許されないのは納得がいくわけがない。
「お前の性格を考えると、納得いかないだろうな。だが勇者じゃなければ役にたたないんだ。自分の立場をわきまえてくれ。オレが絶対に、メイコを探し出して見せるから……お前はおとなしく待っていろ」
「……え?」
タチバナ君が今、訳の分からない事をいった。メイを探し出す?どこから?その答えは、今までの会話の流れで分かる。
私が、勝手に思い込んでいただけだ。メイは皆と合流していて、この世界で元気に過ごしていると。
これまでの会話の中で、タチバナ君からメイに関しての話題は一切上がっていない。レイコやクルミはいるようだけど、メイはいない。だから話題にあがる訳がない。
私は、頭の中が真っ白になった。