怯える傭兵
セカイの質問に対し、男──ダルギーは、再び怯えた様子を見せた。地面に這いつくばり、頭を抱えて身体を震えさせるその様子は、普通ではない。
「その質問は、あたしも聞いた。でも見ての通りだよ。怯えるばっかりで何も答えやしない。こいつらに人攫いなんてさせていた雇い主とやらが、よっぽど怖いらしい」
「恐怖による支配か。この手の人間を吐かせるには、更なる恐怖で上書きするか、安全を保障するしかないのう。しかも、本人の納得するレベルでの安全じゃ。その安全を提供する力はないから、やはり前者で──」
「無理に喋らせる必要はないよ。かわいそうだから、そっとしといてあげよう」
「……ハルがそう言うなら、仕方あるまい」
セカイは残念そうにしながらも、私の意見を尊重してくれた。
「しかしお主は何故、この男を保護したのじゃ?この者はもはや、村の敵じゃ。保護したのがバレれば、お主もタダでは済まんじゃろう」
「あたしは、傭兵どもを皆殺しにするのは反対だ。奴らは確かに野蛮で、許されざる行為を行ってきたのかもしれない。でもコイツの様子をみれば分かるだろ。コイツらを従えていた雇い主とやらに恐怖で支配され、付き従っていただけだ。いや、中には本当に悪人もいたかもしれないけどね。でも、この男は違うよ。素面の時は小心者でビクビクして、下っ端みたいな扱いをされてるっていうのに、酒で溺れた時だけ急にデカイ態度になる。ただのバカだよ。あたしがこういうのもなんだけど、見逃してやってくれないか」
「ワシはハルが望まぬのなら、無理に吐かせようとはせん。勇者に突き出すと言うのも、冗談じゃ」
「という訳で、安心しておじさん。ほら、震えてないで、立って立って」
私はおじさんを抱え起こすと、イスに座らせてあげた。
そして飲み物を渡してあげると、それを一気飲み。僅かにだけど、顔色が良くなった気がする。
でもよく見れば目の下にはクマが出来ていて、顔も僅かにやつれて昨日とは別人のよう。無理もないか。酔って寝て起きたら、仲間が皆殺しにされてたんだから。オマケに自分の身も危ないので、気が気じゃないのだろう。
「さて。お主らの真の狙いは、エルフじゃった。それが上手くいかなかったので、村の娘を代わりに獲物にした。そうじゃな?」
「そ、その通りだ……。オレ達の雇い主の命令で、エルフを攫って来いと言われたんだ。そこで、この村を拠点にしてエルフの森に潜伏し、エルフを攫ってくる計画だ。でも森にいった連中は、部隊の半数が帰ってこなかった。一旦諦めて部隊を編成したら、次は森の中でボトトキンカと遭遇。戦闘になって、やはり部隊の大半が死んじまった……!」
「昨日ボトトキンカという単語に反応したのは、そのためか。そこでお主らは、エルフを攫うのを諦めたのじゃな」
「ああ。というか、残りの人数的に無理だった……!一応、村をボトトキンカどもから守るために戦闘になり、仲間が大勢死んだと言う事にしたから、村の連中からは感謝される事になった。村の連中はオレ達のために宴を開いてくれたりもして、そのために村での居心地がよくなっちまって、士気が一気に下がったんだ。大勢仲間が死んじまったからって事もある。でも肝心のエルフは手に入らなかった。それを誤魔化すみたいに酒におぼれて、ダラダラと過ごしたけど……何の手土産もなしでいてみろ。オレ達は、オレ達はアイツに──うぷっ」
ダルギーは、言葉を詰まらせながら口を手で押さえた。雇い主の事を思い出し、吐き気をもよおしたようだ。
吐きはしなかったけど、また顔面蒼白の様子を見せ、気分がとても悪そうになる。
「じゃから、村の娘を狙った。しかしそれは阻止され、勇者に殲滅された」
「っ……!」
「セカイ。ここまでにしよう。私今日はもう疲れたから、眠くなってきちゃった」
セカイに言われ、言葉を詰まらせて震えるダルギーを見て、もうこれ以上話を続けるのは無理だと判断した。
私は話を中断させるため、セカイを部屋に誘う。実際もういい時間になってるし、疲れていると言うのも本当だから丁度良い。
「そうじゃな。では、部屋に戻ろう」
あっさりと私の意見を受け入れたセカイは、席から立ち上がった。私も立ち上がり、食べ終わった食器を簡単にまとめて持って行こうとしたけど、それはおばさんに阻止されてその場に残して2人に背を向ける。
ダルギーは震えているけど、そっちはきっとおばさんが何とかしてくれるだろう。彼は本当に、運が良いと思う。おばさんみたいに良い人、中々いない。
翌日になり、朝起きた私とセカイは宿でご飯を済ませ、出立の時が来た。
今度こそ、本当にだ。準備が整い、タチバナ君と待ち合わせている場所に行くため、私は宿の出入り口の前でおばさんに見送られている所である。
「二度目だけど、元気でね。あんたらの旅の無事を祈ってるよ」
「結局二晩もお世話になっちゃいましたね。ありがとうございました。ご飯、すっごく美味しかったです。また、食べに来たいと思います」
「ああ、待ってるよ」
「それじゃあ──」
と言って、お店を出ようとした時だった。
まだ開店前だと言うのに、お店の扉が開かれて外から中に入って来た人物がいる。
「おはよう、シキシマ」
それは、鎧姿のタチバナ君だった。ガシャガシャと鎧の音をたてていたので、そうだとは思ってたよ。未来視の魔眼を使うまでもなかった。
「タチバナ君。ご、ごめんね。遅くなっちゃった?」
「いや、ついでみたいなものだからな。せっかくだから迎えに来たんだ」
「あんた、勇者様の知り合いだったのかね?」
突然の勇者訪問に驚いて、おばさんが尋ねて来た。
「ええ。彼女はオレと同じ異世界からやってきた者でして……異世界では友達でした」
「……驚いたね。もしかして、あんたも勇者なのかい?」
「いやいや、私はそんなガラじゃないです」
「でもエヴィとルティアからは、大活躍だったと聞いてるよ。男どもをばったばったとなぎ倒したとか」
「そうじゃな。ハルは強い。並大抵の人間では敵わぬくらいにな」
「え、えへへ」
セカイに褒められて、私は照れた。
そういえば、リリアさんも私の強さは異常だとか言っていたっけ。大勢の男の人を相手にしても負ける気がしなかったし、もしかしたら私は、本当に勇者と呼ばれるような力を手に入れてしまっているのかもしれない。
と、思ったりしてみる。
「いや、シキシマは勇者ではありません」
なのに、タチバナ君が私勇者説をバッサリと否定してきた。
「何故、そう言い切れる?」
「オレや、オレと親しい者達が一斉にこの世界に呼ばれたのだが、勇者と呼ばれる力を持つ者は全員オレと同じく王国の祭壇上に召喚された。それ以外の者はこの世界に散り散りに呼び出され、ある者は草原のど真ん中。ある者は森のど真ん中に気付けば立っていたと言っていた。そいつらは何の力も持っていなかったよ。だから、オレと同じ場所に呼び出された者以外は、勇者じゃないんだ」
「そっかー……」
やっぱり本物の勇者は、私なんかと比べ物にならないくらい強いんだね。私なんて、味噌っかすだったんだね。調子にのって、ごめんなさい。
別に勇者になりたいって訳じゃないけど、ちょっとだけ残念である。
「準備が出来ているなら、そろそろいいか?」
「あ、うん。私達も今待ち合わせ場所に行こうとしてた所だから、いつでも大丈夫」
「そうか。では──」
そこでタチバナ君が固まった。何かに気づいたかのように視線をお店の奥に向け、自然と剣に手をかけている。
それを見て、マズイ事に気づいた。このお店には今、ダルギーがいる。彼がタチバナ君に見つかったら、殺されてしまう。
「ど、どうしたの、タチバナ君。早くいこう!」
「この店に、他に人間はいるか?」
「いないよ。この店はあたし一人でやってるからね。夫や家族は勿論、宿泊客も従業員もいない」
「……」
おばさんの返事を聞くと、タチバナ君の目つきが鋭くなった。
彼は確実に、私たち以外の人間がこの宿にいる事に気づいている。なんとかして誤魔化さなければ、ダルギーの命が危ない。




