生き残り
村を出るのは、1日伸ばして明日になった。
私とセカイはタチバナ君と一緒に王都に向かう事になったんだけど、そのタチバナ君に合わせるためにそうなった。この村から傭兵さんたちがいなくなったため、代わりにタチバナ君が部下の騎士をしばらく村に置いて行く事になり、その手続きやら指導やらがあるために1日を要するとの事。
それに、疲れていると言うのもあると思う。タチバナ君達は、今日この村にやってきたばかりだからね。ついてそうそう来た道を戻るとか、スケジュール的にハードすぎる。
「……」
「……」
その日の晩御飯は、寂しい物となった。
前日はここに、大勢の傭兵さん達がいた。バカ騒ぎをして、私達に絡んで来た人たち。彼らはもう、この世にいない。
「不思議だねぇ。鬱陶しくてたまらなかった連中が、いなくなったらいなくなったらで寂しく感じちまう」
宿のおばさんが、私達が座ってお肉を食べている隣で、イスに座って机に肘をつきながら呟くように言った。
本日の宿も、おばさんの宿だ。ご飯も昨日と同じでこのお店で食べさせてもらっている。
お店の中に、他にお客さんはいない。普段は傭兵さん達が大半をしめていたため、地元のお客さんはおばさんの宿を敬遠していたみたいだ。
傭兵さんはいなくなったけど、それが突然ぱったりと消えた所で、すぐに地元のお客さんが来てくれる訳ではない。私は、おばさんのご飯は美味しいからすぐに人で溢れるようになるとは思うけど……この様子を前にしたらちょっとだけ不安になってしまう。
「おばさんは、あの人たちが好きだったんですか?」
「いいや、嫌いだったよ。毎日好き放題叫んで暴れて、子供以上に手がかかる。風呂にろくに入らないから、不潔で臭い。昼間はそれなりにまともに働いていた素振りは見せていたが、裏で何をしていたのか分かったもんじゃない。好きになる要素は、ゼロに等しい。ただ、静かになって寂しいってだけだよ」
「……じゃあ、殺されても仕方ないと思いますか?」
「ルティアに手を出そうとしたんだ。なら、仕方がないと思うね。ただ……」
おばさんは、口を閉じた。そして言うべきか迷っているかのように、視線を巡らせてから首を横に振った。
「いや、なんでもない」
またこのパターンである。セカイにも今日、やられた。
ホント、気になるからやめてほしい。そしてセカイにやられた事も思い出し、忘れていたのにそちらの方も気になってしまう。
今私は、二重に続きが気になっている状態になってしまったのだ。その責任をとってほしい。
「裏で何かをしていた事が分かっていながら、お主は奴らを受け入れておった。それは金のためか?」
「違うよ。金なんてどうでもいい。そもそも金が欲しければ、奴らを受け入れたりなんかしない。宿に泊まってもらった方が儲かるからね。奴らが入りびたるようになってからは、そっちの方が閑古鳥で参ったよ。……人間じゃなくて、エルフだけを狙っていればこんな事にはならなかったのかね」
「そ、それって……!」
「お主は奴らが、エルフを狙っていたのを知っておった。ワシが渡したエルフの金を見て、まるで奴らから庇うようにして金を隠したからな」
「……ああ、その通り。知ってたよ」
先ほどおばさんは喋るのをやめてしまったけど、たぶんコレの事だ。言いにくそうに肯定し、先程の続きを喋り始める。
「あいつらが酔った勢いで、そんな事を話してたからね。でも別に、エルフが対象ならあたしはどうでもよかった。酒の席での話だからってのもあるけど、そもそもあたしには関係のない話だ」
「おばさんは……エルフなら、どうなっても良いって思いますか……?」
「少なくとも、自分の身の回りの人間よりは、どうでもよく思えるね。奴らは人間との関りがなさすぎる。そのせいで希少価値が高くて奴隷としての価値も高い訳だけど、知ったこっちゃないね。でもあんたらは、エルフと繋がりがあるんだろう?エルフ通貨を持ってたって事は、エルフの里にでも行ったのかい?」
「はい。そこで、大切な友達が出来ました」
「……本当に?」
おばさんは自分で聞いておいて、目を丸くして驚いた表情を見せた。
本当に?というのは、何に対してだろうか。私に、エルフの友達が出来た事?
「あんた本当に、エルフの里に行ったのかい?いやそれよりも、エルフの友達って……あの人間嫌いの連中と、本当に友達になったって言うのかい?」
「は、はい」
「何を驚いているか分からんが、本当じゃ。ワシらはエルフの里を経由してこの地へとやってきた」
「……信じられないよ。未だかつて、人間がエルフの里に足を踏み入れたなんて聞いた事がない。いや、伝承でそういう話はあるんだけど……あの森に入り込んだ人間は、いつの間にか森の外へと出て来てしまう。恐らく結界が何かが張られていて、エルフの里には辿り着けないんだ。稀に森に出かけに来たエルフを、森の中で待ち受けて攫うのが手いっぱいなんだよ」
「……森で、エルフの女の子を攫おうとしている男の人に出会ったんです。その人たちは、その女の子を攫いながら私とセカイも攫おうとしました。だからやっつけて、それがキッカケでその子と仲良くなったんです」
「なるほどね。その人間ってのは、この村の傭兵の仲間だったのかね。それが失敗して見境がなくなり、今回の騒ぎになった、と。まぁ、もうどうでもいいか。皆死んじまったし、全部奴らの自業自得さね。そうだろ、ダルギー!」
おばさんは、誰かの名前を大きな声に出して言った。その言葉は、私達に対して言った言葉ではない。でも確かに誰かに向かって言っている。
この場には、私とセカイとおばさんしかいないはずなんだけど。周囲を見渡してみるけど、やっぱりそう。私たち以外には誰もいない。
「怯えてないで、出て来な。この子達は大丈夫だから」
「……」
おばさんが改めてそう言うと、食堂の奥の部屋から、フードを被った男の人が現れた。彼はそのフードを取り外しながら、どこかビクビクとした様子で顔を見せてくる。
その顔に、私は見覚えがあった。確かこのお店でご飯を食べていた傭兵さんの一員で、私達に絡んで来た酔っ払いだ。
「なんじゃ、殺し損ねがおるではないか。あの勇者に教えてやろう」
「や、やめてくれぇ!」
彼は脅すように言うセカイに向かい、慌てて土下座をして来た。
その様子は、何かに怯えているようにしか見えない。いや、実際怯えているんだ。もしタチバナ君に見つかったら、彼も殺されてしまう。セカイの脅しは、彼の命に係わる事だ。
「せ、セカイ、ダメだよ!というか何でこの人がおばさんのお店にいるの?確か皆、殺されちゃったはずだけど……」
「昨日あたしが店から追い出した後、酔いつぶれて店の裏で寝ていたらしい。そのおかげで騎士どもの襲撃を免れて、運良く生き延びたってわけさ。悪運の強い男だよ」
「そうだったんだ……」
「本当に、運の良い男のようじゃな。じゃが、生き残っていたのなら丁度良い。気になっていた事があるのじゃ。あの男に差し出されたくなければ、お主らの雇い主を言ってみよ」
セカイは面白そうに笑いながら、この運の良い男の人に尋ねた。