勇者として当然の事
タチバナ君との再会を果たした一方で、セカイは呆然としていた。私達の方を見向きもせず、俯いたまま動こうとしていない。
私はそんなセカイが心配になり、タチバナ君との感動の再会を早々に打ち切ると、セカイに駆け寄った。
「……セカイ。大丈夫?」
「……」
話しかけても、返事はない。固まっている。
「その子は、何なんだ?」
そこへタチバナ君もやってきて、そう尋ねて来た。
「えーっと……この世界に一緒にやってきて、色々と協力してもらってる子」
「この世界にやってきているのは、オレ達のクラスメイトと、その関係者だけだ。その子はお前の知り合いなのか?」
「そ、そう。前の世界で、会った事ある」
嘘じゃないよ。本当に会った事があるので、私の関係者と言う事になる。
私はあえて、セカイが私達の世界を終わらせたという事を伏せる事にした。皆がこの世界にいる今、それは本当かどうか分からないし、タチバナ君にそんな事を話して、セカイの立場が悪くなるのは避けたい。
「なるほどな。もしかしてオレとも会った事があるのか?だからオレが異世界からの転移者だと分かったという訳か。しかしどうした。オレと話してから、固まってしまったようだが」
「……セカイ、どうしたの?」
心配して顔を覗き込んでも、セカイはピクリともしない。
セカイは、この世界にタチバナ君達がいる事を否定していた。でも今、実際に私達の目の前にいる。もしかしたらそれがショックだったのかもしれない。でもどうしてそんなにショックなんだろう。そんなに、タチバナ君達がこの世界にいる事がおかしいのかな。
固まってしまったセカイを心配しつつ、私は周囲の惨状を思い出した。周囲には鎧を身にまとった立派な兵士がいて、彼らの鎧は返り血で汚れている。それは地面に倒れている傭兵たちの血で、周囲に生きている傭兵はもう誰一人として残ってはいなかった。
「うっ」
改めて、私は吐き気をもよおした。こんな大勢の、惨い死体を前にしたのは勿論初めてである。
「ああ、そうか。この光景を前にして、ショックだったんだな。すまない事をした。だが、必要な事だったんだ」
タチバナ君が、吐き気をもよおした私を見て、セカイもショックを受けているのだと察したように言った。
もしかしたら、その通りなのかもしれない。この虐殺を受けてショックを受けない人は、私達の元の世界にいた人なら、少ないはず。
「ひ、必要な事だったって……こんな、一方的に殺す事が必要な事なんて、あるの?」
「お前はまだ、この世界の事をよく知らないみたいだな。奴らはこの場所を根城にし、周辺の村や町から女性を誘拐して人身売買をしていた極悪人だよ。そんな連中に、慈悲などいらん。生かしておけば、必ず同じことをする。それどころか仕返しに来る可能性もある。だから殺したまでの事だ。オレと、オレの周囲の人間を守るために必要な事だ。オレは、間違っていると思うか?」
「私は……殺す事は、ないと思う。例え相手が悪人だとしても、一方的に殺すのは間違ってる。ちゃんとした、刑務所に入ってもらって──」
「この世界に、そんな物はない。まぁ正確に言えばあるが、その環境は劣悪だぞ。むしろそんな場所にぶち込まれる方が、奴らにとっての拷問だ。だったら、ひとおもいに殺してやった方が手っ取り早い。どうせこの人数を拘束し護送するのは、どうせ不可能に近いからな。逃がす訳にもいかんから、殺すのが最善だ。だが……お前は変わってないようだ。甘いが、そのままでいいと思う。その考えを否定するつもりはないから、安心してくれ」
この殺戮の現場を生み出したタチバナ君が、最後まで言い切って柔らかく笑った。その表情は私のよく知るタチバナ君で、こんな殺戮を生み出すような人の顔には見えない。
だけど、タチバナ君は変わってしまった。相手が悪人だからという理由で平気で人を殺め、それが当然のように振舞う。この世界が、ただの高校生だった彼を変えてしまった。
「ああ、騎士様。助けていただいて、感謝いたします」
そこへ、エヴィさんがタチバナ君に向かって跪き、手を合わせてお祈りのポーズをとりながらお礼の言葉を述べた。
「勇者として、当然の事をしたまでです」
「まぁ……!貴方様は、やはり異世界から召喚されたと言う勇者様だったのですね!お噂はかねがね聞き及んでおります」
「まだまだ若輩ながら、この国のために尽力させていただいています。それより、シスター様やシキシマ達だけでこのような大規模な組織を襲撃するのは、いささか危険すぎますよ。あまり無茶はされないでください」
「仰る通りなのですが、傭兵さん達に罠に嵌められ、のこのことやってきた次第。彼らは攫った子供達に加え、私達もろとも依頼主とやらに差し出すつもりだったようです」
「それは、危ない所でしたね。時に、その依頼主とやらについて他に何か言及はありましたか?」
「いえ、私が聞いたのはそれだけです」
「そうですか。奴らと繋がりのある人物の情報が得られればと思ったのですが、残念です」
話し込み始めたタチバナ君とエヴィさんをよそに、私は未だに黙り込んだままのセカイを抱き締めた。タチバナ君の言う通りなら、セカイはこの殺戮の光景を前にしてショックを受けている。だから、今更かもしれないけどこうして隠して、見えないようにしてあげた。
「……何をしているのじゃ」
「抱きしめてる」
「そんなのは聞かずとも分かる。何故抱きしめているのかと聞いている」
「動かないから」
「……もう大丈夫じゃ。離せ、暑苦しい」
セカイはそう言って、抱き締める私を払いのけるようにして離れた。
「本当に、おったな。この世界に、お主の友人たちが」
「う、うん」
「どうやら全て、ワシの間違いのようだったようじゃ。良かったな、ハル」
「うん……」
タチバナ君たちがこの世界にいた事を、祝福してくれるセカイに、私は違和感を覚えた。
セカイの様子が、やっぱりおかしい。いたって普通のように振舞おうとしているけど、その演技がへたくそすぎて違和感しかない。
セカイが、何を考えているのか分からない。違和感は感じるけど、私はそれ以上、セカイの心に踏み込むことを躊躇った。だってセカイは、私は必要以上にセカイの事を知ろうとするのを、拒むから。
「──この場に火を放つ!全員離れろ!」
エヴィさんとの会話が終わったのか、タチバナ君がそう指示を出した。
洞窟の中や、山になった死体に火をつける騎士達……。まるでこの場には何もなかったかのように、全てが灰になっていく。
タチバナ君は更に、村に残っている傭兵たちも殺すように指示を出し、馬に乗った騎士たちが先行して去って行った。この場で起きた事と同じ事が、村でもおころうとしている。
でも私は、黙って事の成り行きを見守る事にした。もしかしたら、タチバナ君が言っている事が正しいのかもしれない。この世界で生きていくためには、極悪人に対しての慈悲など捨てるべきだ。私も、この世界にやって来て多数の悪人を前にして来た身だから。分かるよ。
きっとタチバナ君も、この世界にやってきて色々な経験した上で、そういう判断に至ったのだろう。彼は頭が良い。全てを総合的に判断した上で、変わらざるを得なかったのだと思う。
「……」
私は口出しをせずに、黙ってセカイの手を握った。すると、セカイも私の手を軽く握り返してくれる。
セカイは、相変わらず優しい。様子が変だけど、それだけは確かだ。