虐殺
騎士は、美しい白銀の鎧を身にまとった男だ。大きな馬にまたがり、腰には剣を携えている。その剣もキレイな鞘に納められていて、白銀に輝いている。
まるで、ゲームでよく見る勇者様の登場だ。剣も、鎧も、立派過ぎてそう見える。
それが見た事もない赤の他人なら、なんか凄そうなのが来たなぁで話は終わる。だけどね。その男に私は見覚えがあった。私が知るその人物と違い、髪をオールバックにしてたくましくなったように見える。目つきもちょっと悪いね。それは、眼鏡を外してフレームの奥に隠していた物が、露になっているからそう見えるだけかもしれない。
「どういう状況だ、コレは」
彼と私は、目と目が合っている。私は気づいた。彼も、気づいているはずだ。でも大したリアクションも見せず、逃げ惑う傭兵に向かってそう尋ねた。
「見れば分るだろ、助けてくれぇ!この女どもが、オレ達の邪魔を──」
「危ない!」
「え……?」
彼にすがった傭兵のリーダーに向け、私は叫んだ。でも間に合わなかった。
彼は傭兵のリーダーに、容赦なく剣を振り下ろしたのだ。その一撃により、リーダーの身体はキレイに真っ二つ。血しぶきを噴き出し、地面に2つになった身体が倒れた。
魔眼でそのシーンを先回りして見ていたけど、後から遅れてやってきた現実とで、2度も衝撃的なシーンを目の当たりにしてしまった。
「男は全員殺せ。アリ一匹逃がすな」
「はっ」
彼の後には、別の騎士たちが待機していた。彼の命令を受けて、馬に乗った騎士達が一斉に剣を抜いて突撃して来る。その攻撃対象は、私達ではない。傭兵や、この崖の洞窟に潜んでいた、男達。
「ひ、ひぃ!」
騎士たちは、容赦がない。逃げようとする者達を馬であっという間に追い詰めて、剣で突き刺す。抵抗しようとしても無駄で、圧倒的な実力をもって殺される。既に私やエヴィさんによって無力化している男にも、剣をさしてとどめをさしていく。
これは、虐殺だ。私は咄嗟にルティアちゃんの目を覆い隠し、この惨状を目にしないようにしたけど、自分自身もこの目を隠すべきだった。
私は一体、何を見ているのだろう。無抵抗の人が、一方的に殺されているこの光景は、果たしてなんなのだ。意味が分からなくて、吐き気をもよおした。
「……」
呆然と眺めているその光景を妨げてくれたのは、エヴィさんだった。私の肩の上に手を置き、見るなと私に首を横に振ってくる。
「ルティア。無事でよかった。でももう少し、そのままでいてくださいね」
「は、はい。エヴィさん」
エヴィさんはルティアちゃんの頭の上に置き、優し気な声でそう言った。
力の抜けたその表情から、ルティアちゃんが無事だったことに心の底から安心しているのがよく分かる。
「ハルカさんも、そのままで。大丈夫。すぐに終わります」
「……」
私は黙って頷いて、エヴィさんに言われた通りにした。
聞こえてくる、男の人の悲鳴。それが聞こえてくるたびに、たぶん命が失われている。この世界に来てから、いやに感覚が研ぎ澄まされているせいか、見なくても分かってしまう。
この虐殺が、正しい事だとは思えない。本来であれば、止めるべきだ。でも震えるだけで、身体は動かない。私はただただ、この時間が過ぎるのを待つだけだった。
「……何故、お主がこの世界にいる」
やがて、悲鳴が聞こえなくなって静かになった頃。セカイのそんな声が聞こえて来た。
「誰だ、お前は」
セカイに対する声は、私の聞き覚えのある人物の声だ。先ほどの、勇者様と同じだね。
「ワシの質問に答えろ。ワシが誰かなど、どうでもいい。何故お主がこの世界にいるのじゃ」
「まるで、オレが異世界からやってきた事を知っているような口ぶりだな。もしかしてお前も、異世界からやってきたのか?」
「ワシの話を聞いていたか?何故お主がこの世界にいるのかと聞いている。その質問に答えよ」
「そんなの、こちらが聞きたい事だ。気づいたらオレ達はこの世界にいて、勇者だのと呼ばれて武器を手に戦う事になった。まるでゲームや小説のような展開だよ」
「今、オレ達と言ったな。お主以外にも、この世界に召喚された者がいるのじゃな」
「ああ。オレのクラスメイトと、クラスメイトの関係者が何人かいる。だが皆が同じ場所に召喚された訳ではなく、この世界の各地にバラけるように召喚されてしまった。オレは勇者などという称号を受け入れながら、この世界に召喚された同郷の人間を保護するため、仲間とともに活動している。君も、異世界からやってきたのなら保護しよう」
「……──タチバナ、君?」
私は、会話が途切れた所でルティアさんをエヴィさんに預け、2人の間に割って入った。
現れた勇者は、間違いなくタチバナ君である。前の世界で、私のクラスメイトで理知的な男の子。メイと仲が良く、その関係を前にして嫉妬心を抱いていた相手。
記憶の中にある彼とは、だいぶ雰囲気が違くなっている。見た目的にも、喋り方も威厳があり、もしかしたら別の人かもしれない。だから彼の名を呼んだ私の声は、疑問形だった。
「……」
「わっ、えっ、ちょ……!」
すると、彼は私に向かってズカズカと歩み寄って来た。突然の行動に、2,3歩引き下がる私。だけど彼の歩みの方が速くて意味のない行動だった。
結局追いつかれ、勢いよく彼の両腕に抱きしめられる事となってしまった。
「よかった……!無事だったんだな、シキシマ!」
声を詰まらせながら、彼──タチバナ君が、私の名を呼んだ。
雰囲気が変わったけど、やっぱり彼はタチバナ君だ。私の身を案じてくれていたんだね。いきなり抱きしめられたのは驚いたけど、嬉しいよ。
「タチバナ君も、無事だったんだね。良かった」
「ああ。皆心配していたんだぞ」
「皆って事は……!」
「既に合流したクラスメイト達が、お前の身を案じている。オレもずっと探していたんだ。お前なら上手い事この世界でもやっているとは思っていたが……本当になんとかやっていたようだな。その格好は、もしや魔術師か?いや、だが、杖の先端に魔力水晶がついていないな」
私から手を離したタチバナ君が、改めて私の格好を見て呟いた。
その呟きに、私は笑ってしまう。タチバナ君、すっかりこの世界に染まってしまっている。
それが良い事なのかどうかはさておいて、今彼はクラスメイト達が私を心配してくれていると言った。それはつまり、タチバナ君以外にも私のよく知る人物がこの世界にやってきているという事である。
やっぱり、エルフの里の村長の情報は正しかった。本当に、皆もこの世界にやって来ていた。そしてタチバナ君を見る限り、皆もたくましく成長しているはずである。
「何を笑っている。こちらは必死に探していたんだぞ」
「ごめん。でも、ちょっと安心した。この世界に来てたの、私だけじゃなかったんだね。私、もう皆とは二度と会えないかと思って……凄く心配してたんだ」
「だから、それはこちらも同じだ。……本当に、無事でいてくれてよかった」
タチバナ君が、再び私を抱き締めて来た。今度は私も、軽くだけど抱きしめ返す。
安心しすぎて、涙が出ちゃいそう。でもさすがに、タチバナ君の胸の中で泣くのはどうかなと思い、とどまった。この涙は、メイと再会したその時までとっておこうと思う。