包囲
私達を乗せた馬車は、傭兵さんに操られて村の郊外へとやってきた。世界樹があった方の森ではなく別の森の中を進んでいき、気付けば人気はなくなっていた。周囲には傭兵さんと、私達のみである。
オマケに森はどんどん深くなっていき、不気味になってきた。いや、世界樹の森ほどではないんだけどね。
更にしばらく森の中を進んで行くと、やがて大きな崖にぶちあたった。私達の前に大地の壁が現われ、行く手を阻む。
「ついたぞ。ここが、例の組織のいる場所だ」
道を間違えた訳ではないらしい。ここが目的地で、ここにルティアちゃんがいる。
傭兵さんが馬車の扉を開いてくれて、私達3人は外へ飛び出した。
よくみれば崖には穴があいていて、その穴の前には男の人が武器を構えて立っている。更に、奥からぞくぞくと兵士が出て来て私達を警戒しだした。
どうやら、彼らが人攫いの組織という奴らしい。
「貴方達が、ルティアを攫ったという方々ですね。ルティアを返してください!」
「なんだぁ?シスターが、攫われた子供を取り返しに来たのか?」
「一緒にいるのは、魔術師か?」
「その通りじゃ。命が惜しくば、攫った子を返せ。でなければ、王都に行けんのじゃ」
「ちっこいが、生意気そうなのはあの方が気に入ってくれそうだ。おい、このメスどもは追加の品物って事でいいんだよなぁ!?」
入口を見張っていた兵士が、こちらに向かって叫んで聞いてきた。
その言葉は、私達ではなく村の傭兵さんたちに向けられている。
「ああ。攫われた子供を探して、オレたちを頼って来た間抜けだ。まとめて捕まえて、あの人に渡せば満足してくれるはずだ」
私達をここまで連れて来てくれた傭兵さん達が、リーダーと思しき男の言葉に呼応するかのように、一斉に剣を抜いて私達を取り囲んで来た。
さして驚きはしない。前もってセカイから知らされていたので、心の準備はバッチリだ。それに、近づいて来る私達に対して攻撃もせず、見守っていた崖の兵士達の反応も変だとは思っていた。本当に罠だった事が、証明されただけ。けど、人攫いの組織というやつは本当にいた。つまり、そこに関しては嘘ではなかった。だから何って話だけども。
「……これは一体、どういう事ですか?剣を向けるべきは、あちらの方々。私達に対してではありません」
「わりぃな、シスター。村から子供を攫ったのは、オレ達だ。でも安心してくれ。攫った子には会えるぞ。まぁあの方に差し出したら、タダじゃあ済まないがな」
「かわいそうだけど、そういう事だ。おとなしく捕まってくれたら、今は痛い目をみないで済むぜ。どうせ後で、生きているのも嫌なくらいの目に合うんだ。今は我慢しててくれよ」
「くははは!」
人攫いの組織に加え、傭兵さん達にまで囲まれて大ピンチと言った所だ。それなのに、セカイが声を上げて笑い出して周囲を驚かせる。
「どうした?絶望的な状況で、頭がおかしくなったか?」
「ワシの言った通りじゃったな。この傭兵どもが犯人じゃった。それでもまだ、こ奴らを庇うか?」
「……いいや、今こいつらが自分でゲロったじゃねぇか。自分たちが犯人だとな。もう庇う気もおきねぇよ。てめぇら全員皆殺しだごらぁ!」
エヴィさんが、キレた。豹変していきなり傭兵さんに殴り掛かると、その拳は相手に反撃もゆるさず一撃でノックダウンさせた。
拳を繰り出すそのフォームは、とても美しい。修道服を翻しながら殴る姿は、ボクサーなのにシスターさんで、矛盾している。
「この、おとなしくしてやが──」
「ふっ……!」
私も、エヴィさんに負けていられない。背負っていた杖を素早く取り出すと、それを使ってエヴィさんに襲い掛かろうとした傭兵さんの顔面を殴り飛ばした。
こちらも、一撃でノックダウンである。手加減はしたから生きていると思うけど、嫌な感触はあった。たぶん、骨は折れていると思う。
「くっ!少しくらいなら、傷物にしても構わねぇ!全員で取り押さえろ!」
周囲の傭兵さん達が、リーダーの合図で四方から一斉に飛び掛かって来た。
でも彼らに向かい、逆にこちらから火の玉が襲い掛かる事になった。その火の玉は彼らの鎧を、髪を、武器を熱し、私達に襲い掛かるどころではなくなった。必死に火を消そうと、地を転げる男達。熱くなって持てなくなった武器を捨て、同じようになって着ていられなくなった鎧も脱ぎ捨てると、残ったのはただの汚いおじさんだ。
その火の玉は、セカイが放った物である。さすがセカイの魔法だよ。一瞬にして、何人もの傭兵さんを戦闘不能に追い込んでしまった。
「な、なんだ、コイツ等……!」
「へへ。やるじゃねぇか、魔術師ぃ」
「いや、エヴィさんのパンチも凄かったですよ……なんでシスターさんなのにあんな凄いパンチが出せるんですか?」
「昔、ねーちゃんとヤンチャしてた時があってな。そんじょそこらの男には一歩も引けを取らねぇぜ」
「な、なるほど……」
私が想像するヤンチャとは、すなわち不良。パンチパーマ。釘バッド。サングラスなどが思い浮かぶ。それをエヴィさんに当てはめると……うん、ピッタリだ。
「おいおい、とんだじゃじゃ馬を連れて来てくれたじゃねぇか」
「まぁ、退屈しのぎには丁度良いか。なんだったら、少しくらい楽しませてもらっても罰は当たらねぇよな」
「いいねぇ。仲間がやられたんだ。少しくらいなら、いいよな」
傭兵さんたちの何人かは、今の一瞬で倒せた。だけど傭兵さんは他にもいる。そこに崖の兵士も加わって、私達を取り囲んで来た。それぞれの武器を手に、小さな陣形を組んで近づいて来るその姿に、彼らの本気度がうかがえる。
先ほどは女子供相手だと油断していたから簡単にいったけど、今度はそうはいかないだろう。今度は、本気の彼らと戦わなければいけない事になる。
状況は、まだまだ不利。油断して捕まり、彼らの玩具になるのは勘弁だ。
「楽しませてもらうってのは、こっちの台詞だぜぇ。泣いてわめいても、容赦しねぇ。かかってこいやぁ!」
「エヴィさん!」
だけど、そんな彼らに構わずエヴィさんが突っ込んで行った。あっという間に私達と分断され、孤立してしまう。
いくら凄いパンチが放てるからとはいえ、彼女は素手だ。大勢の、武器を持った男の人たちに敵う訳が──……。
「おらおら、どうした雑魚どもがぁー!」
私の心配をよそに、包囲されてもエヴィさんは強かった。剣をかわし、時には刃の部分を上手く避けて素手で掴み取り、その上で男の急所を蹴り飛ばして大暴れ。人が宙を舞って飛んでいく姿を、私はリアルで初めて目の当たりにしたよ。
いや、そうでもないか。前に自分でやった事がある。なんか、この世界に来てから人の身体能力がインフレをおこしていて、感覚がマヒしている気がする。
「あっちは奴らに任せとけ!こっちはまず、魔術師を叩く!」
エヴィさんの方を、心配そうにチラチラ見ていた私とセカイを囲む兵士達だけど、リーダーの声で私達に視線を集中させた。
確かに、ゲームとかではよくある戦略だよね。前衛よりもまず、後衛を叩く。定石だ。
でも残念ながら、私前衛なんだよねー。セカイと似た、魔法使い風の服装に杖を持っているから、そうは見えないだろうけど。
そういう訳で、私は杖を構えた。魔法を使うためではない。杖で殴るためである。