罠
エヴィさんの案内で、傭兵さんたちがこの村で寝泊まりしているという、兵舎までやってきた。簡単な木の柵で囲まれている建物は、3階建ての簡素な木造の建物だ。
その建物までずかずかと歩み寄っていき、そして建物の扉が壊れそうな勢いで開かれ、とても大きな音が響いた。
「わっ、ちょっ……!」
そして私を先頭にして、兵舎の中へと入っていく私達御一行。
中に入ると、屈強で汚い男達の視線が私達へと注がれる事となった。広めの広間に、屈強で汚い男達が集まってイスに座って酒や煙草をたしなんでいる。床にはゴミが散らばっていて、とても臭い。視界的にも、嗅覚的にもだ。
ちなみに兵舎の扉をこんなとんでもない勢いで開いたのは、私ではない。エヴィさんである。それでいて先頭で入るのをきらい、私の背中を押してまるで私が扉を開いたかのような演出をした。
「なんだ、てめぇら?おい、誰か昼間から娼婦でも呼んだのかぁ!?」
さっそくお下品なギャグが飛んできて、笑いがわきおこった。
私やエヴィさんはともかく、セカイがそうだったらマズイでしょ。見た目的に。私としては、アリだけども。
「違うのです。皆さん、どうか私のお話を聞いてください。実は、村で女性が消えてしまう事件が発生しておりまして。今私たちで探していた所なのですが、人手が足りません。そこで傭兵さん達にも協力を仰げないかと、お願いにあがったのです」
「……」
エヴィさんが訴えかけると、傭兵さん達は一瞬静まり返った。それまで酒を飲んでいた人も、まるで酔いが覚めたかのように鋭い視線を私達に送ってくる。
人を先頭にさせておいて、自分で話を切り出すんだね。でもその喋り方はおしとやかで頭が低く、兵舎の扉をとんでもない勢いで開いた人には見えない。
というか今気づいたけど、扉壊れてるね。蝶番が折れ曲がっている。
「シスター。悪いがオレ達の仕事は、村を魔獣や盗賊から守る事だ。子供の捜索は行っていない。それにそういうのこそ、憲兵団の仕事だろう?憲兵団には話を通したのか?」
「いえ、何分緊急で慌てていたもので……でも私は傭兵さんたちの方が優秀だと思っています。憲兵よりも、傭兵さんたちの方が頼りになりますもの。ですから、こうしてお願いしにまいったのです。どうか、お願いします。探すのを手伝ってください!」
「……ちょっと待ってろ」
エヴィさんに頭を下げられ、傭兵の代表らしき男が何人かを引き連れ、奥の部屋へと消えて行った。
「ねぇ、セカイ。この人たちがルティアちゃんを攫ったんだよね。なんでそんな人たちに、捜索をお願いしてるの?」
「ワシに聞くな。この女が勝手にしている事じゃから、知らん。じゃが、面白そうではある。ここは合わせておこう」
小声でセカイに尋ねると、セカイも小声でそう返して来た。2人が何を考えているのか分からないけど、まぁセカイがそれで良いと言うなら別にいいだろう。私は成り行きを見守る事にした。
しばらくして、奥に行っていた傭兵さんが戻って来た。
「待たせたな。行方不明の件、是非とも我々にも協力させてほしい」
「本当ですか!?ありがとうございます!傭兵さん達には、村の護衛をお願いしている立場ですのにこのような事まで……本当に、感謝の念がたえません」
「いいってことよ。んじゃ、早速行くとするか」
「行くとは、どこにじゃ?」
「部下に話を聞いたんだが、心当たりがあるらしい。どうやら村の近くに人攫いの組織がいるみたいでな。そいつらが攫ったんじゃないかって話だ」
「なるほど、それは確かに怪しいですね」
「ああ。それで、あんたらにも一緒に来て欲しい。その攫われた子が、あんたらの探している子かどうか分からないからな。護衛に関しては、オレ達がしっかりとするから心配するな」
「はい。是非とも同伴させていただきます」
私とセカイの意見など聞かずに、エヴィさんは即答した。
そして私達は馬車に乗せられて移動する事となった。乗せられた馬車は、まるで木の箱のような形だ。窓はカーテンに仕切られ、中は薄暗い。イスも簡単な木箱のような物が固定されているだけで、長時間乗っていたらお尻が痛くなりそう。
馬車の周囲は馬に乗った傭兵さんが囲んでいて、宣言通り、しっかりと護衛されている気がする。
「人攫いの組織かぁ。そんな組織が村の傍にいるなんて、怖いね」
「ウソじゃよ」
「ウソですね」
私が呟くと、セカイとエヴィさんが同時にそう言って来た。
「な、何が?」
「奴らの言う人攫いの組織とやらは、恐らく存在しない」
「ええ。そして恐らくコレは罠。傭兵さん達は恐らく、私達をも誘拐しようとしているに違いありません」
「その通り。じゃが、このまま連れていかれればじきにルティアの下には辿り着けるじゃろう。この者達の目的が、人身売買目的か欲望の発散か次第でルティアの安否は変わるが……前者じゃろう。なれば、合流して助け出せば良い」
「はい。……バカな連中だ。ルティアを助け出したら、全員ぶっ殺してやる」
殺意剥き出しで、ニヤリと笑って言うエヴィさんが怖い。
でもね、事情を呑み込めていない私からしてみると、2人の会話についていけない。なんで傭兵さん達がルティアちゃんを攫ったと確信を持てたの?これまでの出来事で、傭兵さんを庇っていたエヴィさんが心変わりするような事あった?
「ちょ、ちょっと待って。なんで傭兵さんが犯人ってなったの?」
「最初、ですね。私は最初、女性が攫われたと言って訴えかけたのです。でも傭兵さんは、子供が攫われたと返してきました。その時点でかなり怪しいですが、その後私達を連れて人攫いの組織に殴り込みをするとか、通常では考えられませんよ。怪しさに、確信を持たせるような怪しい行動です」
「ワシが言った通りじゃっただろう?この傭兵達はそういう組織じゃ。今まではどうだったか分からぬが、それに騙されたか?見る目がないのう」
「黙れ、ガキ。奴ら本当に、普段は村のために働いてんだよ。騙されても仕方ねぇだろうが。それにな、まだ確定じゃない。もしかしたら本当に奴らのいう人攫いの組織がいるかもしれねぇ」
「お主、先ほどウソだと言っておったではないか」
「うるせぇな。実際見てみねぇと、分かんねぇだろ」
乱暴な口調でエヴィさんは言い放ち、それで黙った。
いや、ちょっと待ってほしい。なんか先ほどさらっと言ってたけど、コレが罠だと言った?私達も攫おうとしているとかなんとか。事実だとすると、マズイ状況なんじゃないだろうか。というか2人は、分かっていてついて行くとか言ったの?たくましすぎやしないかな。
いや、2人はいいよ。罠だと気づいていたんだから。私なんて、何も知らされずに馬車に乗り込んだからね。覚悟も何もできていない、騙された状態のままで。
コレは後で、お説教だよ。お説教ついでに、お詫びに何かしてもらおう。何をしてもらおうかな。楽しみだ。




