何かのご縁
朝っぱらから、宿のおばさんはパワフルに働きながら私達を出迎えてくれた。
この人、昨日は私達が寝てからも働いていたんだよね。旦那さんとかは、いないのかな。じゃあ、1人でこの宿を経営してるの?大変過ぎない?
「あんたら、これから旅に出るんだろう?たっぷり食べて、体力をつけておくんだよ!」
そんな私の心配を吹き飛ばすように、おばさんは笑顔でそう言った。そして笑顔でご飯をサービスしてくれる。朝から食べるにはキツイ量のご飯が出て来たけど、それでも私は食べきった。
「ふはぁ。食った、食った」
「……今日の予定じゃが、まず食料の調達をしにいくぞ。そのための資金じゃが、宿主の忠告に従い、エルフの金は使わない方が良いじゃろう」
「うん。でも何で使っちゃダメなの?同じお金でしょ?」
「何か事情があるのじゃろう。表ざたにできぬ、きな臭さを感じる。宿主の反応から考えるに、あの傭兵の連中が関係しているはずじゃ。が、金を使わぬ事で面倒事を避けれるのなら、それで良い。お主は、余計な事をするでないぞ」
「はい」
「返事だけは良いな……」
まぁ実際財布はセカイが握っているし、傭兵さんは傭兵さんでさすがに朝のこの時間にはいない。というか他にお客さんがいない。どうやら宿泊客は私達だけだったようで、傭兵さんは本当にここには食べに来ているだけで、泊まりはしていないようだ。
なので、このまま出発すれば絡みたくても絡めないよ。何もしようがない。そんな状況で、わざわざ釘をさす必要なんてないでしょ。心配性だな、セカイは。
「宿主よ。少し聞きたい事がある」
「ちょっと待ちな。……なんだい?」
宿のおばさんは、セカイに呼ばれてお店の奥から現れ、私達の下へとやってきてくれた。
「お主はコレが何なのか分かるか?」
そう言ってセカイが懐から取り出し、机の上に置いたのは緑色の宝石だ。掌に収まるサイズで、それがいくつかある。
ボトトキンカを倒した後に死体の代わりとなって現れた、魔石とかいうやつだ。セカイが、価値があるかもという事で、回収しておいた物である。
「こりゃ凄い。上質な魔石じゃないか。さすがは魔術師だね。こんなに良い魔石はあまりお目にかかれないよ」
「ほう。して、コレはいかほどの価値がある?」
「あたしは専門家じゃないよ。コレがいくらするかなんて、分からない。そこの所はあんたらの方が詳しそうだけど、分からないのかい?」
「分からぬから、尋ねている」
「……不思議な魔術師もいたもんだ。まぁいいよ。あたしの知識の範囲で言うと、大体銀貨三十枚と言った所じゃないかね」
「悪くない値段じゃ」
「あくまであたしの品定めだよ。本当はいくらするかなんて分からない」
「それでよい。ちなみにコレは、何につかう物なのじゃ?それだけの価値がある物なら、何か使い道があるのじゃろう?」
「魔石は水や火といった、日常生活で必要不可欠な物を生み出してくれる道具さ。魔石さえあれば、魔術師でなくとも水も火も手に入る。あたし達はそのおかげで、毎日水を汲まなくても済むし、わざわざ火をおこす必要もない。便利な生活を支えてくれる道具さ。て、コレは一般常識だから、言うまでもない事だけどね。武器としての使い道もあるけど、それはさすがにあんたらの方が詳しいだろう?」
「うむ。では最後に、コレを買い取ってもらえる店があるかを聞きたい」
セカイの質問に、おばさんは知り合いのお店の名前を出してくれた。おばさんの名前を出せばぼったくられる心配もないと言う事で、非常に心強い。
情報を得た私とセカイは、荷物を背負って宿を出た。おばさんとはそこでお別れとなり、おばさんはやっぱり笑顔で見送ってくれて、たったの一晩泊まっただけだけど別れが惜しく思える。
本当にいい宿だった。この宿を紹介してくれたルティアちゃんには、感謝だね。
その後私とセカイはおばさん紹介のお店に行き、魔石を売り飛ばして多額のお金を手に入れる事ができた。手に入ったお金は、金貨1枚と、銀貨75枚。金貨は銀貨100枚分の価値なので、その価値はこの世界の人にとってかなり高い。
「金は充分じゃな。次は、食料の買い足しじゃ」
という訳で、エルフ通貨は使わなくてよくなった。代わりに手に入った……タキルス通貨?とか言うのを使えば、食料を購入する事ができるから。
セカイは、そのために魔石の価値をおばさんに聞いたりしてたんだね。私だったら、普通にエルフ通貨で払っちゃう所だ。
「──あの、すみません……」
「ん?なんですか、シスター」
「実は……」
食料を売っているお店を探そうと言う時、道の先で修道服を身にまとった女性が、すれ違う男性に声をかけているのを見かけた。
シスターは、背とおっぱいが大きな美人さん。背は、宿屋のおばさんよりもちょっと低めくらいだから、相当だよ。でもスタイルが良くて、おばさんとはその辺で差がある。それからその声はおっとりとしていて、声に癒し効果がありそう。頭を撫でながら慰めてもらったり、その大きな胸を弾ませながら応援してもらったりしてほしい。
そんなシスターさんに話しかけられた男の人は、悪い気分ではなさそうだ。でも、別にナンパをしている訳ではないだろう。
「昨日お使いを頼んだ子供が、孤児院に帰ってこないのです。背はこれくらいで……赤髪の女の子なのですが、見かけませんでしたか?」
「さぁー……悪いけど、見てないなぁ」
「そうですか……お時間をとらせて、申し訳ありません」
横を通り過ぎようとしたら、そんな会話が聞こえて来た。シスターはしょんぼりとして、男性は去っていく。
背は、セカイよりもちょっと大きいくらいか。それで、赤髪の女の子……。
「あ」
私は思い当たる人物が頭に浮かび、足を止めた。
「し、シスターさん!」
「は、はい?」
「貴女が探してるのって、もしかしてルティアちゃんの事ですか?」
「っ!その通りです!もしや、何かご存じなのですか!?」
私が尋ねると、シスターさんは私の手を握って藁にも縋るような勢いで見下ろして来た。見下ろされているのは、身長差のためだ。仕方がない事だから別にいいんだけど、圧が凄い。
「実は昨日、えっと……日が沈み始めるちょっと前くらいに、ルティアちゃんに宿を紹介してもらったんです。それで宿まで案内してもらって、そこでお別れしました。ね、セカイ」
「そうじゃが、その後ルティアがどこに行ったかは知らんぞ。そういえば、バスケットを手に持っていたのう。中身はパンじゃった」
「それは私が頼んだ、お使いのパンです。パンを購入した事はパン屋さんへの聞き込みで分かっていたのですが、その後の足取りが分からなくて……。ですが、パンを購入した後の足取りがおかげで分かりました。……ところで、見た所貴女方は、旅の魔術師の方でしょうか?」
「うむ。見ての通り、旅の途中で先を急ぐ。では、な」
セカイは私と一緒に足を止めていたけど、そう言ってその場を立ち去ろうとする。でも、そんなセカイの頭にシスターの手が伸びた。そしてセカイの小さな頭を掴み取る。
「お待ちください。コレも何かのご縁です……。太陽神セプレバ様のお導きに従い、どうかご一緒にルティアを探すお手伝いをしていただけませんでしょうか。……というか、手伝えや」
私はシスターに手を握られたまま。セカイは頭を掴まれたまま。
最初は優し気な口調で、そして最後は命令口調でドスのきいた声で、脅されるように言われた。