怖い夢
これは夢だ。
『オレと、付き合ってくれ!』
私の前には、私に向かって手を伸ばしてくる明方君がいる。
彼は、私のクラスメイトだ。前の世界では、メイや令子と胡桃達と共に、よくつるんでいた男友達。ちょっとやんちゃな男の子だけど、実は良い子なのを私は知っている。
私はそんな彼に、告白されていた。場所は、私と彼以外誰もいない、夕日が窓から差し込む教室。2人とも、今となっては懐かしく感じる学校の制服を着用している。
先ほども言った通り、コレは夢である。私は彼に告白なんてされた事がないし、彼に好意を抱いていた訳でもない。
では何故こんな夢を見ているのかというと、コレが夢だからとしか説明しようがない。
『えっと……ごめんねぇ。私、明方君の事異性として意識した事がなくて。悪いけど、この話はなし。無かった事にしよう!』
『オレは、本気だ!本気でハルカちゃんの事が好きなんだ!だから、この告白をなかった事になんてできない!もしハルカちゃんがこの告白を断るっていうなら、オレは……!』
『……』
必死そうな、明方君の表情。彼の告白が、本気だと言う気迫が伝わってくる。
でも私は困って途方に暮れるばかりだ。彼とは、良い友達関係でいられればな、としか考えられない。好きとか、そういう感情を抱いた事は本当に一切ないのだ。
だから、こう言ったら酷いかもしれないけど、告白されても困る。
『……オレは、ハルカちゃんとは割と良い仲だったと思うんだよ。少なくともオレは、ハルカちゃんがオレの告白を断る理由なんてないくらいに、仲が良いと思ってる。そのために、手を尽くして来たから!ハルカちゃんを手に入れられるように、ハルカちゃんの前では反吐の出るような善人を演じて気に入られるようにして来た!なのに……なんでダメなんだよ!』
『ちょ、ちょっと待って。演じて来た、って何?一体何を言って──』
『んな事はどうでもいいんだよ!』
『っ!』
明方君が大きな声を出し、机を拳で叩いた。それにより、一瞬大きな音が発生した直後に静寂が訪れる。
静まり返る教室。その教室を支配する沈黙は、明方君に対する恐怖心からやってきた物だ。
ギラついた、明方君の目。その目は私の知っている明方君の物ではない。獣の目だ。
『もう一度だけ、言う。オレと付き合え。オレの物になると誓え』
それはもう、告白というよりも脅迫だ。私は彼に対する怒りの感情が湧き出て来て、同時に失望した。
まさか、明方君がこんな男だとは思わなかった。告白して断られたら逆ギレとか、情けなさすぎるよ。
でも勘違い野郎の脅迫に屈するような私ではない。
『──お断りだよ。私、君みたいに自分の思い通りにならないとキレるような男とは、付き合えない。じゃあね』
私は断り、明方君に背を向けた。そして教室から去ろうとする。
でもその直後に、頭に衝撃が走った。グラリと視界が揺れたかと思うと、立っていられなくなって床に倒れこむ。
『あ……え……』
身体が動かず、声も出ない。目の前が真っ赤に染まる。この赤色は、夕日の光?
『ひ、ははは!オレの物にならねぇなら……もういらねぇよ。でも最期にオレを楽しませろ。苦しんで、叫んで、助けを請え!』
『……』
明方君の高笑いが聞こえてくる。
そして理解した。私は明方君に、何か硬い物で頭を殴られたのだ。
頭を殴られた事により、意識が朦朧としている私は、明方君に髪の毛を引っ張って床を引き摺られ、どこかへと連れられて行く。痛みは、不思議と感じない。
でもこの時私は、自分の死を悟った。唐突な、同級生の裏切り。信じられないという気持ちと、生きたいと言う気持ちが交差する。
だけど助けは来ない。私は明方君に、殺される。それは確定事項だ。
とまぁこんな内容の夢だけど、この明方君はあくまで夢の中の明方君である。本物の明方君は、このような事を絶対にしない。
この夢はフィクションであり、実在する人物団体等とは関係ありませんという奴だ。
「──ハル」
そんな悪夢の途中で名前を呼ばれ、私はうっすらと目を開いた。
すると、私の顔は暖かな温もりで包まれていた。
「……セカイ」
「うむ」
私は、セカイの胸に抱かれて眠っていた。
昨夜は確か、同じベッドに入ったはず。だから、隣にセカイがいる事はなんら不思議な事ではない。
でも抱きしめられているのは不思議だ。セカイって、もしかして甘えん坊?
「目が覚めたのなら、離さんか」
「……もうちょっとだけ」
「仕方がないのう」
甘えん坊なのは、セカイではない。私の方だ。
見ていた夢が怖くて、この温もりを手放す事ができない。もうちょっと温もりを味わいたくて、私はセカイを抱き締め続ける。
「うなされていたが、怖い夢でも見たのか?」
「うん……。とっても怖い夢」
「どのような夢なのじゃ?」
「……友達に殺される夢」
「……そうか。それは、怖い夢じゃな。でももう大丈夫じゃ。安心するがよい」
セカイが優しくそう言いながら、私の頭を撫でてくれる。そうされると、夢で抱いた恐怖心が本当にどこかへ飛んでいくようだ。セカイの温もりは、まるで世界に包み込まれているようで凄く安心できる。
「──よしっ。も、もう大丈夫。ありがとう、セカイ」
しばらくその温もりに包まれていたら、唐突に恥ずかしさが沸き上がって来た。そう言って、私はセカイから手を離してベッドから起き上がる。
だって冷静に考えたら、見た目幼い少女の胸に抱かれて甘えるとか恥ずかしくない?いくら夢が怖かったからとはいえ、あまりにも行動が幼すぎる。まるで、ママに甘える子供だよ。
でも言い訳をさせてほしい。今日見たあの夢は、いつも以上にハッキリとしていて本当に怖かった。これまで見て来た夢は、漠然として相手が誰なのかも分からない。ただ、知り合いの誰かが私に襲い掛かって来て、それが怖くて目が覚めると震えているという感じだった。
今回見た夢は、相手がハッキリしている。相手の表情。憎悪。怒り。殺意。全てにリアリティがあり、夢だと分かっているのにそれらはまるで現実で、いつも以上に本当に怖かった。
セカイがいてくれなかったら、泣き叫んでいたかもしれない。
「本当に、大丈夫か?まだ震えているようじゃが」
「……うん。平気だよ」
セカイもまたベッドから起き上がり、私の顔を覗き込んで尋ねて来た。
その顔は、私が森の中で遺跡に迷い込んだ時のよう。本気で私を心配してくれていて、ありがたい。
でもこんな顔をさせないようにしようと、心に誓ったばかりなんだけどなぁ。まぁあの日からまだ数日しか経っていないし、成長途中でこういう事もあるという事にしておこう。
「本当に大丈夫だから。それより、お腹減っちゃった」
窓からは日の光が差し込んでおり、今が朝だと言う事を告げている。その日の光を見て、お腹が減っている事に気が付いた。そしたらお腹の虫が鳴き、心配そうなセカイの表情を少し和らげることに成功した。ナイスだよ、私のお腹。
「では、朝食にしよう。食べれば元気が出るじゃろう」
「うん!」
まるで食べさせておけば元気になる、食いしん坊のように言われて複雑な気分だ。でもちょっとは合ってると思う。なので何も言えない。
私はセカイと共に、身支度を整えてから部屋を出た。そして向かうのは、下の階にある食堂だ。