惚れちゃいそう
私の前には、焼かれたお肉が置かれている。口に運ぶと、肉厚なのに思ったよりも柔らかい。噛めば噛むほど味が出て、脂までもが美味しい。
「んんー!」
久々のお肉の味に、私は舌鼓をうつ。私が前の世界でよく口にしていた、牛や豚や鶏の肉とは少し違う。もっとワイルドで、獣臭い味だ。でも美味しい。
「お主、どんだけ肉が好きなのじゃ……」
私とは違い、セカイは小さなステーキ肉を一口以下の大きさに切り、上品に口に運んで素養の違いを見せている。
それを見ても私は我慢しない。私の前に置かれた大きなお肉を、一口大に切って口の中に突っ込んで咀嚼。すぐに飲み込み、また同じような大きさのお肉を放り込む。まるで飢えているかのようだけど、そんなに飢えてはいない。
「ははは!あんた、女なのに良い食いっぷりだね!気に入ったよ!」
「もぐ……お料理、美味しいからです!」
「……ほら、スープのサービスだ。たくさん食べな!」
「ありがとうございます!」
宿のおばさんが、そう言って私とセカイの前に、湯気のたっている暖かそうなスープを置いてくれた。美味しそうな香り。匂いはオニオンスープに似ているけど、それよりもちょっと酸っぱそうな匂いが混じっている。
私はお肉をもう一切れ口の中に放り込み、飲み込んでから箸休めにそのスープに口をつける。身体にしみる暖かな味で、全身の疲れが取れるようだ。
「嬢ちゃん達、旅人だろう!?どこから来たんだ?」
突然、傭兵の人たちからそんな質問が私達に向かって投げかけられた。
先ほどから、ちらちらと私達の方を見ているのは分かっていた。なので、そうなるんだろうなという覚悟はしていたので、別に驚きはしない。
「どこからでもよいじゃろう。食事の邪魔をするでない」
「ははは!ちっこいのに、生意気な口のききかたをしやがる!」
セカイが喋ると、傭兵さんたちから笑いがあがった。明らかにセカイをバカにした笑いに、私は腹が立つ。
「その格好から察するに、魔術師か。女二人で旅をしてるっつーことは、よっぽど腕に自信があるんだろうよ」
「ちげぇねぇ。下手に手を出したら、お前なんか一瞬で消し炭にされちまうかもしれないぜ。だから、止めとけよ」
「へへ」
仲間に忠告されたのにも関わらず、酒瓶を片手に男が私達に歩み寄って来た。顔は真っ赤で、かなり酔っ払っている事がよく分かる。
そんな男の行動に、周囲は沸きあがった。男の行動を、面白い見世物のように見ている。
絡まれる側からしたら、凄く迷惑なんだけどなぁ。
「オレの名前はダルギーと申します。お嬢様。よろしければ今晩、オレを宿にお招きいただけないでしょうか。マッサージのサービスをいたしますよ」
男は下卑た笑いを浮かべながら、私に向かってそう言って来た。やらしい顔に、やらしい手つき。私の全身に絡みつく、男の視線。気持ちが悪い。
「うちの客に絡むんじゃないよ」
「すっこんでろ、ばばあ!オレは嬢ちゃんに話しかけてんだ!嬢ちゃんが、良いって言えば文句はねぇよなぁ!?」
「あ……?」
男は宿のおばさんに怒鳴りつけ、怒鳴られたおばさんの眉間にシワがよった。おばさん、めっちゃ怒ってる。今にも殴り掛かりそうなくらい。
でも男は気にしない。私に近づいてきて、今にも私に手を触れて来そう。というか私の魔眼の力で、3秒後に私の肩に手を回してくるのが見えた。
「──悪いけど、いらないから。その手を引っ込めて」
「お、お……?へへ。遠慮すんなって」
私が拒否すると、男は一回手を引っ込めた。でも再び手を伸ばしてくる。
断ったのに同じ事をしようとするのは、すなわち喧嘩売ってるよね。
「せっかく美味しいご飯を食べてる所なんだから、邪魔しないで!」
「あ、あだっ、あだだだだ!わ、分かった!悪かったから、やめてくれぇ!」
私は男の腕を掴んでその手に力をいれると男は膝から崩れ落ち、情けない声を上げて私に懇願した。ちょっと握っただけで、大袈裟だよ。
まぁ痛そうなので、離してあげる。と、男は無言で立ち上がって私に向かって酒瓶を振り下ろそうとして来た。
振り下ろそうとしてきた、というのは、やはり魔眼で未来を見たからだ。そしてその行動を制した人がいる。
「あんた、うちの客に手をあげようとしたね?」
「ひっ」
宿のおばさんだ。彼女は背後から酒瓶を持つ男の腕を掴み取ると、男を遥かな高みから鬼の形相で見下ろしている。
「うちの客に手を出すようなやつに出す飯はないよ!出て行きな!」
「どわっ、わ、なにしやが……や、やめ、どわー!」
おばさんは、男の頭を片手で掴み取ると、男を引き摺りながら店の出入り口へと歩んでいき、そして男を店外に放り投げた。まるでゴミでも投げるように。
「あんたらも、覚えときなぁ!この子らに手を出そうとしたら、このあたしが許さないからね!」
おばさんの警告に、傭兵たちは黙った。自分たちは関係ないみたいに、目の前のお酒と料理に集中する。
この宿屋のおばさん。ちょっと凄すぎじゃないかな。片手で男の人を持ち上げて放り投げるとか、見た目通りパワーありすぎだよ。あと、私とセカイに手を出させないように庇ってくれたのがカッコイイ。惚れちゃいそう。
「あ、ありがとう、おばさん」
「いいってことよ。何かされたら、遠慮なくあたしに言いな。あたしがそいつをボコボコにしてやるから」
戻って来たおばさんにお礼を言うと、笑顔で頼もしい事をいってお店の奥へと消えて行った。
その後ろ姿は、まるで歴戦の戦士のよう。
「……きな臭い連中じゃな」
一連の出来事を、静かに見守っていたセカイが呟いた。
私も、セカイと同じような事を感じる。別に、私達に対して敵対心がある訳ではない。でもその行動、主に見た目が、森の中でロロアちゃんを攫おうとしていた男達と被って見えてしまう。
「ワシらに対してどうこうしようとする意思は読み取れぬが、何か意図があってこの地に留まっているように見える。道徳のあるような連中ではない。この村を守るため、という訳ではないじゃろう。関わらぬのが一番良いのだろうが、宿を変えるのも面倒じゃのう」
「その必要はないよ。もし何かあったら、私がやっつけるから」
本音では、ご飯が美味しくておばさんがカッコイイから、宿を変えたくない。私はセカイに強く勧めながら、お肉を口の中へ放り込む。
「確かに、ハルなら大丈夫か。それに、ボトトキンカの群れを相手にするよりはマシじゃろう」
「っ!?」
セカイが、少しだけ大きな声で周囲にも聞こえるように呟いた。
すると、傭兵さん達の動きが止まってこちらに視線が集まった。でも別に攻撃しようとかしている訳ではない。言葉に反応し、反射的にこちらを見て来たって感じだ。
でもすぐに食事を再開し、その出来事は一瞬で終わりを告げた。元の騒がしい宿屋である。
「何、今の」
「もしかしたら、ボトトキンカに悪い思い出でもあるのかもしれんのう」
セカイは楽し気に呟いたけど、私は意味が分からないままだった。
でもセカイの見立て通り、その後傭兵さんたちから私達に絡んでくる事はなかった。宿のおばさんの睨みのおかげかもしれないけどね。
その後は何事もなく、時が過ぎていく。ご飯を食べ、近所のお風呂屋さんでお風呂を満喫し、宿に戻って来てセカイと同じベッドに潜り込む。
この宿の下の階にあるレストランは、未だ営業中。大きな話し声が聞こえて来てうるさいけど、でも眠りにつく障害にはならない。旅の疲れから、私はすぐに眠りにつく事ができた。
こうして、この世界に来て初めての、人の村で過ごす1日が終わりを告げた。