迷探偵
結局銀髪の少女はどこにもいなくて、私はメイから黙って離れた鬼畜野郎になりさがってしまった。
メイはメイで独り言を呟いていて恥をかき、私は私でメイから叱責される事となってしまったのだ。被害は甚大である。
あの少女の姿を見れば、メイも納得してくれると思うんだけどなぁ。でもあんなに目立つ子を、メイはどこにもいなかったと言う。そして私が嘘つき扱いだ。それでも引き下がらなかった私だけど、次は見間違いだとか、寝ぼけてるのとか、言われたい放題言われてしまった。
いや、自分でもそう思いつつある。だって、あんな一瞬で姿を消されてしまったのだから、そう思わざるを得ない。
「──なるほどねぃ。それで、メーちゃんお冠っていう訳だ。初めてこんなに余裕ある時間に登校してきたって言うのに、とんだ目にあったねハルっち」
教室に辿り着いて席につくと、親しいクラスメイトが話しかけて来た。早速私は朝起きた出来事を話して事情を説明したけど、現場にいなかった彼女にはどう判断する事もできない。ただ聞いてもらっただけである。
事情を知り、ややからかい気味に言って来た彼女の名前は、藤堂 胡桃。やや茶色がかった髪の毛をお下げにしている、小さな女の子である。全体的に、全部ね。たぶん妹のアキよりも小さいんじゃないかな。この年でこの背で胸では、たぶん将来は絶望的。それでも彼女は牛乳をたくさん飲んで頑張っている。
私としては、このまま小さいままでいて欲しいと思う。だってその方が可愛いから。
ちなみに彼女の言うメーちゃんとはメイの事で、ハルっちとはハルカ。つまり私の事である。クルミはあだ名で呼ぶのが好きなのだ。そういう所も、見た目と比例して子供っぽい。口に出すと怒られるので、言わないけどね。このまま、小さいままでいて欲しいと思っている事に関してもだ。
「そう言うなら、お冠のメーちゃんをなんとかしてくれない?」
私はクルミちゃんにそう訴えながら、隣の席に座るメイに目を向けた。
そこには、唇を尖らせて拗ねている事をアピールしているメイがいる。可愛い。
「なはは。ねぇねぇ、メーちゃん。ハルっちは絶対、メーちゃんの嫌がる事をわざとやったりなんかしないと思うよ?本当に、何か見間違えちゃったんじゃないかな?だから、そんなに怒んないであげようよ」
「……ま、まぁクルミちゃんがそう言うなら、別にいいんだけど?」
「うんうん。クルミちゃんがそう言ってるの。ていうか別に、怒ってないんでしょう?なんか引っ込みがつかなくなっちゃっただけなんだよね?」
「う、うん……」
「え。そうなの?じゃあ全部解決?やっほぃ!それじゃサボってカラオケ行こうぜっ!」
私は席から立ち上がると、メイの手を取った。そしてちょっとだけ引っ張って、教室出て行こうとする。
「調子にのらないで。ホントに恥ずかしかったんだからね。あと、事あるごとにサボろうとしないで。皆勤狙ってるんじゃないの?」
「狙ってるけど、メイが一緒に行ってくれるならどうでもいい」
「いきません」
「じゃあサボらない」
私は自分の席に戻ると、イスに座った状態のまま動いて、座っているメイに近づいた。先ほどまではお冠モードだったので近づかないでおいたけど、仲直りしたからもう遠慮する必要はない。
これがいつもの私とメイとの距離感で、やっぱりこの方が落ち着く。
「ハルっちは、可愛いねぇ。見ててホント飽きないし、仲の良い二人を見てるだけでこっちは癒されるにゃあ」
「えへへー」
私は可愛いと言われて照れたけど、実際可愛いのはクルミの方だ。勿論メイも可愛い。可愛い女の子に囲まれて、私は幸せである。
ホント、この世界には感謝だね。
「なっ……!」
そんな幸せを堪能していると、ドサリと物が落ちる音がした。
その物音の方へ目を向けると、そこにいたのは女の子だ。落としたのは彼女が手に持っていたカバンで、私の方を見て恐れ慄いている。カバンを落としてしまったのは、手から力が抜けてしまう程衝撃的な出来事があったからだ。
その理由とは──
「ハルカがいる!」
そう。私がいるからである。
いやまぁそうなんだけどさ、皆ちょっとリアクションがオーバーすぎやしないかい?私だってたまには早く来る事くらいあるよって話。
「おっはよー、くらちん」
「……おはよう、クルミ。それと、くらちんは止めろ」
クルミに挨拶をされて、冷静さを取り戻した彼女は、クールに長めの前髪を払いながらそう言い放った。
彼女の名前は、倉沢 令子。私と同じ黒髪の美少女だけど、レイコは目つきが鋭く、オマケに喋り方が男らしくて女らしくない。今はしてないけど、部活の時や、やる気を入れる時は、手首にいつもつけている赤い組紐を使ってポニーテールにし、今よりもカッコよくなる事ができたりもする。
その美貌を手にしておきながら、彼女は剣道部に入っていて、剣道社会の中では有名人らしい。実力も高いみたいだからね。人気も出るわ。
「それで、何故ハルカがいる。天変地異の前触れか?」
「私が朝早く来ただけで天変地異がおこるなら、世界は今頃草木一本も生えない荒れた大地になってるよ」
「それだけあり得ない事だと言っているんだ。というか今まで一度もなかった。一体何があったというのだ。まさか……結婚か!?」
「うん。キレイサッパリ訳がわからん」
「昨夜、家の都合でお見合いして、結婚する事になったのだろう?相手は大企業の役員の息子。まだ親から独立したてだがそれなりの地位についていて、稼いでいる。少々内面的な男だが、それが天真爛漫なお前と気が合い話は盛り上がる。そしてお互い惹かれ合い、婚約に至ったのだ」
「いや、そんなのしてないから。あと、それと私がいつもより早く学校にいる事と、どう結びつくのさ」
「結婚前だが、昨夜は二人で燃え上がったのだろう?つまり、寝た。そして気づけば愛しの彼が出かける時間となってしまい、それを見送るために起きた。という訳だ」
「はは。くらちん、おもしろーい」
「誰がくらちんだっ」
私は指を指してレイコに笑いを送った。けど顔は笑っていない。
婚約とか、寝たとか、冗談きつすぎる。特に、メイの前で話すような事ではない。
「くらちん、妄想も大概にしておきなよ?メーちゃんがショックを受けて、固まってるよ」
クルミがそう言って気づいたけど、隣に座っているメイが震えていた。前を見据えたまま、ぷるぷると。
「は、はは、ハルちゃんが、けけ、け、けっこ、コケッ──」
「メイ?今のは全部、レイコの妄想だからね?全部嘘。私はお見合いなんてしてないし、結婚もしない」
「う、嘘なの!?」
「嘘というか、妄想というか……いや、推理だ」
「すげぇ迷探偵がいたもんだ」
私は迷惑な推理をしてきた探偵さんに、最大限の賛辞を送ってやった。嫌味とも言う。
「ふ」
だけど、意味を理解していない探偵さんは髪をあげながら、柔らかく笑いかけて来た。
本当にダメな探偵である。