再びお別れ
私とシキは、巨大なトカゲ──ボトトキンカを討伐した。その数は、後から姿を現わしたのと合わせて8体にもおよぶ。
私はリリアさんから教わった戦う技術と、魔眼を活かしながら杖を振り回し、彼らを殴りつけて倒しまくった。シキも自分の牙と爪で倒し、あっという間の出来事だった。
彼らは見た目に反して、あまり強くはない。おかげで、瞬殺だった。
「ふぅ。コレで全部?」
「……恐らくは、そうだ。もう奴らの臭いはしない。しかし、地面に隠れている可能性はある。油断はするな」
「地面……」
ボトトキンカは、地面に穴を掘って移動し、私達の前に現れた。シキの告知もなくそんな所から飛び出して襲われたら、確かに対処に遅れてしまう。気を付けよう。でも気を付けようがない気がする。
「ところでシキ。この緑の宝石はなんじゃ?魔力を帯びているようじゃが……」
セカイがそう指摘したのは、ボトトキンカを倒した後、その死体の代わりに現れる宝石の事だ。
私も気になってたんだよね。迷い込んだ遺跡で、骸骨のオバケも倒したあとその宝石の姿になっていたから。
「それは魔獣にとっての命。魔獣も魔物も、生きるのに食物を必要としない。ただし、魔力を必要とする。魔力は核となるその魔石から供給され続け、器が破壊されるか魔石の魔力が尽きぬ限り魔獣も魔物も生き続ける事が出来る」
「なるほどのう。これは、肉体を破壊すれば現れるのか?」
「基本的にはそうだ。肉体が機能を停止すれば、魔獣の肉体は消え去る。そして魔石が姿を現わす。魔石の中には上質な物もあり、魔物や魔獣の中には、互いに殺し合って魔石を取り込み、己を強化する者もいる。珍しい種類だが、人間等の他の生物を取り込み、そこから魔力を吸い続ける個体もいる」
「あー……」
そういえば先程、ボトトキンカに飲み込まれたらゆっくりと消化されるとかシキが言ってた。それは魔力とかいうのを吸い込むためだったんだね。ある意味普通に食べるのと同じ意味ではあるんだけど、うん。何にしても気持ち悪い。ホント、生理的に無理です、巨大トカゲさん。
「念のため、拾っておくか」
セカイはそう呟いて、周囲に落ちている魔石を回収。ポケットにしまった。
キレイだから、確かに価値があるかもしれない。大して荷物になる大きさでもないし、念のために持っていくのは私も賛成だ。
「では、移動しよう。この辺りにボトトキンカがいる事が分かった以上、さっさと通り抜けるのが吉。奴らは他の生物から魔力を奪おうとするタイプの魔獣なので、その狂暴性が高いのだ。更に、群れる。その群れは、今倒したので全部とは考えづらい」
「よし、移動しよう!」
私はすぐに行動に移った。セカイを抱きかかえ、シキに飛び乗って出発の準備を一瞬にして整える。
できればもう、アレとは会いたくない。せっかく目の前にいるのは倒したのに、また出て来られたら嫌だからね。
急いでその場を後にした私達はその後、なんとかボトトキンカと遭遇する事無く進むことが出来た。
そしてその日、私達はついに森を抜ける事ができた。この世界に来てから、初めて見る平地。その光景は、圧巻だ。どこまでも続くような大草原と、周囲を囲む自然豊かな山々。振り返って森の方を見れば、森を覆うように空高く生えている巨大な木。アレはたぶん、世界樹だ。
私はあそこからここまでやってきたんだね。それは遠いようで、とても近く感じた。
「さて……では、我はここまでとなる。人間の村は、丘を越えた所にあるので行くが良い」
「……」
「あからさまに嫌そうな顔をするな、ハルカ。我は森の守護者。森から出る事はできん」
「でもぉ……せっかく再会できたのに、もうお別れとか……」
私はそう呟きながら、シキに抱き着いた。その身体は相変わらず、心地よい。
「生きていれば、別れなどいくらでもやってくる。いちいち惜しんでいたら、身がもたんぞ」
「そうだけど……私、最近ちょっと誰かとお別ればっかりしてる気がする」
最初はこの世界にやってきて、友達や家族と会えなくなった。この前は、シキと。ロロアちゃんと、リリアさんと。そして今、シキと再びお別れと来たもんだ。お別れのデパートかって話だよ。
「人は、たかが魔物との別れにすら感傷するのか?」
「たかが魔物じゃない!シキは私の大切な友達!友達とのお別れは、やっぱり悲しいよ……」
「……泣くな、ハルカ。前も言ったが、我はこの森にいる。またいつでも会えるのだ。前も別れとなったが、すぐに会えただろう」
シキはそう言って、私の顔に顔を擦りつけて来た。目から零れた涙はそうしてシキが拭いてくれて、同時に温もりをくれる。その顔に私からも抱き着いて、抱き合ってるみたいになった。
思えば、シキからスキンシップをしてくれるのはコレが初めてだ。いつもは私から抱き着くのが普通だったから、シキの行動に妙に違和感というか、喜びを感じたのはそのせいである。
「うんっ。また、絶対に会いに来る。そしたらまた、一緒に冒険しようね。あと、また一緒に寝させて」
「ああ。我はここにいる。いつでも来るが良い。だがその前に、友に会えると良いな」
「……ぐすっ。うん!」
私は最後に、鼻水をシキの顔面にこすりつけてからその顔を手放した。
「セカイ。ハルカを頼むぞ。貴様が傍にいなければ、この娘は恐らくすぐに野垂れ死ぬ」
「言われずとも分かっておる。ワシはそのために、ハルの傍にいるのじゃ」
「分かっているのなら、良い。その想い、忘れるな」
「……」
その瞬間、ほんの僅かにだけど、セカイとシキが互いを見合った。それは別れを惜しんでいる目線ではなく、どこか睨み合っているような気がする。
2人の仲は、私から見ると悪くはなかったはず。むしろ仲良しだったはず。なのにどうして、お別れというこのタイミングでそんな事になるの?今のシキの言葉が何か関係してるのかな。
「ワシはそうだが、お主随分とハルの事を心配しているようだな。まさかと思うが、ハルに惚れたか?」
「バカな事を言うな。我は森の守護者。人間などに恋心は抱かんし、この先どうなろうと知った事ではない」
「ではハルが人間の村に行き、そこで人間の男と恋に落ちたとする。しかしその相手は本性を隠していて、実はとんでもないクズだった。ハルが気付いた時は時すでに遅く、その男にいたぶられる事になる。殴られ、凌辱される毎日じゃ。お主は仮にそうなったら、どう思う?」
「どう思う?実際にそうならんと分からんが、とりあえず相手の男をかみ殺す」
シキは歯を剥き出しにして、そう言い放った。その表情からは本気の殺気を感じる。初めてシキと出会った時の顔だね。怖い。
「ははは!」
「ぷっ」
でもセカイはそれを見て、笑った。私も釣られて笑う。
だって、シキが怒ったのはセカイに言われた事を想像したからだ。想像上の私のために、怒ってくれている。
私がこの先どうなろうと知った事じゃないとか言っておいて、本心で私の事を心配してくれてるのが丸わかりだ。いや、分かってるんだけどね。シキが実際は私の事を心配してくれている事が。だから、私の事をセカイに頼んだみたいに言ったんだ。
「むぅ。なんだ、貴様ら突然笑い出して……」
「なんでもないよ、シキ。ここまで連れて来てくれて、本当にありがとう!」
「ご苦労であった。縁があれば、また会おう」
「……ああ。また、な」
セカイとシキとの間に、ほんの一瞬だけ流れた不穏な空気。それを吹き飛ばすようにして、私は笑顔でシキに別れを告げた。シキとセカイも、同じだ。互いに別れを惜しんでいる。だから先ほどの睨み合いは、私の中で気のせいという事で処理しておいた。
そうしてセカイと2人きりになり、ゆったりとしたペースで歩き出してしばらくの時間が経過した。森から狼の遠吠えが聞こえて来て、すぐにそれがシキの鳴き声だと分かった。
私はセカイと目を合わせてから、森の方に向かってまたねと、叫ぶように返事をした。