トカゲの化け物
私の目の前に現れたのは、大きなトカゲだった。茶色のゴム質な身体に、顔から半分くらい飛び出した、ギョロギョロとした大きな目。口からは舌をだらりと垂らしていて、手足には立派な爪がある。
大きさはシキと同じくらいで、とても大きい。でもシキのように愛らしい所が何一つとしてない。そりゃあ、見る人が見れば可愛いと思うのかもしれないよ。でも私はちょっと、遠慮したいかな。
更に、そのトカゲが現れた穴から、4体のトカゲが遅れて現れた。全部が全部大きく、とても気持ちが悪い光景だ。
「なんじゃこりゃー!」
私は目の前の光景に叫ばずにはいられなかった。
突然のモンスターの出現に、私はパニックだ。シキが登場した時も中々だったけど、このモンスターはシキとは別物だ。だってこれ、可愛げが全くないもん。ホントに気持ちが悪い。
別に私は爬虫類が嫌いという訳ではないし、トカゲとか平気で素手で持つ事もできるけど、この大きさがダメ。
「ボトトキンカだ」
「いや、名前なんてどうでもいいから!気持ちわる!無理無理、ホント無理!」
昨夜の骸骨は平気だけど、この大きさのトカゲは生理的に受け付けない。鳥肌もんだよ、コレ。
「どうする、シキ!囲まれておるぞ!」
「分かっている。我だけなら適当に戦い、それで済む話だが、しかし……」
シキの言葉に呼応するように、巨大トカゲ──ボトトキンカ達が、一斉に喉元を膨らませて、かと思えば喉にためたそれを一気に口から吐き出した。奴らの口から飛び出したのは、緑色の煙だ。シキは煙に包まれないよう、慌てて駆け出してボトトキンカの隙間を駆け抜けた。
でもちょっと吸ってしまったんだけど、酷い臭いだった。卵が腐ったみたいな臭い。
『シャアアアァァ!』
「二人とも、しっかり捕まっていろ!」
駆けだしたシキの後ろから、ボトトキンカが追ってきている。地を這うようにして追いかけて来る彼らのスピードは、シキにまけず劣らず速い。
「……なるほど、毒か」
「毒?」
「先ほどの煙じゃ。アレは強力な毒で、まともな人間が吸えばたちまち倒れる事になるじゃろう」
「その通りだ!あの煙を吸えば、貴様ら二人は間違いなくその場で倒れて数日間動けなくなり、なす術もなくボトトキンカの胃の中で、長い時間をかけて消化される事になる。その間奴らが体内で作り続ける毒ガスに晒されるため、抵抗もできんぞ」
「きもっ!逃げて、シキ!もっと速く!」
そんな死に方は、絶対に嫌だ。私はシキにそう訴え、ボトトキンカから距離をとるようにお願いをせずにはいられない。
「分かっているが、これ以上スピードを出せば貴様らが振り落とされる事になる」
「確かに!よし、じゃあこのままで行こう!セカイ、大丈夫?振り落とされな、い……セカイ?」
私の後ろに乗っていたはずのセカイを心配して振り返り、声をかけたけどそこにいるはずのセカイがいない。
──セカイが、落ちた。
次の瞬間にはそう理解し、私はシキから飛び降りた。地面に転がりながら着地すると、すぐに駆けだして落下したセカイへの下へと駆け付ける。
「むぅ……」
私の思った通り、セカイはシキから落ちて、地面に転がっていた。受け身が取れなかったのか、地面に倒れたまま動けず、そこに追いついて来たボトトキンカがやってきて、あの毒煙をセカイに浴びせている所だった。
「セカイー!」
その光景を前にして、私は頭がブチ切れた。毒だろうがなんだろうが関係ない。その煙の中へと猛然と突っ込んだ私は、旅の荷物が入ったリュックと一緒に背負っていた杖を構えると、セカイに襲い掛かろうとしている巨大トカゲに向かって突っ込んだ。
トカゲは迫り来る私に対して、セカイに襲い掛かるのを中止。代わりに身体を横にそらし、大きく頑丈な尻尾を振り払って来た。その一撃は、地面を抉る程の勢いだ。
その動きは、私の目で見た未来。未来視の魔眼により、見る事ができた動きだ。私はその未来予知に従って、高くジャンプして尻尾を回避。ついでにトカゲの上を飛び越えて、隙だらけの側面に着した。そしてその腹に向かって、杖を振りぬく。
私の杖をまともに受けたボトトキンカの身体が、吹き飛んだ。表面のゴムに近い肉の部分は破裂し、中身の骨がバキバキと悲鳴をあげる音とともに、巨体が宙を舞って飛んでいく。そして木にぶつかって止まると、動かなくなった。
そのボトトキンカの身体がいきなり光の粒子に変化し、光が霧散。一瞬にして消え去った。そして代わりに、緑色の小さな宝石がその場に出現。遺跡の中で骸骨もそうなったけど、それはまるで、ゲームでモンスターを倒した時のような光景だ。
「大丈夫、セカイ!?」
「な、何をしておるハル!この煙は毒だと、先ほどシキが言ったじゃろう!」
煙に包まれ、辺りは酷い臭いだ。でも私は既に、煙の中に来てしまっている。セカイの下に駆けつけてその身体を抱き起し、周囲のトカゲに杖を向けて威嚇する。
先ほどの光景を見たトカゲ達は、私を警戒してくれているようだ。襲い掛からずに煙を吐き、私の身体の自由を奪おうとしている。
「げほっ、げほっ」
「大丈夫か、ハル……!?ワシは良いから、早く逃げるのじゃ!」
「いや、うん。臭いけど、割と平気だよ?本当にコレ、毒なの?」
「ま、間違いなく毒のはずじゃが……もしや、前に人間から受けた毒矢のおかげで、毒に耐性がついたのか?」
「分かんないけど、でもセカイも平気だよね?」
「ワシには毒など効かん」
「おおう……」
セカイはそう言い切って、自分の足で地面に立った。
『シャ、シャシャア!?』
毒ガスのただなかにいるにも関わらず、私とセカイは倒れず平気で動いている。その光景を前にしたボトトキンカ達が、驚いた様子を見せた。何で毒効かないの!?て感じだね。意思の疎通はできなそうだけど、こういうリアクションは分かりやすい。
「──ガウゥ!」
そこに勢いよく駆けつけたシキが、ボトトキンカの一匹に噛みついてその身体を噛み千切り、その上で爪で引き裂いてあっという間に一匹倒してくれた。
そのボトトキンカも光になり、代わりに小さな宝石となってその場に落ちる。
「貴様ら、ボトトキンカの毒が効かんのか?信じられん。そんな人間初めて見たぞ」
「じゃが、効かぬのなら逃げる必要はない。そうじゃな、シキ」
「その通りだ。先ほどは貴様らの身を案じて逃げ出したが、我にもこ奴ら程度の毒は効かん。となれば、返り討ちにするまで」
「じゃな。ハル。シキ。やってしまえ」
まるでどこかの時代劇のような台詞を吐いたセカイに従って、私とシキは笑いながらボトトキンカ達を睨みつけた。
彼らの仲間は、既に2体、私とシキによって瞬殺されている。そんな光景を前にした彼らが、私達に対して恐怖心を抱くのは必須だ。でも逃げ出しはしない。怯えながらも、私達に対して攻撃する意思を示している。
彼らに理性という物があれば、ここで逃げ出していただろう。でも戦うと言うなら、容赦はしない。これからおこることは、正当防衛である。