魔眼
結局あの後、目はすぐに開くようになった。痛みもひいて、すっかり元通り……という訳でもない。そう訳ではないけど、別に不便がある訳ではない。むしろ、便利。
私が包まれた光には何かがあるらしく、私はその光によってとある能力を授けられた。少し集中して物を見ると、それが現在の動きとシンクロして、うっすらとその先の動きが見えるようなるという能力である。簡単に言うと、少しだけ先の未来が見えるようになった。
「未来視の魔眼……何故、ハルがこのような能力を……」
窪みに戻って来てから、改めてセカイが私の顔を手で撫でながら、不思議そうに見ている。私は座った状態。セカイはそこに身を乗り出し、四つん這いになって私の眼前に迫っている。
セカイの、小さな顔。大きな目。睫毛が少し顔を突き出せば舐められる位置にある。
「むー……」
でも私はそんなセカイをペロペロするどころか、頬を膨らませていじけた風を見せている。
だって、セカイは私の制止も聞かずにあんな恥ずかしい姿を見て来たんだよ。信じられない。責任をとってほしい。
「ハルカが言っていた、遺跡のような物は周囲になかったぞ。寝ぼけていたのではないか?」
そこへシキが顔だけ窪みに覗かせて、そう報告をしてきた。
外は朝になり、すっかり明るくなっている。霧もなくなり、雨もあがって快晴だ。
不思議な事に、私が足を踏み入れた遺跡は、私が目を開くと無くなっていた。セカイ曰く、私は森の中で倒れていたらしく、遺跡なんてどこにもなかったという。シキも周囲を探しに行ってくれたんだけど、今しがた何もないと言う報告をしに戻ってきた所だ。
「絶対にあったし!私、嘘なんてついてないからね!」
「落ち着け。嘘とは言っておらん。その遺跡が消えたのは不思議じゃが、実際ハルの目には魔眼がやどっておる。この力は、通常人が持ち得る事のなき力……。ハルが見たと言う光がトリガーとなり、ハルの目に宿る事になったと言った所か」
「……魔眼は強力で高純度な魔力の結晶。その力は古代の神々が持っていた力とされ、現代においては疑似的に作り出す事も可能ではあるが、長い年月を要する。年月をかけて作り出されし魔眼も、その力が発揮されるという保証もない。特に未来視などという力は、通常再現できるはずもない。それは本当に神に近しき力。貴様はその力を得て、何を望む」
「未来視の力を得て……とりあえず、大人になったセカイの姿が見たいかも!」
セカイは絶対に、美しくなる。その姿を想像するだけで、鼻血ものだ。でもこの目があれば、本当に見えてしまう事になる。想像するだけで、想像を絶するよ。
「ふ……そうか。セカイの、未来の姿か。悪くない望みだな」
シキは面白そうに尻尾を振りながら、私の意見に賛同してくれた。
それから、本当にセカイを集中して見据えてみた。そうする事で、現在のセカイに加えて未来のセカイが二重三重に見る事ができる。でも、それはほんの数秒先のセカイだ。もっと先の、未来のセカイを見る事はできない。
「バカな事に力を使うでない。というかこの眼はせいぜい数秒先の出来事を視る事ができるだけじゃろう。鍛えればどうなるかは分からんが……今は無駄じゃ。体力を消耗するだけじゃから、やめておけ」
「鍛えれば、見れるって事?」
「かもしれんし、見れんかもしれん」
「よーし、頑張ろう!」
とりあえず、目標が出来た。私はこの目を鍛えて、未来の美しい姿のセカイを見る。
「ワシの未来の姿に、頑張る価値などあるか」
「ある!」
「……好きにしろ。シキ。魔眼について、他に知る事はないか?何故ハルがこの力を得る事になったのかを、知りたい」
「現代において、魔眼は疑似的に作り出す事は可能だ。だがそれには先ほども言った通り、長い年月を要する。本当に力を具現化できるという保証もない。ではどうやってハルカのように、一瞬で魔眼の力を得るか。方法はあるが、それは簡単な事であり、だが難しい事でもある」
「もったいぶらずに言え。その方法とは?」
「魔眼を宿した神の死体に触れ、神から直接力を授かる事だ」
「神の死体など、この世に残るものか。残ったらそれこそ、神と世界の人々の間に差異がなくなり、世界に混沌が訪れる」
「その通りだ。だからあり得ぬ。だがハルカは力を得た。それにハルカが見たと言う、遺跡も気になる。もしやその遺跡は、神が眠る場所だったのではないか?この世界には存在せず、人の触れる事のできぬ領域にある、神の寝床……そこにハルカが迷い込んだ」
「迷い込んだ?神の寝床とやらは、簡単に人が入れる場所なのか?いや……もし仮にそうだとして、何故神がハルにそのような力を授けるのじゃ。ハルは人間。それも、異世界の者である」
「そんな事は神に直接聞かねば分からん」
「……」
2人は一通り話をしてから、私の方を見て来た。
あ、私はもう2人の会話に何もついていけてないので、気にしないでください。
「……まぁとにかく、無事で良かった。これからは勝手に行動するでないぞ」
「はい……」
私は神妙にセカイに対して頷き、本当にそうしようと思った。それだけ、あの出来事はちょっと怖かった。骸骨がどうのこうのじゃなくて、目が開けられなくなって一時は本当に慌てたんだよ。
それに、私が目を開けるようになって見た、セカイの必死で心配そうな表情。それが脳裏に刻まれて忘れられない。彼女には心配をかけたくないので、これからは本当に気を付けようと思う。
子供って、こうやって大人になっていくんだね。恥ずかしい姿を見られていじけていた事などすっかり忘れ、私は成長した。ゲームなら、レベルアップのファンファーレが流れるシーンである。
それから朝食を済ませ、私達はまた旅に出た。昨日の雨が嘘のように晴れ渡る空。木々から注ぐ太陽の光と、シキの身体が暖かくて眠くなってしまう。思えば、昨夜は不思議な出来事もあったからね。私は疲れたよ。
「……マズイな」
「んぁ。どしたの、シキ」
突然シキがそう言って立ち止まったので、居眠りは中止だ。欠伸をしながら目を擦り、身体も伸ばして眠気を飛ばそうとする。でも無理だった。再びこくこくと首を動かし、眠りに入ろうとする。
「また、人の臭いか?」
「違う。この臭いはボトトキンカだ」
「なんじゃそれは。固有名称を言われても分からん」
「……魔物と呼ばれる存在の中には、意思を持たぬ魔獣と呼ばれる存在もいる。やつらとは、我のように意思の疎通を図る事は不可能。本能に従い動く、獣に近き存在だ」
「それに、見つかったという事か」
「その通り。しかも、この森に住まう魔獣の中でも厄介な連中だ。生息域を避けて通って来たはずだが、奴ら、いつの間にこんな所に移り住んでいたのだ。いや、それとも数が増えただけか?近頃魔獣の動きが活発になっていたから、その影響かもしれん」
「それはどれくらいの距離にいる?お主の足でなら、逃げて離れられるのではないか?」
「……残念ながら、もうすぐそこにいる。昨晩の雨の臭いも影響しているが、奴らは地中を移動するので、中々臭いに気づけないのだ」
『──キッシャアアアァァ!』
シキとセカイの会話を夢現で聞いていたら、突然大きな音が響いた。その音は大地を裂いた事によって響いた衝撃音で、同時に甲高い泣き声を周囲に響き渡らせた。
さすがに、目が覚めたね。そしてその鳴き声の主の姿を見て、驚いた。




