幽霊
窪みの外に飛び出した私とセカイは、一糸まとわぬ姿だ。雨を浴び、身体についた汗と汚れを洗い落としていく。
ド田舎の深い深い森の中で、男の人がいないからこそできる荒業である。数日ぶりのシャワーは、たとえ雨だとしても本当に気持ちが良い。できれば湯船に浸かってゆっくりとしない所だけど、そこまで我儘は言わない。言わないけど、湯船に浸かりたい。
「はぁー……!セカイ、気持ちいいね!」
「……雨には、大気の汚れが含まれている。もし元の世界でこのような事をすれば、その場は汚れが落ちたように見えるかもしれぬが、汚染された物質だらけの雨は身体に毒じゃ。浴び続ければ毛が落ちる上、よからぬ病気にもかかりかねん」
「は、ハゲるって事!?」
私はまだ、ハゲたくない。でも既に遅くて、私とセカイはすっぽんぽんでこの雨の世界に飛び出してしまっている。全身、びしょ濡れだ。セカイの身体も、私の身体も、水が滴ってちょっとセクシー。でもハゲたくない。
どうしよう。
「元の世界なら、じゃ。この世界なら、元の世界よりはだいぶマシじゃろう。大気を汚染する物質が、少ないからな。もっとも、お主はそんな事を考えてもいなかったじゃろう」
「……はい」
「……ふ。ぷはは。お主らしいのう。まさか、雨で身体を洗おうと言い出すとは。古代の人間のようじゃな」
「……」
私はその光景を前にして、目を奪われた。
私の前には、全身雨水で濡れた、全裸のセカイがいる。その身体は私よりもまだ幼く、成長途中。胸は少しはあるけどまだ小ぶりで主張が控えめで、だけどどこか色気を感じさせるのは、そのスタイルの良さのせいだろう。腕や足は細く、だけどお尻や胸にはちゃんと肉付きがあって女らしさをアピールしているのだ。幼いけど、大人の色気を感じさせるのは、ちょっと反則気味だよ。
そんなセカイが、優しく笑ったのだ。雨に濡らした地面につきそうなくらい長い銀髪をなびかせ、くるりと回転しながら笑い、雨を浴びる。その姿はあまりにも幻想的で美しく、この世の物とは感じられないくらいで……だから、私は目を奪われた。今目の前にある光景を、あますことなく心に刻みたくて。
「なにをボケっとしておるのじゃ、ハル。身体を洗うのじゃろう?」
「う、うん」
セカイに促されて、目が覚めた。私は雨で髪を洗いながらさりげなく美しいセカイに近づき、その姿を更に間近に見る事になる。
「お、お嬢ちゃん。私が、洗ってあげようか。身体で。はぁ、はぁ」
「やはり、変態か……?」
そしてちょっと引いた目で見られてしまった。
雨で身体を洗い流した私とセカイは、焚火に当たりながらタオルにくるまっている。
辺りはすっかり暗くなっており、この焚火の光が届かない場所は、漆黒の闇だ。雨は依然として降り続けており、先ほどよりは弱くなったけどまだまだ止む気配がない。
「そろそろ眠っておくとしよう」
ご飯は既に食べ終わり、しばらくの時間が経過している。
確かに、そろそろ眠る時間だと思う。今日も一日中森の中をさまよい続け、疲れた。
「……うん」
セカイが地面にシートを敷き、その上に布団を置いてくれた。あと、枕も。簡単だけど、地面に直接寝るよりはマシの特設布団である。
ここ数日はシキの身体をベッド代わりにして眠っていたけど、そのシキは雨の中だからね。さすがにこんな日にまで一緒に眠る訳にはいかない。
だから私は、セカイが作ってくれた布団の中へと入り込んで、おとなしく眠る事にした。素っ裸だけど、まぁ起きたら着替えればいいだろう。どうせ誰にも見られやしない。
「おやすみ、セカイ」
「おやすみ、ハル」
最後にセカイに挨拶し、私は目を閉じた。
眠りはすぐに訪れ、気付けば夢の中。でもふとした瞬間に、その眠りは妨げられることになった。
何か、懐かしい匂いがする。この匂いは……稲穂の香り?そういえば、ちょっと前にこんな香りを嗅いだっけ。
「……」
匂いに誘われるようにして目を開くと、そこは寝る前にいた窪みの中だ。焚火の火は弱くなり、だけど消えてはいない。セカイの姿を探すと、火の近くで横になって眠っていた。セカイは地面に直接横になり、リュックを枕にしただけの格好で眠っている。
いつの間にか雨は止んでいて、周囲は不気味なくらいの静けさに包まれていた。その不気味さに拍車をかけるように、霧も発生している。周囲の視界は霧によって遮られ、外の様子が焚火に照らされているのに全く分からない。
「ふあ……」
あくびをして、気付いた。お花を摘みに行きたい。
さすがに寝床でしたくはないので、仕方ない。私はセカイに布団を被せると、服を着て、窪みの外へと歩み出た。
視界が悪い。悪すぎる。真っ白で、真っ暗闇とかヤバイよ。遠くにいったら、あっという間に戻ってこれなくなりそう。なるべく近場でやろう……。
そう決心した時だった。それは突如として、何の気配もなく現れた。
「おおーう……」
外に出てすぐの霧の向こうに、人がいる。身体つきから、女の人だと分かる。白いローブを羽織って顔がよく見えないけど、金色の髪は隠せていない。もしかして、エルフの人かな?一瞬そう思ったけど、何か違う。
ここは、霧の中。しかも真っ暗闇だったはず。それなのにどうして、その人だけがハッキリと見えるの?そんな心の中の問いに、相手が答えてくれる訳もない。
どこか不思議で、彼女の姿はセカイとは別の意味で、幻想的だ。その正体の可能性を考えると、ある事が思い浮かんだ。
……もしかして、幽霊?
私には霊能力と呼ばれる力はない。勿論今まで幽霊なんて見た事がないし、テレビのホラー特集や、ホラー映画は鼻で笑って見るタイプの人間である。でもこうして深い森の深い深い霧の中、遭遇してしまうと不気味だ。でも怖いという程ではない。相手は武装している訳ではなく、敵意も感じないから。これならまだ、人間の方が怖い。
「こ、こんにちはー……」
「……」
とりあえず挨拶をしてみたけど、無視である。そしてすぐに、自分がとんでもないミスを犯した事に気づいた。
『こんにちは』ではなく、『こんばんは』である。
でも言い直すのもなぁと思っていると、幽霊が私に向かって手招きをした。よくホラー映画とかで見るような、生者を死者の国へ招くようなそんな姿に、素直に招かれる人っているのかな。いるんだな、コレが。
私は招かれるがままに、その幽霊の方へと歩みを進めた。だって、気になるでしょう?幽霊の正体とか、幽霊が私をどこに連れて行こうとしているのか。ここで確認しなきゃ、二度と確かめられないかもしれない。
でも幽霊には、歩いても歩いても一向に近づけない。もしかして、幽霊も動いてる?私に追いつかれないように?ちょっと意地悪じゃないかな。そんな意地悪に対抗するように私は小走りになり、やがて走り出した。
「……追いついた!って、あれ!?」
走り出してからすぐに、追いつく事に成功。でもその姿は追いついたと思ったその瞬間に消え去ってしまい、幽霊の姿はどこにもいなくなってしまった。
と同時に、霧が晴れた。そして目の前に、大きな石の建物が現れた。そこにあった石の建物は、コケに覆われ土に埋もれ、長い年月をここで過ごして来たのだなと感じさせる。
たぶんコレはアレだ。古代遺跡というやつだ。
読んでいただきありがとうございました!
よろしければブクマや評価の方もお願いします!