長い旅路
エルフの里を出て、3日が経過した。
進むスピードは、速くなったり遅くなったり。森が開けた場所は速く進めるし、木が密集していたり、危ない場所は慎重に進む。勿論休憩を挟みながら進んでいる訳で、その間は歩みが止まる。
とはいえ、決して遅い行進ではないと思う。普通以上のスペースで進んでいる。それでも、3日経ってまだ森の終わりが見えてこない。どこまでも続いているんじゃないかな、この森は。今、そう思い始めた所である。
「……どこまで続いてるの、この森?」
私はその場に突っ伏して、誰にでもなく、呟くようにして尋ねた。
突っ伏した場所は、ふかふかの布団である。身体を包み込んでくれる、暖かくて上質な毛が心地よい。
「エルフの話では、北に七日間程歩めば森を抜けられると言う事じゃ。その先に、人間の集落がある。それはこの世界に勇者を召喚したという、人間の国の一部じゃ。そこから更に十日程北進すれば、国の王都に辿り着く事が出来る。そこに、勇者達はいる」
「……長い」
淡々と答えたのは、セカイである。いや、そんな事改めて言われなくても、知っている。私も聞いてたからね、その道順。
聞くだけでやる気が下がってしまう長さだ。でもそこにメイがいると思えば、頑張れる。だけど道がめんどくさい。
たぶん私、旅とかに向いてないんだと思う。何日もかけて目的地に向かうとか、どうかしてると思う。
とはいえ、異世界にやってきてしまったこの状況で、そんな事も言っていられない。分かってるんだよ?だけども、である。
「貴様は、元の世界にいた時は一体どうしていたのだ?それくらいの旅は、普通であろう」
そんな声が聞こえて来た。
顔を上げて見ると、その声の持ち主は首を曲げて私に横目を向けてきている。
そこにいるのは、シキだ。大きな狼のような体を持っている彼は、今私達の乗り物と化している。私とセカイは彼の大きな背中に跨り、運んでもらっているのだ。さながら、馬のように。
シキは、エルフの里を出てすぐに合流した。まるでそこで待っていたかのように、私達が村を出たらいたんだよね。そして旅を共にする事になった。森を出るまで、一緒に来てくれるらしい。本当に心強い助っ人の登場に、私は喜んだ。
でも今は若干、ふてくされ中である。
「目的地まで何日もかかるとか、全く普通じゃないし。元の世界なら、大抵の場所は車とか電車に飛行機に乗ってれば、すぐに着くし。確かに場所によっては目的地まで何日も時間がかかるけど、そんな所行かなければ済む話だし。そもそも行く必要がないんだよ」
「電車……とかはよく分からんが、町から町へとあまり移動しない世界だったようだな」
「ハルが元居た世界は、移動手段が豊富だったのじゃ。町から町への移動など、ものの数分程度。この世界の人間が何日もかけて辿り着く事のできる場所など、ハルの世界の移動手段を用いれば一時間程度で辿り着く事ができてしまう。じゃから、感覚が違うのじゃ」
「なるほど。感覚の違い、か」
セカイの言う通り。そう。全く感覚が違う。
元の世界での旅と言えば、車や電車を用いた物。この世界での旅と言えば、まず自分の足。良くて馬なんだよ。現代っ子の私には、キツい話である。
でもリリアさんの毎日の鍛錬のおかげか、割と体力は付いて来ている。そう簡単には疲れない身体に、私はされてしまったのだ。一方で心に体力がついてないから、目的地まで何日もかかると聞いただけで疲れるんだよね。
「だが、勇者に会いたいのなら行くしかあるまい」
「分かってるよー。分かってるからここにいるんでしょうが」
「それもそうかもしれんが、それにしては文句が多い」
「……私さ。頑張ってると思うんだ」
「急に何だ」
「いきなり異世界に来て、右も左も分からなくてお腹を空かせてたら、いきなり世界樹を傷つけたとか難癖付けられて食べられそうになるし、いきなり臭い男に襲われるわ、凄く可愛いエルフの姉妹と出会ったと思ったら、姉の方に毎日朝から晩まで何なら夜まで剣を教え込まれる事になったんだよ。と思ったら、何日もかかる旅に出発ですよ。中々にハードな生活だと思うよ。誰か褒めてくれてもいいんじゃない?」
「いや、我は食べようとしていた訳では──」
「ハルは頑張っておる。このような見知らぬ世界で、今ハルが言ったように難題をこなしていく……それは凄い事じゃ。ワシはいつも近くで見ていたからな。お主が頑張っている事は、知っているぞ」
「え……えへへー」
セカイが褒めてくれて、私は照れた。
これだよ、私が求めていたのは。私はどう考えても、頑張っている。褒められるべきだ。それなのに誰も褒めてくれないで文句が多いとか言われたら、グレるよ。
よかったね、シキ。セカイがいて。私、セカイがいてくれなかったらグレてたよ。私がグレたら、凄いよ?
「貴様ら、相変わらずだな……む?」
シキが呆れたように呟いてから、何かに気づいたような反応を示して立ち止まった。鼻をならし、空を見上げるシキ。つられて私も空を見ると、顔に水が落ちて来た。
雨だ。雨は少しずつ勢いを増し、やがて音をたてる程の勢いとなる。
シキは慌てて駆け出すと、私達をがけ下の窪みに避難させてくれた。その次の瞬間、雨が勢いを増して轟音となった。まるで、フライパンをひっくり返したような雨だよ。……あれ、バケツだっけ?まぁどっちも似たようなもんだ。
「うひゃー、凄い雨。ありがとう、シキ。おかげで濡れずに済んだよ」
「……うむ」
窪みに避難できたのは、私とセカイだけだ。シキの身体のサイズに、この窪みは大きすぎる。だからシキだけ雨に打たれてしまっている。
窪みの中からお礼を言うと、シキはどこか腑に落ちない感じで空を見上げた。
「どうしたの?」
「この雨、普通ではない。我が雨が降る直前まで、雨の臭いに気づかぬ事などあり得ぬのだ。それにこの地は今、雨期ではない。雨自体がただでさえ珍しいのに、この勢いで降るのは違和感がある」
「この雨、自然の物ではないと?」
「そうではない。雨自体は自然の物で間違いない。だが……違和感を感じるのだ」
「気にしすぎでしょ。そういう事もあるって。あんまり気にしてると、ハゲるよ?」
「……はぁ」
私がそう言うと、シキはため息を吐いた。そして空を見るのをやめて、警戒を解いたように見える。
「調べんで良いのか?」
「違和感を感じるが、森に変化はない。放っておいても問題はないだろう。それで、どうする。雨が止むまで休憩するか?」
「そうじゃな。雨がやまなければ、どうにもならん。時間も時間じゃし、今日はここでキャンプするとしよう」
「でもシキはどうするの?雨宿りできないと、かわいそうだよ」
「我は近くの木の下で休ませてもらう。木の葉が、多少は雨を防いでくれるだろう。近くにいるので、何かあれば呼ぶが良い。すぐに駆け付ける」
「そっか。風邪ひかないようにね」
「うむ」
シキは返事をすると、雨の中を歩いて行ってしまった。
毛が濡れてぺったりとなったその姿は、シキがシキでなくなってしまったようだ。そんな後ろ姿は、激しい雨のせいですぐに見えなくなってしまう。
「シキ!行く前に、枝を集めてくれ。焚火をしたい」
「……世話が焼ける」
セカイの要求を聞いて、シキが戻って来た。雨の音が凄いのに、耳がいいね君。これなら本当に、何かあってもすぐに駆け付けてくれそうだ。頼もしい。
そしてセカイに要求された通り、私達のために枝を集めて来てくれて、再び去って行った。
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