旅立ち
その日は、快晴だった。
雲一つ……ないかどうかは分からないけど、木々の間から見える空にはなんの曇りもない。いや、丁度風にのって雲が現れたな。でも雲は小さく真っ白で、旅立つにはうってつけの日である。
「ハルカお姉ちゃん!」
「……ロロアちゃん。短い間だったけど、一緒に住ませてくれて、ありがとう」
「うん……!あの日、助けてありがとう!いっぱい遊んでくれて、元気をくれてありがとう!」
「それは私の台詞だよ……」
今日、私とセカイはこの里から旅立つ。エルフの里の出入り口の前には、大勢のエルフが集まってくれている。
そんな大衆の前で、私はロロアちゃんと抱きしめ合っている。
昨夜は、やっぱり行っちゃ嫌だとか、一緒に行くとか言って駄々をこねていたロロアちゃんだけど、ようやくお別れを受け入れてくれた。それもこれも、昨夜同じ布団で一緒に寝て、色々な事を話し合ったおかげだと思う。私とロロアちゃんは、一夜を共にして朝を迎えた仲となったのだ。
いや、気付いたらお互い寝ちゃってたんだけどね。あと、何もしてない。セカイに誓って手を出していないので、ご安心ください。
「先生のおかげで、この里の医療技術は飛躍的にあがった。色んな怪我や病気が治るようになって、感謝してるよ」
「本当に、ありがとう。オレの母ちゃんの病気は、あんたが作った薬草のおかげで治ったんだぜ」
「自然を愛し、自然に感謝する事を忘れぬお主らだからこそ、この世界から与えられた技術じゃ。感謝するなら、世界樹とやらに、じゃ」
一方のセカイは、大勢のエルフの大人達から感謝の言葉を贈られている。
大勢のエルフに感謝されるセカイ、カッコイイ。一部からは先生とか呼ばれちゃってるのが、またカッコイイ。皆の役に立つ知識を持ち、その知識を活かして人望も得てしまう。頭もいいし、セカイは本当に凄いよ。
「二人とも、妹共々本当に世話になった。感謝の印という訳でもないが、コレを持って行ってくれ」
「コレ……葉っぱ?」
「ああ。世界樹の葉を模して作った、お守りだ。エルフに古くから伝わる物で、効果は保証できないが何か形になる物を渡したくてな……。小さく不格好だが、私とロロアが想いをこめて作った物だ。よければ、受け取って欲しい」
リリアさんが差し出して来たのは、葉っぱの形をした緑色の布だ。確かに不格好で、不器用さが滲み出ている。
でも、受け取った手が凄く暖かい。そう感じるのはきっと、2人が私達のために作ってくれたからだと思う。ホント、心まで暖かくなって涙が溢れ出して来た。
「う゛わ゛あぁぁ!」
「うっ。ハルカお姉ちゃん!」
「ロロアちゃあぁぁん!」
私の涙に誘われたのか、ロロアちゃんも泣き出してしまった。私とロロアちゃんは、お互いを慰めるように頭を撫でながら泣きわめく。
でも、いつまでもこうしてはいられない。私には、会うべき人がいる。その人の下に行かなければいけないのだ。
ひとしきり泣き、ロリエルフの温もりを味わってから、私とロロアちゃんはどちらからでもなく離れた。
シキと同じで、今生の別れではない。また、会える。ただ、シキとは比べ物にならないくらい一緒にいる時間が長くて、しかも相手は幼女で可愛くて私の心を容赦なく抉ってくる存在。そんなロロアちゃんとのお別れは、惜しみなく惜しまずにはいられない。
「セカイ殿にも、コレを」
「……良きお守りじゃ。お主らの想いがこもっている。大切にしよう」
「そうしてくれると嬉しい」
「では、行くとしようか。ハル。荷物を持て」
「ぐす。う、うん」
ついにその時が訪れた。私は、旅のためにと昨日皆と準備した荷物の入ったリュックを背負い、立ち上がる。
「どうか、元気で。仲間と無事会えることを、祈っているぞ。そしてまた会える日を、楽しみにしている。その時までに、私はもっと剣の腕を磨いているからな」
「リリアさん……!」
「まったく……困った弟子だな」
私はリリアさんにも、抱き着いた。そんな私を優しく受け入れてくれたリリアさんが、頭を撫でてくれる。
リリアさんと、ロロアちゃん。2人とも、キレイで可愛く優しくて、私の大切な存在となった。私は、このエルフ姉妹との出会いを決して忘れないだろう。
勿論、他のエルフの人たちの出会いも忘れない。最初はちょっとしたいざこざがあったけど、皆受け入れてくれて優しく接してくれた。もうね。みんな好き。
こうして私とセカイは、エルフの里を発った。ロロアちゃんは、背を向けて歩き出した私達に向かい、いつまでも手を振って元気に声をかけてくれて、私も定期的に立ち止まっては手を振りながら声を返す。そんなやり取りを何回かして、やがて姿も見えなくなり、声も聞こえなくなった。
「うぅ……」
出来る事なら、今すぐにも戻りたい。またあの幼女を抱き締めたい。
「そんなに悲しそうな顔をするな。しっかりと前を向け」
「でもぉ……」
「ええい。めそめそとするな。お主はこれから、失われたはずの友に会いに行くのじゃ。心を切り替え、前を向け」
「そ、そうだね……。うん。そうだよね」
後ろ足を引かれる思いだけど、私はセカイに促されて前を向いた。
この道の先に、メイが待っている。そう考えれば、前に進める。でも戻りたい……でも前を見る。心が矛盾してるけど、やっぱり私は進まなければいけない。
「しかし、本当にお主の友がこの世界にいるのかのう。やはりワシは、どうしても村長の勘違いとしか思えん」
「このタイミングでその疑問を投げかけて来るのって、どうなのセカイさん」
「それだけ考えられん事なのじゃ。許せ。何にせよ、実際に勇者とやらと会う事ができれば、全てが分かる」
「……そうだね。よしっ」
私はセカイのおかげで、心を切り替える事ができた。気合を入れて、前を見る。
「それでよい。しかし森を抜けるまでは、徒歩では相当な時間がかかる事になる。じゃがワシらは馬に乗る事ができん。困ったとは思わんか?」
「まぁそうだけど、仕方ないんじゃない?」
エルフの里で、馬をくれると言われたけど私とセカイは馬に乗る術を知らない。だから断って、自分たちの足で出立した訳である。持っていける荷物も少ないし、自分たちで荷物を運ぶ必要があるので体力も奪われる。でも仕方ないという事で決着したはず。
「そうじゃが、困った。困ったのう。もっと早く森を抜ける方法がないかのう」
私こそ、困った。どうしよう。エルフの里を出て早々に、セカイが急に我儘になってしまった。
「──ならば、我の背に乗って行くが良い」
そこにタイミングよく、聞き覚えのあるダンディな声が聞こえて来た。声の主は、近くの茂みに隠れるようにして潜んでいて、声を出すのと同時にその巨体を現わした。
その巨体を見て、私は飛びついたね。そして、もふもふで、さらさらでぬくぬくが、私を迎え入れてくれた。
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