銀髪の少女
いつも、時間ギリギリを一人で通学する私にとって、大勢の生徒たちに混じって通学するのは新鮮だ。特に隣にいるメイの存在が、学校という聞くだけで気だるくなる場所に向かっているというのに、何故かわくわくさせてくれる。
それもこれも、私のメイに対する想いのおかげだろう。
実は私、メイの事が好きなのだ。愛してる。異性だったらとっくに告白しているレベルで、好きだ。でも同性という事もあり、気持ち悪がられたら嫌なので告白には至っていない。
いくら最近の恋愛は自由だと言っても、相手に迷惑がかかるのは嫌だから。勿論、断られて傷つくのも怖い。それともう1つ大きな理由があるんだけどね。それは後々分かるだろう。
まぁなんていうか、ひょうひょうと生きているようで、私は案外常識人の臆病者なのだ。
「それでねー、クルミちゃんが、私がボーっとしてるからってねー」
「うんうん。メイはよくボーっとしてるからねー。ちょっと気を付けないと、変態さんに何かされちゃうかもよ?」
「そ、それはいいの。今は、私がボーっとしてるからって、クルミちゃんが意地悪してきた事が問題なの」
「はいはい。何をされたの?」
「えっとね──」
愛するメイとの、朝の通学路。別に会話なんてなくても楽しいけど、会話があってもっと楽しい。
そんな中で、私はとある人物とすれ違い、それが気になって振り返った。
その人物は、輝くような銀髪を地面すれすれまで伸ばした、小さな女の子だった。目を見張るような、美しい髪。目を奪われないはずがない。だけど、道行く人たちはそんな彼女に目を向ける様子が全くない。まるで、彼女に気づいているのは私だけかのような違和感を感じる。
「ちょっと待って!」
私は、その違和感の正体を確かめるため、彼女に話しかけずにはいられなかった。
彼女の後を追いかけた私は、彼女の背後からその肩に手を乗せて引き留める。
細く、小さな身体。掴んだ肩から伝わって来たのは、そんな印象。
「……なんじゃ?」
振り返らずに返って来た返事は、そんな物語の年よりじみた言葉だった。
でも、その声は凄くキレイ。今まで聞いた事がないくらい澄んで透き通っていて、天使か何かが喋ってるのかと錯覚してしまうくらい。
「あ、あの……貴女は、何?」
ううーん。自分で口に出しておいて、不思議すぎる質問だ。
「ワシか?ワシは、この世界じゃ」
しかし返って来た返事は、もっと不思議過ぎる言葉だった。
世界とは、何だろう。哲学的な事だろうか。そもそも世界とは、どういう定義だ。この星の上の全ての国を指すのか、それとも人間社会の事を指すのか。はたまた、星を超えて宇宙もまじえての話なのか。まずその辺りをハッキリさせなければいけないと思う。
いや、待て。流されそうだったけど、流されてはいけない。今はそれよりも、この子だ。
この子、容姿も目立つんだけど、それよりも服装がおかしい。ただ白い布を身体をかけただけの簡単すぎる服装は、服とも呼べない簡素な物だ。しかも裸足で、靴を履いていない。そんな格好をした女の子を放っておく事を、私はできない。
例え、訳の分からない返事をしてくる子だとしてもね。
「世界だかなんだか知らないけど、その格好はどうしたの?裸足だし……それにまさかとは思うけど、その下に何にも着てないなんて事ないよね?」
「そんな事を聞いて、どうする」
「めっちゃ気になるんだよ。そしてもし着てないなら、色々と問題がある。お家はどこ?お母さんは?」
「……ふむ。その質問、答えてやっても良い。しかし、まずはワシから質問させてもらう」
何故か上から目線で、そう言ってくる少女。
別に、その質問とやらに答える義務も何もない。むしろさっさと私の質問に答えてほしい所である。答えないと言うなら、布をめくって強制的に確かめさせてもらってもいいけど、変態と間違わられたら私の人生が終わってしまう。
女好きの女子高生。幼女の身ぐるみを剥がして、襲うってね。その日のニュースで取り扱われる訳だ。
「はい、答えます。なんでもどうぞ」
「何故急にかしこまる。まぁ答えると言うならいいじゃろう」
そう言うと、少女がゆっくりとこちらを向いた。
その姿に、私は息を呑むことになる。美しい銀髪と相まって、少女のその顔も美しい。
パッチリとした、目。目の色は、髪と同じ銀色。形の良い鼻と口。唇は化粧をしている訳でもなさそうなのにピンク色に輝き、小さく可愛く美しい。肌も真っ白で、シミも傷も何もない。まるで全てが作り物の人形のようで、それが喋って私の前に立っているのだ。
「お主、この世界をどう思う?」
「ど、どう思う?い、良いんじゃないかな?」
「良く考えてから答えよ。戦争の繰り返しでもう嫌だとか、この社会構成はダメだとか、あるじゃろう」
「うーん……」
思ったよりも難しい質問に、私は呻る。元々考えるのはあまり得意じゃないので、苦手なんだよこういうの。
「とりあえず、私は今楽しいから良いと思うよ」
「そうか。ワシはクソみたいな世界だと思う。このような世界、滅んでしかるべきじゃ。全て滅び、無に帰し、跡形もなく消え去ればいいと思っている。この世界には、それほどまでに価値がないのだ」
「いや、酷い言われようだな世界。ていうかさっき、自分で自分の事を世界だのって言ってなかったっけ?」
「そうじゃ。ワシは自分自身に対して言っている。この世界は、クソだとな」
あー、この子、やべぇ。
何がやべぇって、自分を世界だと言い切る所と、自分をクソだと言い切る所だ。何か、電波でも受信してるのかな?それにしては、格好からしてちょっとやべぇ。やべぇのオンパレードで、このままではパレードが開催できてしまう。
この年でコレじゃあ、先が思いやられる。
でもきっとコレには訳があるに違いない。恐らくは彼女の生活環境が、彼女を歪ませてしまったのだ。この格好を見るに、もしかしたら虐待されているのかもしれない。だとしたらかわいそうすぎる。
「おっけー、貴女の考えは分かった。それじゃあ質問に答えた訳だし、私の質問に答えてくれる?」
「まだじゃ。この世界はもうじき終わる訳じゃが、お主はそれをどう思う?世界を恨んだりは、せぬか?」
「ううーん」
またまた難しい質問に、私は呻る。呻った所で、考えた所でもどうにもならない。この子の質問は抽象的であり妄想的で、私の理解を超えている。
でも本当にもうじき世界が終わるとしたら、それは嫌だな。私にはまだまだいっぱいやりたい事が残っているからね。
「この世界には、感謝してる。この世界のおかげで、私は大切な人と出会う事ができたから。そんな世界を恨んだりはしないし、貴女のように嫌いにはなれない。だからできれば終わっては欲しくないかなぁ」
「……そうか。分かった。じゃが、終わりは訪れる。その時まで、せいぜいこの世界を謳歌するが良い」
不敵に笑う少女の姿を見て、私は背筋に冷たい何かを感じた。この子のその言葉には、何故か重みがある。この世界がいきなり終わる事なんてあり得ないのに、この子がそう言うと本当にそうなる気がしてしまう。
「ハルちゃん!どうして黙って行っちゃうの!?私気付いたらずっと一人で喋ってたんだよ!?凄く恥ずかしかったんですけど!」
とそこへ、メイが抗議しながらやってきて、私は銀髪の少女から目を背けた。
そういえば、何も言わずに少女を追って来たんだったね。勝手について来てくれると思い込んでたけど、気づいてくれなかったようだ。でもあれから、一人で喋ってたのかぁ。……キツイねぇ。
「いやぁ、ちょっとこの子が……て、アレ!?」
銀髪の少女を理由にしようとした所、その銀髪の少女がいなくなっている。周囲を見渡すけど、どこにもいない。この一瞬で隠れそうな場所もない。右も、左も、上にも下にも、前にも後ろにもいないのだから、私は驚いた。
この時の気持ちを言葉に表すとしたら、キツネにつままれた時の気持ちだ。本当にこの言葉がしっくりと来るんだから、昔の人って凄いなと思った。