旅支度
次の日の、リリアさん宅での朝食の場で、セカイが突然こう言い放った。
「明日、ここを去る。そして勇者に会いに行く」
私は前日に徹夜でリリアさんに鍛えられた事もあり……いや、いつも朝は大体寝ぼけているんだけど、そんなセカイの台詞で目が覚めた。覚まされた。
勇者の話を聞き、皆がこの世界にいるという事を知って、私も皆に会いに行かなければいけないと思っていた。だから、私としてもその意見には賛成だ。
「……そうか。急だが、仕方あるまい」
リリアさんは名残惜しそうに言いはするものの、止めようとはしなかった。
「え?セカイお姉ちゃんと、ハルカお姉ちゃん……どこかへ行っちゃうの?」
「ああ。二人には、やるべき事があるんだ」
ロロアちゃんの頭に手を乗せて、諭すように言うリリアさんだけど、ロロアちゃんの瞳が潤んで今にも泣きだしてしまいそう。
ずっと、毎日一緒に過ごして来たからね。私も2人との共同生活は楽しかったし、出来ればお別れはしたくない。
「嫌だよ!私、お別れしたくない!」
「私もしたくない!」
ロロアちゃんに同調するように叫びながら、私は席を立ってロロアちゃんを抱き締めに行った。ロロアちゃんも私をぎゅっと抱きしめ返してくれて、その幼い体温が伝わってくる。
でも、行かなければいけない。私は皆と会って、今私達が置かれているこの状況を整理する必要がある。というか、皆に会いたい。ロロアちゃんと一緒にいたいと思う気持ちと同じくらい、私には会いたい人がいる。
「我儘を言うな、ハル。ワシらはこの世界の人間ではなく、エルフでもない。お主には、ワシと共に勇者とやらに会いに行き、その存在を確かめる義務がある。それがもし本当にお主の知る人物達であったら、その時はそ奴らと行動を共にする事になるじゃろう」
「ハルカ殿には、ハルカ殿の仲間がいる。きっと、かけがえのない人たちなのだろう。そんな人に会いに行くのを、邪魔したらいけない。ロロアになら、この意味が分かるはずだ」
「……ぐす。ふええぇぇ」
「ぶわぁぁぁぁ!」
ロロアちゃんが、ついに泣き出してしまった。私の胸の中で、その小さな瞳から涙を流す。
私も思わず、泣いてしまう。耐え切れなかった。鼻水を垂らし、涙を流し、本気で泣いた。泣かずになんていられるかって話だよ、こんちくしょう。私はロロアちゃんを抱き上げると、逆にその胸の中で泣かせてもらう。
そんな私の頭を、ロロアちゃんが慰めるように撫でて来てくれた。
口では嫌だと言ったけど、私もロロアちゃんもお別れは仕方のない事だと理解している。だから、もうお別れを嫌がるような事は言わない。代わりに、泣いた。泣いてお別れを惜しむ事にした。
「ところで、昨夜は随分と盛り上がっていたようじゃな」
「見ていたのか」
「うむ。お主程の腕前を持つ者を、ハルは越えた。これでハルは、この世界で自分の身を守るための力を手に入れた事になる」
「ああ。セカイ殿の言う通り、ハルカ殿の力は素晴らしい。彼女に剣を教えられたことを、誇りに思うよ」
「そうじゃろう。そうじゃろう」
私が褒められているのに、セカイは嬉しそうだ。私も勿論、嬉しい。
でもそれよりも、ロロアちゃんの抱擁が心地よくてたまらない。今私は、幼女の胸の中に抱かれ、頭を撫でられています。こんな事をされたら、お別れしたくなくなっちゃうよ。
「しかし、明日出るのか。なら、旅の支度をしなければいけないな」
「うむ。一通り、旅に必要な物を揃えて欲しい。じゃが、金はない」
「金は必要ない」
「ぐす……で、でも、リリアさんに出してもらう訳には……」
「私じゃない。村長に出してもらう。セカイ殿が作った薬品は、この里に大きな恩恵をもたらしてくれたからな。それくらいの金は快く出してくれるはずだ。それと、ハルカ殿が所持していた世界樹の枝だが、そろそろちゃんとした武器に仕上がっているかもしれない。仕上がっていなかったら、それはそれで仕方がない。とにかく朝食が終わったら見に行ってみよう」
「あー……」
そういえば、リリアさんはあの枝が世界樹の物だと知ると、すぐに武器に加工してもらおうと言ってどこかへ持って行ってしまったんだっけ。でもいくら頑丈とはいえ、元は木だ。どんな武器になるんだろう。
存在すら忘れかけていたんだけど、ちょっと楽しみ。
「道中の身を守るための武器は、それで良さそうじゃな」
「ああ。そうだ。セカイ殿も一緒に来てくれ。旅に出るなら、二人とも身なりも整えた方が良いだろう。その格好では、ちょっとな」
私は自分の服を見て、セカイも自分の服を見た。それからセカイの方を見て、私は納得する。
「そうじゃな。ハルの格好は、肌の露出が多くて旅に適していない。着替えるべきじゃ」
「いや、私じゃなくて、主にセカイの方が酷いと思うよ?」
「ワシは問題ない」
「問題だらけでしょ」
「どっちもどっちだ」
「えー!」
私の服、セカイと同じ扱いなの?私、ちゃんと服着てるよ?靴、はいてるよ?足はスカートだから露出してるけど、学校の制服に相応しい高そうなシャツに、ブレザーも着ている。どっからどう見ても、ちゃんとした服を着た人だ。
それなのに、ただの布切れを羽織った裸足のセカイと同じ扱いをするリリアさんには、断固として抗議する。
という訳で、私達は服屋さんへやってきた。途中で村長の家に寄り、その際にリリアさんが半ば強引にお金を出してもらうように交渉してくれたので、お金の心配はない。なんかいっぱいお金を受け取っているのを見た。これで心置きなく、なんでも買う事が出来る。
「見て見て、セカイ!こんなのどう!?」
「実によく似合っている。ハルは何を着ても、スタイルが良いので見栄えがいい。じゃが、旅に出るのだぞ。それでは動きにくいし、万が一戦闘になった時に不利じゃ」
服屋さんの試着室から姿を現わし、選んだ服をセカイに見てもらったら、褒められた後に現実的な感想を述べられてしまった。
私が着ているのは、他のエルフの女性が着ている、一般的な服装だ。ロングスカートに、緑を基調とした麻布の服。露出は少ないけど、確かに少し動きにくい。でも可愛いでしょ?私のようなスレンダーな体系の人に、よく似合う服だと思う。
私、可愛い。
「セカイ殿の言う通りだ。その点、こちらの服はどうだ?動きやすく、旅にも適している」
リリアさんがそう言って持って来たのは、リリアさんと似たような袴の服だった。うん。別に嫌いじゃないよ。でもいまいちピンと来ない。
とりあえず着てみて、セカイにベタ褒めされたけど、これで旅に出るのはちょっと。
「これはー?」
とそこへ、新たな服を持って来たのはロロアちゃんだ。
彼女は黒のローブを持っていて、ファンタジーな世界でよく見る魔法使いが羽織っていそうな服だ。サイズ的には私向けと言うより、セカイ向け。確かに、コレはセカイによく似合いそう。ロロアちゃん、良いセンス。
「ワシにか?ワシはいらん。これで充分じゃ」
「同じ服の、サイズ違いがあった。どうせなら、二人でお揃いにして着てみたらどうだ?」
「ハルと、お揃い?……仕方がないのう。そういう事なら、着てやろう」
私とお揃いと聞き、ちょっと嬉しそうに服を着るための行動に出るセカイが、可愛い。
そんな感じで、服の方向性が決まった。上はコレでいいとして、後は下に着る服だね。