師を超えて
月明りが差し込む深夜の森の中に、金属と金属がぶつかり合う音が響く。音の出所は、美しい少女2人による、乱撃だ。
もうどれくらい、この打ち合いが続いているかも分からない。時には攻撃を華麗に受け流し、時には力技ではじき返し、時には身体の動きだけで攻撃をかわす。
リリアさんから教わった全ての動きを駆使しながら、私はリリアさんと戦っている。
「──月揺らぎ!」
リリアさんが私に向かって剣を突き出し、突撃してきた。真っすぐに突っ込んできているだけのはずなのに、リリアさんのその剣と姿が揺らぐ。
あの時の技だ。かつて私はそれを受け止める事ができなかった。
ただ、今回のこの技はあの時と威力が全く違う。たぶんこれが直撃したら、風穴が開くね。
だけど、違うのは威力だけじゃない。私も成長し、あの時とは違っている。リリアさんの動きは、私に全て見えている。例え揺らいで見えるとしても、空気の流れや気配などで分かる。私の感覚は、それくらいの域にまで達しているのだ。
「ふぅー……」
私は息を吐きながら、剣先を揺らいでいるリリアさんの刀の先端に当てた。そして刀の側面をわずかに叩き、軌道をずらす。
叩いたと言っても、触る程度だ。僅かに触れただけでも、充分に軌道はずれる。そしてこの刀はもう私を捉える事はない。
「っ!」
自分の攻撃の軌道がずらされた事に対し、驚くリリアさんに攻撃を仕掛ける。
「獅子舞花!」
リリアさんから教わった……と言うより、見て覚えた技を繰り出した。
高速で4回剣を突き出し、まるで同時に襲い掛かってくるように見える、あの技だ。確かこんな名前だったよね。
「えっ」
でも信じられない事に、その4回の突きを、リリアさんはかわした。突然早送りにでもなったのかという勢いで素早く動き出し、全てを避け切って見せたのだ。
更に勢いそのままに素早く動き、私の背後を取って来た。そして上段からの切り込みをお見舞いしようとしている。
完全に隙を突いたと思ったのに。避けられる事なんてないと思ったのに……いや、それはそれで問題だから、リリアさんなら避けるとは思っていた。でもまさかの出来事だよ。一体この人の身体能力は、どうなってるの。そして今までどうしてそんな動きが出来るという事を教えてくれなかったの。
そっちがその気なら、私だってちょっと本気出しちゃうよ。
「ああああぁぁ!」
私は振り向きざまに、向かい来るリリアさんの刀に向かって全力で剣を振りぬいた。その瞬間、風が巻き起こって木々の茂みがざわめく。急に、夜の静けさに包まれていた周囲が騒がしくなった。
「くっ!?」
リリアさんと私の剣が衝突し、一瞬せめぎ合ってからどちらからでもなく引いて、再び剣を繰り出してまた衝突。手が痺れる。でも手に力はちゃんと入る。
更に私は全力で剣を打ち付けた。リリアさんもそれに対抗し、壮絶な打ち合いとなる。コレは技と技のぶつかり合いではなく、力と力のぶつかり合いだ。
そうして打ち合いを続けていたら、リリアさんの刀が空を飛んだ。打ち合いに耐え切れず、手から刀を離してしまったのだ。
驚いた表情を浮かべるリリアさんに構わず、私は剣をリリアさんの喉元に突き付ける。それでリリアさんは、その場から動けなくなってしまった。
「……見事だ」
「わっ」
やがて、リリアさんがニヤリと笑って来たので、それで試合終了。私は剣を下げた。
けどその瞬間に、剣が砕け散ってしまった。
「打ち合いに、剣が耐え切れなかったようだな」
「元からボロかったの?」
「そんな事はない。手入れもちゃんとされている、いい剣だ。普通なこうはならないよ」
「でもなっちゃいました」
「つまり、ハルカ殿が普通ではないという事だ」
嬉しそうに笑いながら、飛んで行った刀を拾いあげ、鞘におさめるリリアさん。その姿はなんだかとても満足げで、スッキリしたようだ。
私は、命懸けの戦いとやらを経験してどっと疲れて汗が噴き出してきているんだけどね。随分と余裕だね、この美人エルフお姉さんは。やはり、経験の差というやつだろうか。
「さて。私の完敗だ。まだスキルも教えていないのに、実力で上を行かれるとはな。剣を教え始め、わずか二月の出来事だ。私が数十年で身に着けた実力を、たったの二月だぞ。さすがは、異世界から召喚されし勇者と言った所か」
「へ?いやいや、手加減してくれてたんじゃないの?」
「いいや。正真正銘、全力だったよ。ハルカ殿に、私の技は何一つとして通用しなかった。貴女は間違いなく、私よりも強い。それを確かめたくて、こんな夜中に呼び出してしまった」
「なるほど。夜じゃなくてもよくない……?」
「昼間に、勇者の話を聞いた。それが頭から離れず、いてもたってもいられなかったのだ。勇者の力。それをハルカ殿の中に見て、その実力をどうしても試したかった。その結果は、私の惨敗。もしかしたらハルカ殿の実力は、レトラを倒したと言う勇者にも劣らないのではないか?私はそんな人物に剣を教えたのだ。鼻が高いよ。……少し、悔しいと言う気持ちもあるがな」
スッキリしたようだけど、寂しげでもある。月明りに照らされるリリアさんのそんな表情が、印象的だった。
でも偶然だね。私も昼間に聞いた、勇者とやらの話が頭から離れなかったんだ。もしかして私とリリアさんって、気が合う?以心伝心ってやつ?照れるなぁ。
「だが、一つだけ許せない事がある。獅子舞花とか言っていたな」
「ああ、うん。リリアさんの技を見て、パクらせてもらったんだ。どうだった?」
「見て覚えただけにしては、良い完成度だ。だが獅子舞花ではない。四枚花びらだ。最早わざと間違えているのではないかというレベルだぞ」
「いやいやいや!わざとじゃないから!必死に戦ってる時に聞いた言葉だから、ちゃんと覚えられなかったんだって!」
「まぁいいさ。これから嫌という程、その頭と身体に叩き込んでやる。正式に教えてやるから、新しく剣を用意しよう」
「……今から?」
「そう。今からだ」
リリアさんは忘れているのかもしれないけど、今は夜中だ。そしてたった今、私と彼女は壮絶な打ち合いを終えた所である。体力的に、また時間的にも、今から新しい事をするべきではない。
「はは。リリアさん、リリアさん」
「なんだ」
「今は夜中だよ。夜は、寝る時間。しかも今、私達全力で戦った。疲れた」
「だから、なんだ?技を覚えるのに時間など関係ない。それに、私よりも強いハルカ殿が、この程度で疲れたと根を上げてどうする。いいから、やるぞ」
リリアさんの目は、据わっている。こうなったリリアさんは、もう止まらない。
結局私はその日、寝かせてもらえなかった。エロくない意味で。