深夜の決闘
その日は興奮して、よく眠れなかった。
皆が、勇者としてこの世界に召喚され、そして活躍している。そんな夢物語のような話を聞かされ、私の心臓は高鳴りしっぱなしだ。
セカイは元の世界は終わって、皆いなくなっちゃったって言ってたけど、全くのデマだったね。驚かせないで欲しい。コレは、謝罪ものだよ。謝罪の気持ちとして、ハグを要求したい。ついでにちゅーもしてもらおう。
……そう要求したいのはやまやまなんだけど、セカイの様子がちょっとおかしかった。そんな事あり得ない。絶対にないって言って、村長に掴みかかりっぱなしだったんだ。まるで、他の皆がこの世界にいる事を、拒否してるみたいだった。
そんなにおかしな事なのかな?皆がこの世界にいる事が。
いや、ちょっとおかしいか。だって、勇者だよ。皆が、勇者だって。確かに、タチバナ君はそれっぽい節はある。でもアケガタ君はどうだろう。似合わなすぎだ。レーコはちょっと似合うかも。クールでカッコイイ姿が想像できる。クルミは……残念だね。メイは皆を癒す、ヒーラー担当かな。絶対に似合う。
「ふふ」
想像して、思わず笑ってしまった。
同室で寝ている皆に聞こえないよう、布団の中でね。
「……ハルカ殿」
「ふぇ?」
小声で名前を呼ばれ、布団から顔を出すと、リリアさんが枕元に立っていた。
夜中に起こされるという事は、つまりアレだ。この二月近くの期間で、嫌という程味合わされてきた、突発的な修行のお時間だ。
まぁ、夜中の修行は大体寝ぼけていたので、あまり記憶にないんだけども。
「修行に行くぞ。付いて来てくれ」
ほらね。想像した通りだった。
仕方がないので、私は布団から這い出て立ち上がる。セカイとロロアちゃんは気持ちよさそうに眠っていて、羨ましい。
「ほら、行くぞ」
いつもは私が寝ぼけて動きが遅すぎるので、リリアさんが連れて行ってくれるんだよね。今日はそういう意味で立ち止まっていた訳じゃなくて、セカイとロロアちゃんの寝顔がかわい尊かったから眺めてボケっとしていただけだ。目は、覚めている。
でも勘違いしたリリアさんは私の手を掴み、引っ張って行ってくれる。セカイとロロアちゃんを起こさないよう、リリアさんと手を繋いで繰り出す夜のお散歩……なんだか背徳的だ。
「ついたぞ、ハルカ殿。……剣を持て」
「え」
木の下の地上に降り立つと、リリアさんがそう言って私に剣を差し出して来た。その剣は、形こそいつもの木でできた剣である。でもいつもとは違う。この剣は、色が銀色。刃は左右についていて、鋭く細い。
まぁアレだ。本物の剣だ。木よりもズッシリと重く、命を奪うための武器を私は手にする。
「コレ、どうするの?」
「今から私と、打ち合いをしてもらう」
「この剣で?」
「そうだ」
「リリアさんの武器は?」
「私はこいつを使う」
そう言って、リリアさんはいつも腰に差している刀に手をかけ、アピールしてきた。
「危なくはないですかね……?」
「共に修行してきた私が保証する。貴女なら、大丈夫だ。しかし少しでも油断すれば、本当に命を落とす事になる。前のように、頭突きで剣を受ければその頭が割れてしまうからな。その覚悟を持ったうえで、戦ってもらうぞ」
「……」
リリアさんは、本気だ。冗談で戦うなどと言う人ではないし、木々の間から射しこむ月明りに照らされた目が、本気だという事を物語っている。
「……おっけー。ちょっと怖いけど……やってみる」
「珍しく、ちゃんと目が覚めているようだな。覚めていなかったら危ないからやめようと思っていたのだが、良かったよ」
「おっと……」
それじゃあ、寝ぼけているフリをしておけばよかった。こんな危ない事、出来る事ならやりたくはないから。
「ふ、ふわぁあ……眠いなぁ。やっぱり寝ぼけてるかも」
「わざとらしすぎる。さぁ、始めるぞ」
「わっ!ちょ、ちょっと待って!構えるから!」
刀に手をかけ、腰を下ろして構えるリリアさんに、私は慌てさせられた。
少し距離を取り、剣を構えて呼吸を整える。そして気を集中。リリアさんとしてきた修行で身に付いた基本的な構えだ。
「私との修行の成果を全て使い、本気で打って来い。私も、本気で打つ」
「ほ、本気……!?」
「そうだ。だから、絶対に気を抜くな。では、開始する!」
抗議したい事はある。でもリリアさんが開始といったら、この瞬間からいつ攻撃してきてもおかしくはない。
過去に、無駄口を叩いていたら、あっという間に背後をとられて打ち付けられたことがある。でもそれは、木の剣だったから痛いだけで済んだ。今回は、違う。真剣だ。斬られたらおしまいなんだよ。
でもリリアさん。刀を鞘にしまったままだ。手を添えて構えてはいるけど、これ攻撃してもいいの?
「……」
私はジリジリとリリアさんに近づいていき、牽制する。でもリリアさんは全く動かない。
変に、緊張する。それはリリアさんの目が真っすぐに私を捉えているからで、同時に私の喉元にいつでも剣が飛んで来そうな気がして、怖いのだ。リリアさん、ただ構えてるだけなのに迫力ありすぎ。
これだけで、今までは本当に手加減して戦ってくれていた事がよく分かる。
私は、意を決してリリアさんの間合いに飛び込んだ。そして剣で斬りかかる。
「っ!?」
一瞬だった。リリアさんがいつの間にか刀を抜いていて、私の剣を弾き返して来たのだ。素早さだけではない。その振りぬいた刀によって打たれた剣を握る手が、思いきり痺れて痛みすら感じる。
でもこの手を離す事はない。ここで剣を離したら、私は丸腰となってしまう。一瞬にして、試合終了だ。
私は必死に剣を掴みつつ、私の剣を弾き終わったリリアさんが、二撃目を繰り出そうとしているのを目で追っている。その刃先が下方から突きあげるようにして私の顔面に向かってきており、私の命を脅かす。
前は同じような状況で、頭突きによって剣を破壊することができた。しかしコレは真剣。頭突きを繰り出す訳にはいかない。
私は咄嗟に、首を傾けつつ身体を後ろに反らす。そしてリリアさんの刀は、私の髪を掠めて後ろに逸れて行った。
「……」
「……」
その際に、私はリリアさんと目が合い、ほんの一瞬だけの睨み合いの時間が生じる。勿論、私は懐に入り込んできて、攻撃を避けられてしまった事により隙の生じた彼女に対し、攻撃を仕掛ける事を企んでいる。
でもその前に、リリアさんが後方に飛び退いてしまった。それにより、私は攻撃の機会を失う。その代わり、体勢を立て直して剣をしっかりと構えた。
「イイ感じだ。だが、私が居合で剣を弾いて来るとは考えていなかったのか?初動が少し鈍かったぞ」
「えー……」
師匠に、怒られてしまった。確かに、まさかそんな事をしてくるなんて思いもしなかった。なんせ私は素人なんでね。居合だとかそういうの、よく分からないんだよ。あと、まさかそんなに早く刀を抜ける物だとも考えていなかった。
リリアさん。速すぎ。
「だが、その動きは見事だ。不測の事態にもよく対応している。私が教え始めた当初とは、全くの別人だ。君の成長には、本当に驚かされる。……楽しくなってきたな。さぁ、もっと私を楽しませろ。もっと私を興奮させてくれっ!」
怒られたと思ったら、褒められた。そして頬を赤く染め、興奮気味に笑いながら私に訴えかけて来る。
その姿はどこか狂気に染まっており、私は引いた。でも息を荒げて頬を赤く染めるリリアさん、可愛い。
そんな姿を見せられたら、期待に添えたくなっちゃうじゃない。私はリリアさんをもっと興奮させるべく、再び斬りかかった。