勇者の噂
リリアさんの鍛錬は突発的に夜中にも行われ、私はその度に叩き起こされて一緒に剣の修行に励んだ。半分寝ながらしてた修行に、意味があるのかどうかは分からない。リリアさんも私の寝起きが悪い事を理解した上で連れ出してるから、最初は何か言ってた気がするけどしばらくしたら何も言われなくなった。諦めたんだね。
でもその分、昼間の鍛錬は頑張ってるよ。リリアさんの過酷な指導を受け、私は日に日に剣の腕とやらをあげていっている。
日々は恐ろしいくらいの速さで進んで行き、こんな生活を送っているためか、元の世界の事を考える余裕もない。それは私にとって大いに助かる事で、だけど日に日にこの世界を現実として受け止めつつある自分がいる。でも現実として受け止めてしまうと、メイや友達に、家族は──いや、考えたらダメだ。考えたら、泣きたくなる。
ただただ剣を振るい、疲れ果てて一日を終える。それだけだ。
「……」
「……」
その日も修行の一環で、私はリリアさんと剣を手に対峙している所である。
互いに真剣に見つめ合ってけん制し合ってから、リリアさんから仕掛けて来た。距離を詰め、両手で持った木の剣を私に向かって振り下ろしてくる。
私も同じように木の剣を持っていて、リリアさんの剣を剣先でちょっとだけ受け止めると、その軌道が大きく逸れる。結果、元々私の頭を狙っていたはずのリリアさんの剣は、私に掠る事もなく地面に向かって落ちていくことになった。
更に、体勢を立て直したリリアさんが斬りかかってくる。繰り返して繰り出してくるその剣を、私は全て、剣先で受け流して軌道を変えて見せた。
「最後の一撃だ!全て受け切って見せろ!」
しばらくそうしてリリアさんと打ち合いをしていると、リリアさんがそう叫んだ。それを聞き、私は元々集中していたものを、更に集中してリリアさんの攻撃に備える。
「四枚花びら!」
「っ!」
リリアさんの剣が、4つ。同時に私に襲い掛かってくる。見た事のない技に、私は驚かされた。でも驚いている場合ではない。
私は咄嗟の判断で、まずは上段の一撃を逸らした。それと同時に、右からの攻撃を逸らす。剣先と、剣の付け根を利用して2つ同時に逸らしたのだ。それから、残る下方と左からの攻撃も、同じように同時に対応する事で逸らす事に成功する。一瞬の事である。このスピードは、リリアさんとの修行の中で培われた物だ。
でも集中してなかったら、身体を打たれて痣になる所だったよ。頭を狙ってくれればいいのに。そうすれば、頭突きで破壊するだけだ。
「……見事だ。いや、見事すぎる」
リリアさんの剣を受け流し、リリアさんの眼前に剣を突きつけたら、リリアさんは笑った。
「ふはぁ……!」
それが戦いの終わりの合図という事で、私は剣を下げて息を吐いた。集中しすぎて、息をするのも忘れていた。思い切り息を吐き、そして吸う。うん。空気が美味しい。
そうしていると、小さな拍手の音が聞こえて来た。そこにはセカイがいて、セカイの隣にはエルフの男の人。この村の村長がいる。拍手をしていたのは、村長だ。
「傍目に見て、二人とも素晴らしい剣の腕前だ。いや、リリアは元々剣士として修行して来た身だからそうなのだが、ハルカ殿は剣を知ってからまだ日が浅いと聞く。にわかには信じがたい話だ」
「お前は剣にあまり興味がない。そんな話をしにきた訳ではないだろう?」
「ああ。実は、ハルカさんとセカイさんに話があって来た。今朝届いた情報なのだが……」
「もったいぶらずにさっさと言わんか。ワシは薬品の精製に忙しいというに、ハルと一緒に話すと言うからわざわざついてきてやったのじゃぞ」
セカイは私が剣の修行に暮れる傍らで、薬を作っている。『この森の薬草はもっと有意義な使い道があるのに、それを活かせていないのは愚かじゃ。』という事で、様々な薬を作ってその制作方法を伝授しているのだ。
セカイが教えているエルフ達からは、先生と呼ばれてるんだよね。無詠唱魔法も珍しいという事もあり、セカイはこの村に来て早々、かなりの人望を集めている状態だ。共に行動する私としても、鼻が高い。
「……実は、人間が異世界からの勇者の召喚に成功したという情報が入っているのです」
「ほう。勇者」
「リリアさんが言ってた、大昔にもあったやつだよね。何か魔族を追いやったとかなんとか」
「そうだな。勇者が召喚されたという事は、人間がそれだけ追い詰められているという事。しかしそうそう実現できる物でもないはず。いつでも自由に召喚できるのなら、この世界は今頃勇者だらけだからな」
「召喚の詳細は人間しか知らないが、数百もの魂を必要とすると聞いた事がある。それも、人間だけではない。多種多様の種族の者の、生きた血と魂が必要なのだ。それだけでもあまり実行できる物ではない事が分かる」
「こわー……」
それってつまり、生贄って事だよね。こわー。ホント、こわー。この世界ってやっぱ、ヤバイんだね。元の世界では当然のようにあった人権が、この世界では圧倒的に軽く感じてしまう。
「勇者は人間側の期待に応え、各地で活躍。その名声を轟かせつつある」
「何の戦功をあげた?」
「大きな所では、かつて大勢の人間が住んで栄えていた町。港町のライージャを飲み込んで住み着いた巨大亀。レトラを討伐して町を取り返したらしい」
「レトラを討伐……!?事実だとしたら、相当な実力だぞ」
「ああ。数百年前の勇者の再来と言って良いかもしれない。そしてそんな勇者達がこの世界にやってきたのと同時期に、ハルカさん達もやってきた。それをふまえ、ハルカさんの剣の腕間をどう思う?」
「……」
村長の問いかけに、リリアさんは答えなかった。沈黙し、私を見つめて来る。私は意味が分からなくて首を傾げた。
「待て。勇者がやってきたのは、ワシらが現れたのと同時期と言ったか?」
「そうです。ですから今から丁度、二月前ですね」
「ワシが世界を終わらせる直前に、召喚……?いや、まさか。世界は他にもある。ありえん。偶然じゃ」
村長に質問し、セカイは珍しく頭を抱えて考えるような仕草を見せた。
私はそちらの意味もよく分からない。よく分からない事が、あちらこちらで起きている。
「ちなみに勇者の名は、タチバナ シュースケと言うらしいです」
「んなっ!?」
その名を聞いた私は、驚愕した。シュースケ?シュースケって、あの周介?タチバナって、あの立花?偶然?いや、あり得ない。フルーネムで私の知った名前が出るなんて事、現実的に考えて可能性はないに等しい。
「あり得ぬ!よく考えなおせ!本当にその人物はその名なのか!?」
私と同様に、驚いてセカイが叫んだ。そして村長に掴みかかっている。掴みかかっていると言っても、村長とセカイとでは身長差が大きいので、子供が大人に甘えているだけのようにも見えてしまう。
「間違いありません。他にも、アケガタなる人物や、クルミやレーコという人物もいるようです。皆が皆で勇者で、それぞれがとんでもない力の持ち主だと言う情報です」
「……はは」
「ハルカ殿!?」
私は、私の知る名前が次々と出て来た事に、自然と軽く乾いた笑いが出て来た。そして全身から力が抜け、思わずその場にへたりこんでしまう。
私はバカだからよく分からないけど、つまりアレだ。私以外にもこの世界に皆が来ていて、私は皆とまた会う事ができるという訳だ。この、覚める事のない夢のような世界で、皆と会えるんだよ。身も心も、震えた。