ご褒美
その日から、私の過酷な日々が始まってしまった。
リリアさんとロロアちゃんの家に居候する事になったのは、良い。同じ部屋に布団を並べて敷き、4人で寝るのは凄く楽しかった。狭い事を気にしているリリアさんだったけど、私は全然気にならない。むしろ、この距離感好きです。
でも次の日から早速だったよ。リリアさんに凄く早い時間に叩き起こされ、家の外へと連れ出された。そして木の剣で素振りをさせられた。腕が痛い。手にもマメができた。続いてマラソンだ。それが終わったら朝食のため小休止で、また素振り。正しい振り方とやらをできるまで、続けろと言われた。そしたらまたマラソン。疲れている所に、リリアさんと剣の打ち合いでへとへとに。昼食で小休止。また、似たようなメニュー。そしてようやく夕食。今日の修業は終わった。
「……」
「ハルカお姉ちゃん、大丈夫……?」
イスに座って伏せている私の膝の上に、ロロアちゃんが上半身をのせて心配そうに見上げて来た。
私は今、真っ白に燃え尽きている。今日一日の修行で、全ての体力を持っていかれてしまった。もう何もする気がおきない。というかできない。
こんな可愛いロリっ子が目の前にいるというのに、抱き締めてあげる事すらできないのだ。ごめんね、ロロアちゃん……。
「首尾はどうじゃ?」
「まさか、この練習量についてこれるとは思わなかった。これが毎日鍛錬に鍛錬をつんで来た兵ならついてこれても不思議ではないのだが、ハルカ殿にその気はない。やはり普通ではないな。異世界人は皆そうなのか?」
「確かに、元の世界でもハルは運動神経が抜群に良かった。特に要領がよく、なんでも卒なくこなしてしまう天才タイプと呼ばれる人間じゃったのだ。じゃが、力もスピードも体力も、ここまでではない。むしろ異世界でここまで動く事の出来る人間はただ一人としていなかった。それがこの世界にやってきた事により、覚醒。強大な力を手に入れた。それは異世界転移という、空間を捻じ曲げる力がハルの力を捻じ曲げた結果じゃろう。恐らくじゃが、昔やってきたという異世界からの勇者にも、同じような事がおこっていたはずじゃ」
「……それはつまるところ、ハルカ殿も勇者と同等の力を持っているという事か?」
「かもしれぬ、という所じゃな。その勇者の力を、ワシは知らん」
同じ部屋で、リリアさんとセカイが会話をしている。けどその話に加わる事も、それどころか聞く耳を持つ事もできない。私はそれだけ、憔悴しきっているのだ。
「そちらは、村長と話して何か得る物はあったのか?」
「うむ。この里にしばらく滞在する許可を得る事ができたぞ。それから、この世界の事も色々と聞いて来た。今後に活かす事ができる有益な情報じゃ」
「では、しばらくは滞在するのだな。いや、そうでなくては困るのだがな。落花一心流をハルカ殿が覚えるまで、いてもらわなければならん」
「その通りじゃ。それから、ロロアを攫おうとした人間どもは、森の結界と森の守護者によって、撃退されたらしい。やはり人間の大きな組織が関与しているようでな。相当な数の人間が森に潜伏していたようじゃ。が、詳細は今は伏せておく」
「気遣い、感謝する」
身体が、動かない。こんなのが、毎日続くのかな。夕飯を食べて美味しかった記憶はあるけど、疲れているせいか全く満たされない。
リリアさん、スパルタなんだよ。少しでもサボろうとすると、厳しい叱責が飛んできて、たまに木の剣の腹の部分で叩かれたりもした。いや、ご褒美的な側面も持ってて最初はニヤけてたんだけど、後半はもうそんな余裕がなかったね。
私たぶん、ダメだ。
「ハル。鍛錬、よく頑張ったようじゃな。風呂に入って、汗を流すが良い。なんなら、ワシが背中を流してやるぞ」
「……今、何て?」
「わ。ハルカお姉ちゃん、目が復活したっ」
私の顔を覗き込んでいたロロアちゃんが、そう言った。その頭に手を乗せて、撫でながらセカイの復唱を待つ。
「よく頑張ったようじゃな。風呂に入るが良い」
「その後」
「ワシが背中を流してやるぞ」
「お願いします」
「では、いつまでも休んでいるな。風呂に行くぞ」
という訳で、私はセカイとお風呂に入る事になった。
このリリアさんの家にはお風呂が備え付けられていて、木の湯船にお湯がたっぷりと貯められている。蛇口がある訳ではないのに、どこからお湯が出てくるんだろうと思っていたけど、細かい事は気にしない。
昨日はそのお風呂にゆっくりと浸からせてもらい、とても気持ちが良かった。そして今日は、セカイが背中を流してくれると言う。
たまらん。私は脱衣所でセカイと一緒に服を脱ぎながら、気が気じゃない。女の子とのお風呂は初めてという訳じゃないけど、私にとっては一大イベントだ。でも女が女と一緒にお風呂に入るのは普通な訳で、何も不自然ではない。私、女に生まれて良かったよ。ホントに。
「ぐ、ぐふふ」
「気持ちの悪い笑みを浮かべているな。というかこっちを見てどうする。これでは背中を流せんぞ」
お風呂に入り、セカイの裸を目の前にしてニヤけずにはいられない。セカイの肌は本当にキレイで、真っ白。頬の傷も一晩ですっかりよくなっていて、元通り。セカイって、幼くはあるけど本当にいいスタイルなんだよね。
「ほれ、前を向け」
「はい」
「痛かったり、痒いところがあったら言うが良い」
「はあぁん」
おとなしくイスに座って背を向けると、セカイが背中をスポンジのような垢すりでこすってくれる。すると、自分で言うのもなんだけどセクシーな声が出た。気持ちよくて、思わず出してしまったのだ。
「気持ちの悪い声を出すでない……」
「いや、でも……んっ、セカイ、上手。あ、そこダメ。わ、私……ひゃんっ。これ、癖になりそうっ」
「大げさじゃ。ただ背中を洗うだけで、何故そうなる」
「でもぉ……」
人に背中を洗ってもらうのって、こんな感じなんだね。本当に気持ちよくて、本当に癖になってしまいそう。
「……終わったぞ。後は自分で洗えるな?」
「あ、うん。ありがとう。それじゃあ次はセカイの番だね」
「ワシは別にいい」
「いいから、いいから。はい、座って」
断ろうとしたセカイと場所を代わり、セカイをイスに座らせて私はその後ろに立つ。そしてセカイの髪の毛をまずまとめあげて、タオルで縛って頭上で固定する。そしてそのシミも傷もないキレイな肌に、石鹸で泡立てたスポンジをあてて軽く擦ってあげた。
「んっ……確かにこれは、悪くない」
セカイが声をもらし、気持ちよさそうにしている。どうやら、私の気持ちが少し理解してもらえたようだ。
可愛いなぁ、セカイ。私は調子に乗って、その後セカイの全身を洗ってあげた。変な所を触ろうとしたらさすがに怒られたけど、でも楽しいお風呂の時間となった。2人で一緒に湯船に浸かったりもしたんだ。本当に最高の時間だったよ。今日一日の疲れが、セカイのおかげで大分取れたと思う。頑張った甲斐があったよ。このご褒美があるなら、私は毎日だって頑張れる気がしてきた。
「──ハルカ殿。なんだか身体を動かしたりないので、夜間鍛錬をするぞ」
でも、お風呂からあがってリリアさんにそう言われた時は、絶望したね。