生きる術
死にたくはないので、私は木の剣に向かって額を差し出した。むしろこちらから頭突きして向かっていくスタイルである。
自覚はなかったけど、あの世界樹にヒビをいれた私の頭突きだ。これならなんとかなるかもしれない。どの世界樹だと言いたい所だけど、現状こうする以外に道がないのだ。苦肉の策だよ。苦し紛れだよ。もうどうにでもなれ。
「ふんぬっ!」
気合を入れて繰り出した頭突きが、リリアさんの木の剣とぶつかった。その瞬間、パキっと嫌な音がした。最初、私の頭が砕ける音かと思ったよ。でも違う。砕けたのは木の剣だった。
「なに!?」
「ぐおおおおおぉぉぉ!」
持ち手の部分から先が割れ、地面に落ちていく。
それを見送ってから、私は頭を押さえて叫んだね。痛くて。
「何故頭突きを繰り出した!?寸止めしようとしていたのに……!」
「そうなら、そうと言って……!」
「大丈夫か、ハル?お主はすぐに頭突きする癖でもあるのか?中々に突拍子もない行動に、ワシも引いたぞ。何故頭突きした」
「そもそも、セカイが悪いんじゃん……セカイがリリアさんと戦えとか言うからー……!」
「す、凄い音がした……ハルカお姉ちゃん、痛そう……」
「いや、だが、本当に大丈夫か、ハルカ殿。木とはいえ、あれだけの勢いで当たればタダではすまないはず……ましてや、私の奥義がぶつかったのだ。骨が砕けていてもおかしくはない。というか本当に死んでも……とにかく見せてみろ」
私が顔をあげると、リリアさんが私の前に膝を付いて額に手を当てて来た。髪をかきあげられ、まるでキスでもされそうなシーンである。
現実は、私の額が砕けたどうか確認してもらっているだけだけど。
「ぐす。どう?私のおでこ、砕けて酷いことになってない?」
「……骨に異常はない。外傷も少し赤くなっている以外に目立ったところがないな。しかし、元々怪我でもしていたのか?今できた物ではない傷から、血が出ている。私の剣により、傷が開いてしまったようだ」
「それは古傷じゃ。今の攻撃による物ではない。よって、今のリリアの攻撃によるハルのダメージは、ほぼなしじゃ。派手に叫んでいるが、大袈裟なだけなので気にせんで良い」
「その扱いは酷い!大体にして、木に頭突きしたのも、こうして頭に剣をくらったのも、キッカケはセカイだから!責任とって!責任!せーきーにーんー!」
「分かった分かった……。また魔法で治療してやるから、額を差し出せ」
そう言うと、リリアさんに代わってセカイが私の額に手を当てて来た。またあの時のように緑色の光が発生し、暖かくなる。そして痛みが楽になった。
「無詠唱魔法……!」
「無詠唱?なにそれ?」
「……魔法を、詠唱なしで使用する事だ」
「そのままだね。それって凄いの?」
「少なくとも私は、それをやってのける人物と出会った事がない。その能力は、非常に珍しい。それと、私の奥義をまともにくらい、いくら真剣ではなかったからとはいえほぼ無傷で済むのもおかしな話だ。私は今、本当に驚いている」
「剣を交えた所でもう一度聞くが、リリアよ。ハルに剣を教えてはくれぬか?」
「……」
セカイに再びお願いされ、リリアさんは黙った。顎に手をあて、何か思案しているようだ。
いや、待った。先程は即答で断ったのに、何を考えてるの?別に教えてくれなくてもいいんだよ。そのスタンスを崩したらいけない。リリアさんは、セカイのそのお願いを断るべきなんだ。
「……戦闘経験がないのは、戦ってすぐわかった。だがその動きは素早く、パワーもある。特に、最後の一撃は素晴らしかったと言わざるを得ない。才能は、間違いなくある。このまま剣を知らずに生きていくのと、剣を習っていくのとでは、ハルカ殿の一生に大きな違いを生むことになるだろう」
リリアさんは独り言のようにぶつぶつと言いながら、私を見て思案する。悩んでいるなら、悩まなくてもいいように言ってあげる必要がある。私にその気がない事を。
「ハルはこの世界で生きる術を知らん。頭もよくない。じゃからせめて、この世界を生き抜いていくだけの力をつけさせてやりたいのじゃ。幸いにして素の力は強い。あとはそれに、経験と技を仕込んでやればバケるはずじゃ。だからどうか、頼む。お主の剣を、ハルに教えてやってくれ」
私には、その気がない。
でも、リリアさんに向かって頭まで下げてお願いするセカイを前にしたら、そんな事言い出せなくなってしまうじゃないか。それに、セカイの想いも知る事ができた。セカイは私に、この世界で生きていくための力をつけようとしてくれている。そのために、リリアさんの教えが必要なのだ。更に何も言えなくなってしまう。
私はセカイが言う通り、頭が良くない。現在の状況に対応するので手一杯だし、例え考えたとしても何も思いつかないだろう。その辺は、セカイに任せっきりである。そのセカイが必要であると判断し、リリアさんにお願いしてくれているのだ。
だったらもう、教わるしかないじゃない。
「……私からも、お願いします。どうか私に、剣を教えてください。その、落花生の一生流を」
「落花一心流だっ。どういう間違え方だ?わざとなのか?それともただのバカなのか?」
「えへへ。後者です」
「何故嬉しそうにする。それとそこは否定する所だ。ハルカ殿はバカなどではない。何故私は自分で言った事を否定している?」
「ハル。話が進まんから、お主は黙っておれ」
せっかくセカイをならって一緒に頭を下げてお願いしたのに、セカイからそう言われてしまった。それじゃあ、黙っていよう。私も、私が喋ったら話が進まなくなるという自覚があるから。
「ハルに剣を教えれば、間違いなくバケる。その師匠であるお主の名も、轟く事になるじゃろう。そして落花一心流とやらの名声も高まり、最強の剣技という称号をほしいままにする事ができる。悪くないはずじゃ」
「セカイ殿は、ハルカ殿の腕を相当見込んでいるようだな」
「実際に戦ったお主なら、分かるじゃろう?」
「……そうだな。……分かった。私にできる限りの剣を、教えよう」
ついに、リリアさんが折れた。
「礼を言うぞ、リリア」
「ありがとうございます、リリアさん!いや、師匠!」
「師匠は止せ。リリアで良い。しかし、そうと決まったからには容赦しない。これから毎日朝早くから私の鍛錬に付き合ってもらうぞ。朝だけではない。昼から晩まで、一日中だ」
「……それは、一日?それとも二日間くらいで終わる?」
「バカな事を言うな。何日も、何週間も何か月も何年も、ハルカ殿が落花一心流を身に着ける事ができるようになるまで、毎日ずっとだ」
「やっぱり私、いいです」
どんな鍛錬か分からないけど、きっとキツイに決まっている。私は、レイコがしていた剣道部の練習ですら、聞くだけで疲れてしまうような人間なんだよ。
それが一日中。毎日だなんて、体力がもちません。お断りです。
「バカを言うな。引き受けたからには、もう拒否権はない。覚悟しろ」
リリアさんはニヤリと笑い、私のお断りをお断りした。