いつもより早い風景
アキは、リビングにいた私に若干驚きつつ、席に着いた。彼女の前には、先ほどお母さんが運んできたご飯が並べられている。
危うく私のせいで床の肥料になる所だったけど、無事で良かったね。
「アキー。おはよー」
「はいはい、おはよう。で、どうしたの、こんなに早い時間に。いや、早くもなんともないんだけどね?」
「お姉ちゃん、怖い夢を見たのー。だから、慰めて?」
「知るか。もういい年なんだから、甘えるな」
「えー……」
アキにそんな事を言われて、お姉ちゃんショックだ。
机の上に突っ伏し、脱力してしまう。ついでにもっと力が抜けて、眠くなってきた。瞼は自然と下がり……おやすみなさい。
「寝るな、バカ姉」
「あいたっ」
目を閉じていたら、頭に衝撃が走った。どうやら、妹にチョップをくらわされたらしい。目を開くと、そこには手を構えるアキがいた。
「じゃあ、慰めてー」
「あー、はいはい。よしよし、これでいい?」
「えへへー」
私はアキに頭を撫でられ、それで大満足である。
キツイ事ばかり言ってくる妹だけど、本当に優しくて可愛い。抱きしめたい。お互い素っ裸のままで、同じ布団で抱きしめながら眠りにつきたい。お風呂に入りたい。おトイレも……と言いたい所だけど、これ以上は自重しておこう。
「いただきます」
私の頭を撫で終わったアキは、手を合わせて挨拶をしてからご飯を食べ始めた。
彼女は既に学校の制服姿で、後はご飯を食べて学校に出かけるだけである。私とは違い、時間に大分余裕のある行動に、感心させられる。
アキがご飯を食べる姿を眺めながら、私も支度しなきゃなーと思う。けど、ボケーっと眺めるばかりで身体がついてこない。
「お姉ちゃんも、もうちょっと早く起きればいいのに。そうすれば、一緒に学校、行けるよ?」
それは、凄く魅力的な提案だ。
愛しの妹と、手を繋ぎながら学校に向かう。美しい。是非ともそうしたい。
「でも無理だよー。お姉ちゃん、起きれないよー」
「知ってる」
「じゃあ、アキが私に合わせるのは?」
「絶対嫌。お姉ちゃんみたいに時間に余裕がない人になりたくない」
「えー……」
「はは。二人は仲がいいなぁ」
「全然良くないからっ」
笑いながら言ったお父さんの言葉を、アキはご飯をかきこみながら否定した。
別に、否定しなくても良くない?お姉ちゃんショックだ。今日起きてから、何回ショック受けてるんだって話だよ。
それからアキとお父さんは、すぐに出かけて行ってしまった。私はいつもよりせっかく早く起きたと言うのに、家に取り残されてしまったのだ。となるともう、寝るしかない。
「寝るな。せっかく早く起きたんだから、さっさと支度して、さっさと出かける。たまには出来るところを見せなさい」
でもお母さんに急かされて、寝ている場合ではなくなってしまった。
ご飯を食べ、歯を磨き、着替え、髪を整えるという一連の行動を、ずっと監視されていたからね。サボろうとするとすぐに檄が飛んできて、さっさと支度するしかない。拷問だ。
「はー……」
そんな母から逃げるように、私はトイレに駆け込んだ。ここが、今の家の中で唯一私が寛げる場所になってしまったのだ。
驚く事に、最後の楽園。ユートピアとはトイレの事だったのだ。
「あと30秒以内に出て来なければ、扉をぶち破るからね」
「わぁお!?」
むしろ30分くらいこうしているつもりだったのに、扉の外からそんな声が聞こえて来た。
おかげで私は慌てて用を足してから、トイレを出る事になってしまったのだ。
そんな感じで、せっかく早く起きたと言うのに、のんびりとする時間は全くない。全てを速やかにこなし、半ば追い出されるように家を後にする事になった。
「いってらっしゃい。明日からも、この調子で頼むよ」
家の玄関の前で、私を見送りながら母がそんなふざけた事を言って来た。
散々私のペースを崩し、急かしておきながらよく言うよ。こんな調子で明日からも?冗談ではない。
「無理」
「無理じゃない。大体、あんたは──」
「いってきまーす!」
小言は聞きたくない。私は話を強制的に打ち切ると、急ぎ足でその場を去った。
朝から、とんだ目にあってしまった。悪夢でいつもより早く目が覚めてしまったかわいそうな私を、慰めるどころかさっさと支度させて家から追い出す。なんて酷い事をするんだ。本当に悪魔だよ。
でも、早起きすると良い事もある。しばらく歩いて学校へと向かい、周囲に大勢の同じ学校の制服を着た生徒たちが増えてきた頃、その後ろ姿を発見した。
「メイー!おっはよー!」
私はその後ろ姿に追いつきつつ、背中を軽く叩いて挨拶。彼女の隣に並んだ。
「え、えぇ!?ハルちゃん?どうしたの、こんな朝早くに。いや、早いっていう訳ではないんだけど」
私の姿を見て驚いた彼女の名前は、宮内 芽衣子。私のクラスメイトで、親友だ。
彼女はおっとりとしたタレ目の女の子で、笑うと柔らかくて凄く可愛いんだ。身長は小さ目ながらも、出る所は出ていてとても女の子らしい身体つきをしている。有体に言えば、いい身体だ。エロい。
あと、髪の毛が毛量のあるもふもふのロングヘアで、抱き締めると凄く心地良い。
親友だけど、たまに食べちゃいたくなる。それくらい可愛くて、魅力に溢れる女の子。それがメイだ。
「アキと同じような反応するねー、メイー。私だって、たまには早く起きて登校する事くらいあるよ」
「ハルちゃんと知り合ってから、一回もそんな事なかったよ。初めての事だから驚いてるんだよ。一瞬夢か幻かと思っちゃったよ。それくらいない事なんだよ。驚くよ」
「んじゃ、サボろっか!」
「サボりません。ちゃんと学校に行きます」
「冗談だよー。一応私、無遅刻無欠席で皆勤狙ってるし!」
「それが不思議なんだよね……。なんで毎日ギリギリに来てて、無遅刻無欠席が続いてるんだろう、って」
「人間追い込まれたら、案外なんでもできちゃうものなんだよ。実際、学校が始まるニ十分前に起きたとしても、気合でなんとかなった」
「ハルの家から学校まで、確か走って十五分くらいって言ってたよね……?」
「超急いで、十分。朝食だけは抜けないから、超頑張った」
あの日はホント、慌てたな。さすがにダメかと思ったけど、走り続けた上で民家の塀を乗り越え、ショートカットしながらなんとか間に合ったのだ。
「それを聞くと、説得力あるよ。でも私は真似できないかな。さすがハルって感じ」
「えへへ」
メイに褒められて、私は照れた。
「でーも!もうちょっと余裕があるように心がけた方が良いよ。ハルはちょっと、ギリギリすぎ。いくらなんでも酷すぎます。改善命令を出しますので、改善してください」
「いやそんな、企業じゃないんだから。それに、せっかくお母さんの小言から逃げて来たんだから、ホント勘弁してください。少しは気を付けるからさ」
「うん。期待してるね。それに、早く起きてくれればこうして一緒に学校に行けるから。今日だけじゃなくて、またハルとこうして一緒に通学したいな」
メイにまでそんな事を言われてしまったら、本当に頑張るしかない。家からは愛する妹と一緒に出て、その後メイと合流して通学。なんて夢のような時間なんだ。色々とみなぎってきた。
明日からは、本当にちょっと頑張ろう。