エルフの里
「そっかぁ。ロロアちゃんって言うのかぁ。自分のお名前がちゃんと言えて、偉いねぇ」
私は飴ちゃんで手懐けたロリエルフちゃんから、名前を引き出す事に成功した。
ロロアちゃん。ロロアちゃんかぁ。可愛い名前だなぁ。飴ちゃんを使って頬を膨らませる姿は、本当に天使みたい。
「お、お姉ちゃん達の、お名前は……?」
「私の名前は、ハルカだよ。こっちは、セカイ」
「ハルカお姉ちゃんと……セカイお姉ちゃん……」
妹を持つ身としては、お姉ちゃんと呼ばれるのは慣れている。でもこの幼女に。天使のように美しい、エルフ幼女にお姉ちゃんと呼ばれると……なんかこう、みなぎってきてしまう。
「はぁ……はぁ……」
「何を息を荒くしている。お主、変質者っぽいぞ。思えばワシの服の下を見た時も、妙に血走った眼をしておったな。欲情せんと言っていたが、アレ嘘じゃろう」
「キレイで可愛くて美しくて尊い物をみたら、興奮もするって。でもさすがに襲ったりはしないから安心してよ。目で見て、楽しむだけ。ロロアちゃん、可愛い」
そう。私はあくまで純粋に愛でているだけであり、この子を攫おうとした男達のように乱暴な事はしない。
「ロロアよ。ワシらは、お主の住んでいる場所に行きたいのじゃ。方向は分かるか?」
「うん。分かるよ」
「では、案内を頼みたい」
「うん!こっち!」
ロロアちゃんは立ち上がると、私とセカイの手を取って引っ張り、歩き出してくれた。
こんな、何の目印もない森の中なのに、どうして自分の家の方向が分かるんだろう。私はもう既に、どっちがどっちなのか分からなくなってるんですけど。方向感覚、どうなってるのかな。
「あ。でも、あの男の人たちはどうする?」
元気になったらまた悪さをしないか心配で、私はセカイに尋ねた。
「放っておけ。あとはこの森がなんとかする事じゃ。ワシらは森の頼みを聞き入れ、ロロアを助けた。これ以上首を突っ込む必要はない」
「森の、頼み……」
私がまた見上げると、木々がざわめいた。今度は先ほどよりも不気味ではない。でもやっぱり、セカイの言う通りこの森にはまるで意思があるみたいで、気味が悪い。
早くこの場から立ち去りたくなって、私はロロアちゃんに手を引かれるままに歩き出す。
少し歩いてから振り返ると、どこからか男の人の悲鳴が聞こえて来た。でもそれは木々のざわめきでかき消され、気のせいだったかもしれない。
ロロアちゃんの案内に従って歩き出してから、30分程だった。私達は当初の目的地と思われる、エルフの里に辿り着く事ができた。
そこは、森の地形を上手く利用して作られた村だった。高く太い木々に纏わりつくように通路が作られ、木と木を繋ぐ橋があちらこちらにある。いちいち地上に降りて来なくとも、その橋によって木々の間を移動できるようになっているのだ。
この世界にやってきてから1日。シキの協力があり、なんとか人里に辿り着く事ができた。シキがいなかったら、何日かかっていたんだろう。恐ろしい。恐ろしいよ、異世界。
「急げ!そう遠くには行けないはずだが、万が一の事がある!」
そこへ、私達の方へ武装した集団が慌てた様子で駆けて来た。
彼らは皆が皆で美しい金髪を持つ、耳の長い男の人たちだ。手には弓や剣が握られており、籠手などの軽い防具も装備している。
すげぇ。本当にエルフだ。ロロアちゃんという存在を見て、いるとは分かっていたけどコレは本当に凄い。男ですら美しい金髪を持ち、皆が皆で若くて美形。そんな集団がこちらに向かって走ってくる姿は、絵になりすぎる。
「あのー、すみません。私達、異世界からやってきた者なのですが──」
「邪魔だ、どけ!我々は人間どもに攫われたロロアを探索しにいかねばなんのだ!話なら別の者に通せ!」
彼らは本当に慌てているようで、私の話に耳なんて傾けずに横を通り抜けて行ってしまった。
美形の集団なのに、私に対する態度は雑だった。いくら慌ててるからと言って、この扱いは悲しくなってしまう。
「ロロアちゃん。怪我を治してくれる場所、分かるかな?セカイお姉ちゃんが、ほっぺた怪我してるの。ちゃんと治療してあげないと、セカイお姉ちゃんのほっぺたが落ちて無くなっちゃうんだ」
「えぇ!?こ、こっちだよ!早く行こ!」
「嘘を言うな、ハル。というかワシなどどうでもよい。お主の怪我の方が心配じゃ。あと、奴らを呼び止めよ。ロロアならここにいるので探しにいく必要はない。余程慌てていて気付いていないようじゃがな。……と、戻って来たな」
私達の横を一度は通り過ぎた集団が、更に慌てた様子で戻って来た。
でも中には武器を構えて向けて来る人もいる。あまり、いい気分ではない。こちらには子供いる。ロロアちゃんもいるんだよ。
「ロロア!?というか、人間!?これは一体、どういう事だ!?」
エルフの男は、改めて私達を見て驚愕している。先ほどは雑にあしらってくれておいて、状況説明を求めて来るとは度胸がある。果たして素直に答えてくれるかな?
「このエルフの娘が人間に連れ攫われそうになっているのを、ワシとこの娘で助けて連れて来た。ワシらにお主らと対立する意思はない。武器を下げよ」
と思ったら、セカイがすらすらと答えてしまった。つまらない。
「……ロロア。本当なのか?」
「うん!悪い人間さんに袋にいれられて……それを、セカイお姉ちゃんと、ハルカお姉ちゃんが助けてくれたの!飴ちゃん?もくれたんだ!すっごく、美味しかった!」
「そ、そうか。とにかく無事でよかった。怪我はしてないか?いや、とりあえず療養所で見てもらおう。いいな、ロロア。こっちに来るんだ」
エルフの男の人にそう促されるロロアちゃんだけど、私とセカイと繋いでいる手を離そうとはしない。
「セカイお姉ちゃんが、怪我をしてるの。治してもらえる?」
「いや、それは……」
そんなロロアちゃんの訴えに、エルフの男の人は答えを渋った。
それだけで、私とセカイが歓迎されていない事は分かったよ。例えロロアちゃんを救った恩人だとしても、所詮私達は憎き人間という事らしい。怪我をしていても、その治療すら受けさせてくれないと言う訳だ。
「行きな、ロロアちゃん。実は、セカイのほっぺは落ちたりしないんだ。だから大丈夫。嘘をついて、ごめんね」
「で、でも……ハルカお姉ちゃんの怪我は?血が、出てるよ?」
この子、私の怪我に気づいてたんだね。そりゃそうか。矢が突き刺さって、それを強引に引き抜いたんだ。けっこう派手に血が出てると思う。あと、痛い。凄く痛い。
「これも、平気。ただ矢が刺さっただけだから。心配してくれてありがとう」
私がぎゅっと抱きしめると、それでロロアちゃんは私とセカイから手を離した。納得はいっていないようだけど、それでいい。
「──ロロア!」
とそこに、ロロアちゃんを呼ぶ大きな声が響き渡った。
声の主はこれまた金髪のエルフの女性で、とんでもない美人さんだ。
「お姉ちゃん!」
そんな彼女を見て、ロロアちゃんがそう呼んだ。どうやら、ロロアちゃんのお姉ちゃんの登場らしい。