飴ちゃんの力
男は直後に、その場に倒れてしまった。どうやら矢に毒が残っていたようで、それが頬をかすめた事により毒が回ってしまったらしい。でも、私程は効いていない。地面を這って逃げ出そうとしているから。
顔面が砕けて吹っ飛んでいた男と、腕が砕けた男は、気絶しているからとりあえず制圧できた。できてしまった。3人の男を相手に、だ。
「セカイ。だ、大丈夫?痛くない?」
「平気じゃ」
私はセカイの赤く腫れあがった頬に手を当てて心配するけど、セカイは平然と答えた。口の中が切れているのか、口から血も出ている。平気な訳がない。一体どれだけの力で、この小さく華奢な少女を殴り飛ばしたというのだ。
「だから、言ったじゃろう?お主なら、勝てるとな」
「はは……。ホント、勝てちゃったね。なんでだろ」
「どうやらこの世界にやって来るにあたって、力が付与されたようじゃ。今のお主は、前の世界にいた頃よりも遥かに強い。じゃから、自信を持て。さすれば、先ほどのように不意をつかれてピンチになる事もない」
「ち、力?なんかよく分かんないけど、私ってそんなに強くなったの?」
「うむ。ただの人間では今のお主に勝つのは難しいじゃろう。しかし、毒についてはワシが魔法で癒し、魔法が効くようになるまで時間を稼いだという訳じゃ。挑発に乗りやすい連中で、助かったわい。しかし、魔法の効果も思ったより早く効いたな。それもお主が力を得たおかげかもしれん」
「……無茶しないでよ。お願いだから。殴られたのを見て、本当に私、心臓が跳ね飛ぶかと思ったんだからね?」
「ワシが傷つくのを気に病む事はない。お主はワシを、道具として利用すればそれで良い。ワシはお主にとっての、仇じゃからな」
そういえば、昨夜も自分の事を悪魔だとか言っていた。いつか私に殺される事も、覚悟しているんだとか。
でも私はこの時、セカイが私に嫌われたがっているような気がした。私が、嫌いなのかな?いや、そう言う訳ではないと思う。こうして助けてくれるし、怒っていても本気で怒っている訳ではない。私が進むべき方向を示しつつ助けてくれる、そんなセカイを嫌いになるのは、現状難しい話である。
「むー!」
突然、茂みから声が聞こえて来た。男達がやって来た方向だ。
まだこの人たちの仲間がいたのかと思ったけど、何か違う。声はくぐもっており、苦しそう?それに高くて、女の子の声だった気がする。
私はセカイと共に声の聞こえる方へとやってくると、そこに大きな袋が置かれていた。袋の口はロープで閉じられており、声はそこから聞こえてきている。というか、袋が跳ねている。明らかに中に誰かがいるね、コレ。
仕方がないので、私はその袋の口のロープを解いてあげると、中を覗き込む。
「むー……」
すると、その中に入っていたのは金髪の幼女だった。口に布を咥えさせられ、両手両足をロープで拘束されている。そんな状態で私を見上げている少女の目は大きく、目の端には涙をためている。
キレイだ。金色の髪は、私が見て来たどんな金髪より輝いてサラサラである。まだ幼いながらも、女の子としての魅力を感じさせるこの幼女に、目を奪われない者はいないだろう。
「ふむ。エルフの娘じゃな。先ほどの男達が、エルフの子供がどうの言っていたが、コレの事じゃろう」
「エルフ……!」
コレが、エルフ。確かに彼女の耳は先が尖っていて、人間離れした美しい金髪をしている。
「……ハル。眺めるのは良いが、解放してやったらどうじゃ?」
「はっ」
あまりにもキレイな子だったので、目を奪われてボケっとしてしまっていた。
私はセカイに声を掛けられる事により目を覚まし、幼女を袋の中から取り出す。そして、彼女の口を塞いでいる布を取り外してあげた。手足を拘束するロープもだ。こちらはかなり強い力で縛られていたため、痕が残ってしまっている。その事に、私は怒りを覚えた。
セカイを殴るわ、幼女をきつく縛るわで、あの男達は本物の悪党である。悪党、許すまじ。
「ひっ……」
彼女を解放してあげた私だけど、そんな私を見て幼女が震え出す。何をされるのかと、勘ぐっているようだ。
この子から見れば、私もあの男達と同じ人間だ。何をされるのか分からず、それが怖いのだろう。
「えっと、貴女はあのおじさん達に、誘拐でもされたの?」
「も、森で……薬草を摘んでたら……急におじさん達が……」
「なるほど。ちょっと待っててね」
怯えるエルフの少女とセカイをその場に置き、私は毒が回って地面を這っているおじさんの下へとやってきた。そしてその頭に拳骨をくらわす。それから戻って来た。
そうしなければ、いられなかった。悪党どもには、鉄拳制裁が必要である。あの男だけが無傷で済むのは、納得がいかなかったのだ。
「貴女を誘拐した悪いおじさんは、私がやっつけたから安心して」
「ほ、本当?でも、お姉さんも人間さんだし……人間さんは悪者だから、近づいたらいけないってお姉ちゃんが……」
「貴女のお姉ちゃんが言ってるのは、この世界の人間さんに対してだよ。私はこの世界じゃなくて、異世界から来た人間なの。だから、セーフ。悪者じゃないよん」
「そ、そうなの……?」
幼女は警戒をやや解きながらも、とても不安げだ。無理もない。こんな年端もいかない女の子が、いきなり男に連れ去られてしまったのだ。さぞかし怖かっただろう。
そして私も同じ人間。異世界からやってきたからとはいえ、作りは同じだ。信用できないよね。
「それじゃあお近づきの印に、コレをあげよう」
「なに、コレ?」
「口を開けてみて。そして、舌で転がして舐めるの」
そこで私は、異世界から持って来たアイテム。通称飴ちゃんを取り出した。それを包み紙から取り出すと、素直に口を開いてくれた幼女の口の中に放り込んであげた。
「ん……んー!」
最初は恐る恐るだったけど、美味しいと気づいたのか目を輝かせて私に訴えかけてくる。
飴ちゃん、美味しいですー。お姉ちゃん、愛してますー。私の事、好きにしてくださいー。よろしければこの飴の味を共有したいので、お姉ちゃんもお口を開いてくださいー。キス、しちゃいましたね。えへへ。
この金髪ロリエルフ幼女ちゃんの声で、そんな声が脳内で再生された。実際そんな声は流れておらず、私の目で前で美味しそうに飴ちゃんを口の中で転がす幼女がいるだけである。とても健全。でも私の脳内は不健全。
「……なるほどのう。この森がワシらを惑わせたのは、ワシらを迷い子にさせるためではない。この娘を救い出させるためか。シキが結界の事を何も言わずに去ったのは、おかしいと思っていたのじゃ。あれは本来、ワシらに対して発動する物ではななかったのじゃな」
「そんなのいいから、見てよセカイ。飴ちゃんを一生懸命舐めて、可愛い!」
「はぁ……そうじゃな。警戒も解けたようで、何よりじゃ」
セカイの言う通り、幼女からは警戒が大分薄れたようだ。
幼女に対する飴ちゃんの力は、偉大だなぁ。逆に心配になるレベルで。