覚醒
私は臭そうなおじさんを見て、セカイを背中に庇って木の枝を構えた。
だって、このおじさん。腰に剣を携えているんだもん。元の世界なら、まずは模造品を疑う。でもここは異世界で、シキの話を聞く限りあまり平和な世界ではない。
それに、彼の放つ雰囲気が私の知る人間のそれではない。どこか狂気じみており、私を警戒させずにはいさせてくれない。
「へへ。エルフはガキ一匹だけしか手に入らなかったが、これはこれで高く売れそうだ」
彼は私とセカイを見て、ニヤリと笑った。その笑みは、私達に対する悪意や、欲にまみれたとても汚い笑みだった。
今まで、こんな笑い方をする人間を私は見た事がない。この男は、ヤバイ。
「おう、どうした。エルフがいたのか!?」
「いや、違う。価値は落ちるが、代わりにいい獲物がいた」
「ほぅ……。確かにコイツは、いい。娘の方はオレ達で可愛がってから売り飛ばそう。ちいせぇのはエルフのガキとセットで、マニアックな奴が高く買い取ってくれそうだ」
「へへ。いいね。エルフのガキだけじゃ、寂しいからな」
更に、茂みから人が現れた。似たような鎧を着た目つきの悪いおじさんが、2人。合計で、3人。全員が全員で臭そうで、全員が全員で弓や剣といった、中世を思わせるような武器を装備している。
これが、この世界で初めての、人との邂逅である。
残念ながら、シキが臭いといった理由がよく分かった。そして彼らと私達を会わせないようにした理由も、分かった。見た目や臭いの話ではない。私達を見て言っている事が、ヤバすぎる。
「っ!」
私はその事を理解するとともに、セカイの手をとり駆け出した。彼らは、相手にしたらいけない人間だ。対話は通じない。絶対に、捕まったらいけない。
「おい、待て!」
「撃て!多少の傷はしょうがねぇ!」
後方で、男達の慌てる声が聞こえてくる。
「戦わぬのか?」
「た、戦うって、あの男達と?無理無理無理!私、か弱い普通の女子高生だから!」
「お主なら、恐らく勝てると思うぞ?シキの攻撃を退けた、お主ならな」
セカイからの無茶振りいただきました。でも無理です。あんな臭そうで凶悪そうな男3人と戦うとか、絶対に無理。もし負けて捕まったりしたら、何をされるか分からない。というか絶対負けるでしょ。だって私は本当に、ただの女子高生なんだよ。逃げるしかないでしょ。
「え……?」
突然、背中に痛みが走った。右肩の、後ろ辺り。そこに何かが当たり、最初は痛みよりも違和感が強いような状態だった。でもそう思っていたのは本当に最初だけで、直後に痛みが爆発した。
「あ、あああああぁぁぁ!?」
私は痛みにたまらず叫びながら転び、地面に倒れてしまう。痛い。今、人生で一番痛いかもしれない。
必死に首を動かして肩の後ろに目を向けると、私の背中から一本の棒が生えている。刺さっている場所は見る事ができないけど、どうやら状況的に、私は矢で撃ち抜かれたらしい。
こんないたいけな女子高生に、いきなり矢をぶっ放すとか、正気の沙汰じゃない。
「立て、ハル。逃げるのじゃろう!?」
セカイが私の手を取り、引っ張ってくる。さっきとは、まるっきり立場が逆だ。
そうだね。逃げないといけない。痛くて叫んでいる場合ではない。
「うっ、ぐっ……うんっ」
私は痛みを堪えながら、必死にセカイの手を引っ張り、立ち上がろうとした。
でも、立ち上がる事はできない。それどころか、地面に倒れこんでしまった。突然、全身から力が抜けしてしまったのだ。セカイの手を握る手からも力が抜け落ち、セカイが掴んでくれているだけの状態となる。
おかしい。何も、力が入らない。それどころか、痛みすらも消えていく。キレイさっぱりと。
声も出ない。痛くてあんなに叫んでいたのが嘘のように、何も出せない。
「……毒か」
「命中、っと!おら、おとなしくしろぉ!抵抗したくても、できねぇだろうけどなぁ!」
セカイが私の頭を撫でてくれていて、そこに男の声が聞こえてくる。
逃げて、とセカイに口を僅かに動かして伝えるけど、セカイはその場から動こうとはしない。
そのセカイに、汚い手が伸びて来た。乱暴にセカイの髪を掴んだその手によって、私が結んだ髪の毛が解けてしまう。私の目の前に、セカイの髪を結んであげたヘアゴムが降って来た。
本当に、乱暴だ。髪の毛だけを掴まれ、セカイの足が浮いてしまっている。全体重が髪の毛にかかってしまい、とても痛そう。
こうなってしまっては、彼女も逃げる事はできないだろう。私達は、捕まった。
別の男の手が、私に向かって伸びて来る。私も捕まった訳で、特に私は何の抵抗もできない状態だ。一体、どんな目に合わされるのだろう。想像したくないけど、想像してしまう。最悪の未来を。
「──薄汚い手で、ハルに触れるな」
「ああん?オレの手が、汚いって?」
「そうじゃ。本当に汚い手じゃのう。よく見れば顔面も汚れておる。水で洗ったらどうじゃ?ん?よく見たら、汚れではないのう。ただ、姿形が汚いだけったわ!」
「がははは!」
私に手を伸ばして来た男の悪口を言い、笑い飛ばすセカイ。それに釣られるように、男の仲間も笑い出した。セカイの髪を掴んでいる男も、笑っている。
でも、セカイに挑発された本人は笑っていない。黙って私に伸ばしていた手を引くと、セカイの前に立ち、その頬を殴り飛ばした。乾いた音ではなく、鈍い音が響く。男は拳でセカイを殴ったのだ。
そのシーンをみた瞬間、私の中で何かがブチ切れた。それまで身体に全く力が入らなかったのに、何かが私の中で覚醒し、身体を動かせるようになる。
その事を理解した瞬間に、私は木の枝を手に素早く立ち上がると同時に、セカイの髪を掴んでいる腕を枝で殴りつけた。
「──は?」
何かが砕ける感触が、枝から伝わって来る。実際、男の腕が砕けておかしな形をしていた。
更に私は、セカイの顔面を殴りつけた男の顔面にも、枝を振りぬいた。やはり何かが砕ける感触が枝から伝わって来て、男がド派手に吹っ飛んでいく。大袈裟なリアクションだ。テレビの芸人もビックリだね。
「ああ!あああぁぁぁぁぁぁ!」
私は解放されたセカイを片手に抱くと、枝を構えて残る1人を警戒する。
でも、腕がおかしくなってしまった男の叫び声がうるさいな。腕がおかしくなったくらい、なんだというんだ。私なんて、矢が突き刺さってるんだよ。その事を訴えるように、私は自分の背中に手を回すと刺さっていた矢を引き抜いた。
返しがついているのに関わらず、何故か痛くない。いや、正確に言えば痛いんだけど、我慢できる。私の身体に一体何が起こっているのだろうか。
「……痛かったなぁ、もう。どれだけ痛かったか、貴方に分かる?」
「はっ……う、動くんじゃねぇ!動いたらこの矢でぶちぬく──」
男が言い終わるより前に、私は男に向かって矢を放り投げていた。それは男の頬をかすめ、男の後方へと飛んでいく。
「そっちが、動かないでくれるかな?もし動いたら、コレで殴るから。おーけー?」
「っ……!」
最後の一人は、私が木の枝を見せつけながら脅すと、固まって黙り込んだ。
うんうん。何事も、穏便に済ますのが一番だ。