臭そう
仕方がないので、私とセカイは一旦シキから降りた。
まぁ、無料で乗せてもらっている身だからね。降りろと言われたら降りるしかない。
「ここはまだ、エルフの里ではないようじゃが?」
「ここからなら、貴様達の足でもすぐ辿り着けるだろう。あちらに真っすぐいけば、里にはつく」
そう言うシキの様子が、なんだか変だ。鼻を鳴らしながら、歯をむき出して何かを警戒しているように見える。
それと、あちらに真っすぐと言われても、そんなの方向感覚が狂ったらお終いだ。特にここは森の中で、どこを見ても同じような景色が広がるだけなんだよ。すぐに分からなくなるのが目に見えている。
「どうかしたの、シキ?顔が怖いよ?」
「……人間の臭いがする。それも、とびきり臭い。我の嫌いな臭いだ」
「……」
私は臭いと言われ、ショックだった。一応毎日お風呂には入っているけど、昨日は入っていない。あれだけ歩いた後だったし、仕方ないのかもしれないよ。でもハッキリ臭いと言われると、ショックだ。
私だって一応は女の子だから。そこら辺は、オブラートに包んで言って欲しい。
「何をショックを受けた顔をしている。貴様ではない。貴様は良い匂いだ」
「え。えへへ」
褒められて、照れた。自分じゃよく分からないけど、私って良い匂いだったんだね。
「人間がいるなら、丁度良い。ワシらはそ奴らに保護を求めよう」
「やめておいた方が良い。この臭いの人間は、ろくな人間ではない。貴様達が関われば、貴様達自身の身にも危険が及ぶ可能性がある」
臭いを嗅いだだけで、ろくな人間じゃない事が分かるとか、一体どんな鼻をしてるんだ君は。私もその嗅覚が欲しいよ。
「貴様達は予定通り、エルフの里へと行くが良い。我はこの森の守護者として、人間が侵そうとしている領域を守りに行かねばならなくなった」
「えー!」
突然のお別れに、私は嘆いた。嘆きながらシキの身体に抱き着き、その別れを惜しむ。というか行かせない。私はこの、もふもふさらさらぬくぬくを、失う訳にはいかない身体になってしまったのだ。責任をとってほしい。
「離せ、ハルカ」
「ハル。シキにはすべき事があるのじゃ。それを邪魔するのは、良くないぞ」
「……うん」
私はセカイに諭され、シキから手を離す。
思えば、動物と話をするという夢を叶えてもらい、オマケに動物の身体に抱き着きながら眠ると言う夢まで叶えてくれた。シキとはこれからも、こんな風に一緒に過ごしていきたいと思い始めていた所に、突然のお別れだ。寂しい。
でも絆がもっと深まる前で、良かったのかもしれない。シキとはたぶん、人間の私とは住む世界が違うから。一緒にいても、いつか絶対にお別れが来る事になるような気がする。
「今生の別れではない。我はいつでもこの森にいる。暇な時にでも会いに来ると良いだろう」
「絶対、会いに来る。その時はまた、寝かせてね」
「……仕方がない奴だ」
シキは最後に優しく笑うと、駆けだして行ってしまった。その巨体が、森の中へと消えて一瞬で見えなくなってしまう。
いなくなってしまうと、まるで夢か幻のような出来事だったと思う。でも、あの温もりは間違いなく現実だ。また、会える。
「行くぞ、ハル。シキが指示した方向は、こちらだ」
「うん」
再び、セカイとの2人切りになった。セカイは私をリードし、私が歩むべき方向を指し示してくれる。
そして向かうのは──
「ちょっと待った。エルフの里って言った?エルフって、あのエルフ?この世界って、エルフがいるの?」
ずっと、スルーしていた。あまりにも自然に話していた言葉だから、引っ掛かる間がなかったのだ。
エルフと言えば、ファンタジーな世界に出て来る、耳長の美しい金髪の種族だ。男の人もそうだけど、特に女の人の姿が美しく描かれる事が多く、私の妄想を掻き立てる。
「いるのじゃろうな。なにせ、エルフの里じゃからな」
「なんてこった……」
大きな喋る動物に続き、エルフかぁ。やっぱりキレイなんだろうなぁ。わくわくしてきた。
「さぁ、セカイ!急ごう!」
「そうじゃな。シキが言っていた、人間の事も気になる。巻き込まれんように、さっさと目指そう」
そうして私達はエルフの里を目指し、自分たちの足で歩み始めた。
森の中は、最初よりも大分明るくなってきている。上空を覆っていた、世界樹の枝がなくなったからだ。でも木の背が高いのは相変わらずで、しかも太い。木をいちいち迂回して回り込むように歩くのはめんどくさい。
それでも、文句を言わずに歩く私偉い。というか、世界樹の枝が杖代わりに丁度良くて、身体の負担が減ってるんだよね。片やセカイは杖もなしに裸足ですたすたと歩いているんだから、ぐちぐちも言ってられない。
「……迷った」
歩いてしばらくして、セカイがそう言い放った。
「その心は?」
「エルフの里とやらの方向が、分からなくなってしまった」
私達はコンパスを持っている訳ではない。方向感覚が崩れ、自分たちがどの方向に歩いているのか分からなくなるのは必然だ。でもセカイがあまりにも自信満々で歩き出すから、分かっているのかと錯覚してしまっていたのだ。
魔法を使う事の出来る少女だからね。コンパス的な力が発揮できても、不思議ではないでしょ?
「コレは、結界か?この周辺の森には、訪れた者を惑わす力があるようじゃ。困ったのう。これではエルフの里には辿り着けん」
「け、結界?」
「力を感じぬか?ワシらを惑わそうとする、自然の力じゃ」
「……」
セカイに言われ、私は周囲を見渡す。すると、風が吹いて葉が揺れてざわついた。そのざわつきが、まるで私達をどこかへ導こうとしているようで、とても不気味だ。鳥肌がたった。
「どうする?戻る?」
「いや、もう戻れはせん。ワシらは完全に迷い子となってしまった。果たしてこの森がワシらを導こうとしている先は、なんなのじゃろうな」
「……」
他人事のように笑いながら言うセカイだけど、私とセカイは一蓮托生だ。この先に何かが待ち受けているとして、私は勿論、セカイもそれと衝突する事になる。
怖いなぁ。何なのこの森。もう嫌だ。早く抜け出したい。シキ、戻って来て。
そんな私の願いが通じたのか、近くの茂みが激しく揺れた。心臓が止まりそうになるくらい驚きながらも、私はシキが戻ってきてくれたのかもしれないと言う期待を胸に、音がした方向を見据える。
「ああ?エルフか!?」
茂みから姿を現わしたのは、シキではなかった。
目つきが悪く、薄汚い皮の鎧を来たおじさんだ。
彼を一言で表すなら、なんというか……臭そう。