移動手段
どれくらい眠っていたのだろうか。私は目が覚めた。起きた場所は、シキの身体の上だ。
そういえば、シキに抱き着いてそのまま眠ってしまったんだっけ。
恐ろしい。魔物とは、本当に恐ろしいよ。皆眠り続けて働く気がなくなってしまい、経済どころの話じゃない。それどころか、起きるのすら面倒な作業になってしまう。こんなのがこの世界にいっぱいいるなんて、人類大ピンチ間違いなしである。
「──ワシは、悪魔じゃ。身勝手にハルのいた世界を終焉させ、世界の残滓となった今も、こうしてハルと共に生きている」
「貴様からは、ただならぬ気配を感じていた。貴様は、世界の命……この世界においての、世界樹のような存在であったか」
私が眠りから覚めたのは、2人の話し声が聞こえて来たかららしい。
私は起きずにこのまま寝たふりをし、その会話に耳を傾ける事にした。
「元、じゃ。もう世界は失われ、今のワシには僅かながらの命しか残ってはいない」
「それでも、尊敬するに値する。貴様の世界には、人族しか存在しなかったのだろう?」
「意志ある者という意味では、人だけじゃった」
「人族の世界を滅ぼし、世界。我はその選択を、称賛する。人族とは、同じ種族でありながらも互いに争い、無意味に殺し合い、奪い合う。そして何より、自然を破壊する存在。悪しき醜き存在は、滅びる運命にある。世界にすら見捨てられた人間達は、さぞかし醜かったのだろう。想像に容易い」
「いや、そうでもなかったぞ」
「そうでもなかったのか」
「うむ。醜き中にも、しっかりと愛はあった。滅ぶ理由は、彼らにない」
「では何故世界を終わらせたと言うのだ」
「それはワシの、私利私欲のためじゃ。ワシは自分がしたい事を成すためだけに、この世界にやってきた。例えそれが世界に終わりを告げる行為だとしても、ワシは自分の欲を優先したのじゃ」
「その欲とは?」
「それは教えられん。とにかくワシは、悪魔。ハルにとっての世界を破壊し、ハルの大切な者達を奪った仇なのじゃ。だから嫌われて当然。ワシはいつか、ハルに殺される事になるかもしれん。それも、やむなしじゃ」
私が、セカイを殺すなんて事はあり得ない。現状で、私はセカイを守るべき存在だと認識している。それはきっと、彼女が言う、彼女のせいで私の世界が終焉を迎えたと言う言葉を、まだ信じていないからだ。
じゃあ、もし本当にセカイが世界を滅ぼしたと言う確証を得たら、その時……私はどうするのだろう。
まぁ、考えても無駄だ。考えるのが苦手な私は、その時にならないと分からない。
「ところでお主、随分と人間が嫌いそうじゃな」
「嫌いだ。滅ぶべき存在として認識している」
「では、ハルをどう思う?」
「……この小娘は、嫌いではない。滅ぶべき存在という認識でもない」
「ワシが人間に感じていた想いは、それと同じじゃ。良き面もあれば、悪い面もある。どちらか一方ではなく、多方面から見て判断するのじゃ。そうできなければ、いつの間にかお主自身が、お主にとって嫌いな存在に陥っている時が来てしまうぞ」
「……忠告、素直に受け取っておこう」
「アドバイスじゃ」
2人の会話は、それで途切れた。どちらかから会話を打ち切った訳ではなく、自然と途切れたのだ。
続きを期待していたんだけど、また眠くなってきた。静かになってしまったので、その眠気に抗う事はできなそう。
という訳で、私は再び眠りについた。
次に起きると、辺りが少し明るくなっていた。
「んっ……」
深い眠りについていた私は、自分の状況を理解するのに時間がかかった。起き上がって身体を伸ばすまで、ここが自分の家の自分の部屋だと思っていたからね。
だから、自分がシキの上にいて、辺りが深い森の中だという事に気づき、少し驚いてしまった。
「起きたか、ハルカ」
「わぁ!?もう、ビックリしたなぁ!いきなり何なの、シキ!?おはよう!」
起きてすぐにシキが話しかけて来たので、私はキレた。キレながら、私は自分の置かれた状況を思い出したので、朝の挨拶をした。
「何故そんなに怒っている。怒りたいのは、我の方だぞ。いきなり我の上で眠りにつき──」
「起きたか、ハル!今日は昨日言った通り、エルフの里に向かう。しっかりと食べておくのじゃ」
既にセカイが起きていて、私に向かって昨日シキが取って来てくれた食べ物を差し出して来た。
「……うん。セカイも、おはよう。今行く」
実は、少しだけ、寝て起きたら元の世界なんじゃないかと。そう思っていた。期待は起きて早々に裏切られた訳で、私はいじける代わりにシキの身体に抱き着いてその感触を楽しむ。
すると、いつの間にか眠ってしまったようだ。セカイに叩き起こされ、今度はセカイに抱き着きながら眠り、ちゃんと起きるまで相当な時間を要してしまった。
いつもの私の朝って感じだ。
そしてシキの抱き心地も最高だったけど、セカイの抱き心地もよかったよ。柔らかくて、良い匂いがして、まるで世界に包まれているみたいに安心できた。だから眠ってしまったのだ。私のせいじゃない。
「我を護衛と食料調達の道具として利用した挙句、次は移動手段として利用するか……」
朝の一幕を終えた私とセカイは、現在シキの背中に乗せてもらい、移動中である。
シキ曰く、私とセカイの足ではエルフの里に着くまでに、何日も時間がかかるらしい。シキの足でなら、1日かからないのだとか。じゃあ連れてってとなるのは、必然である。
「ここで出会ったのも、何かの縁じゃ。いちいち文句を垂れておらんで、しっかりと頼むぞ」
「世話が焼ける……」
文句を言いつつも、やっぱりやってくれるんだから、シキは優しいと思う。
シキの背中に乗っての旅は、楽しかった。たまにスピードを上げて風を切って走ってくれたり、美しい花が咲いている場所を見せてくれたり、この森に住む動物を至近距離で見る事も出来た。花も動物も、元の世界にはない姿形をしていたので、とても新鮮だ。
正直言って、凄く楽しかった。まるで家族や友達と行く旅行のようで、私はここが異世界であると言う事を噛み締めながらも、セカイが滅ぼしたと言う世界の事を、この時だけは忘れる。
そうして森を駆け抜け、ずっと上空を覆っていた茂みがなくなり明るくなってきた頃、シキが立ち止まった。
「我が連れて来れるのは、ここまでだ。降りて、ここから先は自分たちで行け」
ここはまだ、ただの森の中。人里ではないのに、突然そう言われてしまった。