野宿
この世界には、人間以外にも魔族と魔物が入り交じり、混沌としている。
そう説明してくれたのは、シキだ。
人間は魔族という種族と仲が悪いらしく、定期的に大きな衝突を繰り返している。更には人間同士の争いも常に絶えず、戦争で大勢の人の血が流れ、自然もとばっちりで失われる事の繰り返しらしい。
更についでに、魔物という存在もある。魔物とは、魔術的な力を持った生物の事で、動物とは違い食べる事を必要としない。代わりに、自然のエネルギー的な物──マナと言うらしい。それを糧として生きている。
例に漏れず、魔物も自然を破壊する人間とは対立関係にあり、人間と争いを繰り広げる魔物がたくさんいるのだとか。自然を破壊するという点は人間も魔族も同じで、魔物は自然を破壊する者全てと対立関係にあるんだってさ。
シキは、そんな魔物である。だから妙に私達への風当たりが強かった訳だ。
「ふあ……」
退屈な話が続き、私は思わずあくびを出してしまった。適当な木に寄りかかって地面に座り込み、世界樹とやらから降って来た木の枝を振り回しながら遊ぶ。
私の集中力のなさは、御覧の通り。こんな状況だって言うのに、図太い。図太すぎる。いや、いくらなんでも私だって、こんな状況な訳だし普通なら一緒に聞くよ。でもその気が起きないのだ。
だって、もしここでこの世界を受け入れてしまったら、私の家族や友人たちはどうなるの?なるべく考えないようにはしているけど、セカイの言う通りの事が起きているのなら、私は皆とはもう二度と会えない事になる。
メイの、優し気な笑顔。ママの抱擁。パパの加齢臭。アキの甘え顔。友人たちの笑顔。皆に、会いたい。
「──よし、ではまず、この森を抜けた先にあるというエルフの里に向かうとしよう。それで良いな、ハル。……ハル?」
「え。あ、あー……うん。おっけー。任せる」
「……」
正直言うと、あまりよく話を聞いていなかった。ボーっとして、皆の顔を思い出していたから。それをバレないように、当たりさわりのない事を適当に言って、私は立ち上がる。
そんな私を、セカイが怪訝そうに見ている。ヤバイ。適当に言ってたのがバレたか。
「今日は、ここで休憩じゃ。身体を休め、それからエルフの里に向かう」
「休むの?ここで?」
「うむ。野宿じゃ。この深い森の中でそれは危険かもしれぬが、しかし護衛もいる。安全に過ごす事が出来るじゃろう」
「護衛とはまさか、我の事か?」
「他に何がいる。あと、食料の準備も頼むぞ。ハルは飯を食わなければ死んでしまうからな」
「……仕方がないな」
護衛どころか、食料調達まで任されたシキは不服そう。
でもセカイに反論はせず、しみじみと承諾するあたりに人の良さが出ている。
この狼さん。さっきまで私達を殺そうとしてたんだよ。信じられる?
「ふいー……」
私はセカイに休憩を宣言され、その場に座り込んだ。動こうと思えば、動ける。体力はまだ残っているので、今すぐ出発すると言われても問題はない。でも、何だか凄く疲れた。色々な事が一気におきて、色々な情報を一気に叩き込まれたからだと思う。体力的にと言うより、精神的に来ている。
だから、セカイが休憩すると言ってくれて実は少し安心した。
それから少し経過し、この世界に夜が訪れた。元々薄暗かった森の中は完全なる闇に包まれ、何も見えなくなってしまった。休憩に入ると言うセカイの選択は、間違っていなかったようだ。こんな暗がりを歩くのは、さすがに危険すぎる。
とはいえ、こんな真っ暗闇で野宿をすると言うのも危険だ。そこでシキが薪を集めてくれて、それにセカイが魔法で火を灯した事により、焚火を作る事に成功。この暗い森の中で、私達が囲む火の周りだけ、明るさを手に入れる事ができた。
「──美味しい!何この果物凄い!甘い!酸っぱい!美味い!」
焚火の傍で地面に座る私の手には、ひょうたんのような形の果物が握られている。外の皮は紫の地に白色の斑点があるデザインで、中身は赤色がかったスポンジ状になっている。食感は、シャリシャリ系のリンゴ。というより、梨の方が近いかも。味は、イチゴかな。本当に美味しくて、口の中一杯に広がるフルーティな味が私の疲れを癒やしてくれる。
この実を取って来てくれたのは、シキだ。他にも、不思議な形をした見た事もない果物がいくつも目の前にあり、お腹を膨らませるのには充分すぎる量の食料を用意してくれた。
「たらふく食べるが良い。この森の果実は、どれも一級品である。足りなければ取って来てやるから、遠慮せずに言え」
「これだけあれば、充分すぎるくらい充分だから、もう平気だよ。ありがとう、シキ。本当に美味しい!」
「……確かに、美味だ。しかしこの怪しげな形と色をした物を、よく臆せずに口にできるな」
セカイの言う通り、どれも元の世界にはなかった果物だ。その見た目はどれもインパクトがあり、いかにも毒がありそうな物ばかり。最初セカイは、毒がないかどうかを気にしていたけど、私が躊躇なく食べ始めたのを見て自分も食べ始めている。
美味しければ問題はない。毒があるのは問題だけど、シキが毒はないと言っているし、それを信じる他ないだろう。
「さて。それじゃあお腹も膨れた所で、シキにお願いがあります!」
「……なんだ。聞くだけ、聞いてやる」
「触らせて」
ずっとその、もふもふな身体に触れたかった。それは初めて出会った時から思っていた事であり、仲良くなれた今、この願いを叶えずにはいられない。
「我の身体を、か?」
「うん」
「何の意味がある?」
「意味はない。触りたいだけ」
「……好きにするが良い」
「やた!」
許可を得た私は、焚火から少し離れて地面に寝そべっているシキに向かって、突撃をした。そしてその身体に飛びつき、全身でそのもふもふを体験する。
その毛は太く長く、まとわりつくよう。でもさらさらで、とても触り心地が良い。体温はやっぱり私よりも高いようで、とても暖かくてぬくぬくしている。暗くなってからちょっと寒くなっていたので、この暖はありがたい。
もふもふ、さらさら、ぬくぬく。幸せだ。幸せ過ぎる。
「ハルは昔から、動物が好きじゃったからな」
「我は動物ではない」
「ハルから見れば、同じような物じゃ。今しばらく、好きにさせてやってくれ」
「ぐー……」
「おい。この人間、我の身体に抱き着いたまま眠っているぞ」
「ははは!それだけ、お主の身体の抱き心地が良かったという事じゃろう!愛いのう、ハル」
「何を嬉しそうにしている。どうするのだ」
「このまま眠らせてやってくれ。絶対に起こすでないぞ。よいな?」
「……」
遠くから2人の会話が聞こえてくる。
でも私は襲い来る眠気に逆らう事ができず、段々とそんな会話も聞こえなくなってきた。自分が思っている以上に、疲れていたみたい。それとも、シキの身体の抱き心地が良いからだろうか。眠りにつくまで、一瞬だった。
この、シキのベッド。欲しい。通販で売ってないかな。
そんな願望を胸に、私は眠りについた。