木の枝
天から落ちて来た物は、私の手に吸い寄せられるように落ちて来た。それは爪が振り下ろされるよりも先に私の手に収まり、直後に狼さんの爪が振り下ろされる。
私は咄嗟に、手にしたそれで狼さんの爪を受け止めた。
すると、色々とあり得ない事が起きた。
まず、私は狼さんの爪を受け止める事ができた。圧倒的に力が強そうな図体なのに、何故か受け止められたんだ。私いつの間にか、超絶マッチョになってたの?まぁコレはもしかしたら、狼さんが手加減してくれたのかもしれない。そう言う事にしておこう。超絶マッチョとか、よく考えたら嫌だ。
それと、上から落ちて来て手で握り、爪を受け止めるのに利用したコレ。木の枝だった。ただの木の枝が、この大きな爪を受け止めてビクともしない。折れる気配はなく、とても頑丈だ。
「はあああぁぁぁ!」
折れないのを良い事に、私は木の枝を振りぬいた。そんな私の力に押し返され、狼さんの前足が弾き飛ばされたんだから、ホント驚く事だよ。私やっぱり、超絶マッチョ。嫌だな。
「ぬぅ!?」
狼さんは爪がはじき返され、驚きよろけた。
その隙に逃げ出しても良いけど、どうせすぐに追いつかれてしまうだろう。だったら逃げずに、立ち向かうのみである。武器も手に入れたしね。ただの木の枝だけど。
両手で握って構えてみたけど、けっこう滑稽な姿だ。でも頑丈だから、使える。格好なんてつける必要はない。
私はセカイを、守ってみせる。
「グルル……」
狼さんが、呻る。歯をむき出し、今にも飛び掛かって来そう。
私も狼さんの攻撃に備えて木の枝を構え、お互い一触即発の雰囲気なんだけど、そんな緊張を解いたのは狼さんの方だった。いきなり歯をむき出すのをやめ、お座りの姿勢を見せて敵対する意思を消してきたのだ。
「どうしたの、急にお座りなんてして」
「……世界樹が、攻撃するなと言っている。我は世界樹の森を守る守護者。世界樹の意思に従うまで」
狼さんからは本当に戦う意思が消えて、そこにいるのはただただ大きな可愛らしい狼さんとなってしまった。
だから私も木の枝を構えるのをやめて、鞘にしまような仕草をみせた。実際は鞘なんて物はなく、しかもブツは木の枝だ。小学生かよっていうツッコミを期待したんだけど、どこからもそんな声は聞こえてこない。
「生き残ったのか。運の良い奴じゃ」
タイミングを見計らい、私の腰に抱き着いていたセカイが私の腰から離れた。
そして余裕たっぷりに言い放ち、ニヤリと笑いかけて来る。
気づいてるか知らないけど、助かったのは私だけではない。セカイも運が良いんだよ。
「じゃが、嘘は時として方便として使うべきじゃ。あの場合、とぼけておけばこ奴に攻撃される事はなかった。疑われはしても、とにかく突き通せば攻撃をしてくる名目がない。それをお主はペラペラと本当の事を喋りおって……」
「いや、それをこの狼さんの前で堂々と話すセカイも、中々だと思うよ?」
「……何故、世界樹は貴様達を庇ったのだ。我は理解に苦しむ」
「世界樹とは、あの巨大な木の事じゃな」
「うむ。万物の自然の中心。大地の命。全ての生命の還る処。それが世界樹だ」
よく分かんないけど、とにかく凄い木という事だ。
「庇った、とは、ハルが持っている枝の事か?確かに、凄まじい力を感じる。ただの枝ではないな。誰が落としたのじゃ?」
セカイは、あの瞬間私に抱き着いて目を瞑っていたから。何が起きたのかをあまり分かっていないようだ。
それなのに、この枝をただの枝じゃないと見抜いたその審美眼はさすがだね。ホント、この枝凄いんだよ。この狼さんの爪を受け止めて、傷一つついてないんだから。しかも、折れる様子もないと来たもんだ。
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「誰でもない。世界樹が自分で落としたのだ」
「ただの木が?」
「ただの木ではない。世界樹だ」
「偶然じゃないの?」
「世界樹から自然とその一部が落ちる事はない。何者かが強制的にはぎ取ろうものなら、世界樹から離れた瞬間にその部分は腐り落ちる。そもそも世界樹を傷つける事は、並大抵の生物にできる事ではないのだ。であるから、貴様に向かって落ちて来た世界樹の枝は、間違いなく世界樹の意思によって落とされた物である。偶然によってもたらされるような物ではない。分かったか?」
「はぁ。まぁ、うん。そこそこ」
「そこそこ、だと……?」
「この世界は、この者がいた世界とは常識が違う。無礼を許せ、獣よ」
「獣とは、我の事か……?」
「そうじゃ。獣」
無礼なのは、一体誰なんだろう。私はセカイと狼さんの会話を聞いて、分からなくなってきた。
いや、私も大概だとは思うけどね。自分で言うのもなんだけど、私はあまり他人に敬意をはらう系の人ではない。自由気ままに、能天気に生きているバカだ。誰がバカだ。さすがにバカとか言われたら怒る。セカイは別にイイ。
「我の名は、シキだ。そう呼ぶが良い」
「では、シキよ。この世界について説明を頼みたい。お主が知っている限りの事で良い」
「え。セカイは知らないの?この世界について」
「知らぬ。ここはワシの世界ではないからな。ワシは何の知識も情報も持たずに、この世界にお主と共にやってきた。やってきただけじゃから、本当に何も知らんのじゃ」
私は勝手に、セカイが異世界に迷い込んだ私を導く、案内人か何かだと思っていた。でもそれはとんだ勘違いだったようで、セカイも私と同じ立場らしい。
それなのに、冷静で凄いなぁと思う。私よりも遥かに小さいのに、しっかりしている。感心だ。
「我の知識から得られる事は、少ない。が、それで良ければ話そう。世界樹が認めし者達よ」
「そういえば、こっちの自己紹介がまだだったね。私は、ハルカ。シキシマ ハルカ。ハルカでいいよ。それでこっちが、セカイ。よろしくね、シキ」
「ハルカと、セカイか。人の名を覚えるのは、初めてだ。よろしく頼む」
「……ずっと気になっていたのじゃが、セカイとはワシの事か?いや、そうなのじゃろうな。それ以外考えられんから、そうだとは思っていた。しかし、ワシの事なのか?」
「そうだよ。だって自分で、ワシはこの世界そのものだ、とか言ってたじゃん」
「そうなのじゃが……まぁお主がそう呼びたいなら、別に構わんだろう。……セカイ、か。悪くない名じゃ」
最初はただ、便宜上名前がないと色々と不便だから、心の中でそう呼び始めた名だった。それが自分の中で定着してしまい、声にも出し始めていたんだけど、セカイも気に入ってくれたようだ。
私もセカイって、良い名前だと思う。この、不思議で可愛い、老人言葉な女の子にぴったりだ。